身体修復措置 および モース主任との対話
フィンク市長私邸の襲撃現場から大量の遺留品を持ち帰ってきたケイティー型自動人形たちと、リーピとケイリーを載せた菌糸動力車はロターク社へと到達した。
ただでさえロターク社の車両の行く手を阻む存在は居ないため、到着して開かれた車外は未だ夜の明けきらぬ頃である。
薄明が始まる前の最も冷たい夜の気の中へと歩み出たケイリー。彼女の腕の中には、両脚パーツの無いリーピの身体がしっかりと抱き留められつづけていた。
現場から回収してきた遺留品をケイティー型自動人形たちがロターク社研究棟へ搬入しはじめているのを背に、ケイリーはメンテナンス棟の前で待っていた作業員の元へ向かい、話しかける。
「モース研究主任の指示で回収を受けた、ケイリーとリーピ、ここに到着した。」
「あぁ、予定時刻ぴったりだな。お前はメンテナンスゲートに入って修復を受けろ、その腕に抱えてる奴は俺が預かる。にしても、ガッツリと損傷させられてんなコイツ、普通の人形なら新品を作った方が早いんじゃないか。」
人間である作業員から明瞭かつ合理的な指示が与えられたとなれば、ケイリーには自動人形として指示に従う以外の選択肢はない。
それでも、今しがたの作業員の独り言が、自動人形には本来備わっていないはずの感情、不安をかきたてたのか……ケイリーはリーピの身柄を手放す際にかなりの躊躇を伴うこととなった。
抱きかかえていたリーピの上半身を差し出すケイリーの動作があまりにも緩慢すぎたため、作業員は首を傾げる。
「ん?腕部に損傷でもあるのか?そんなゆっくりとしか動かせないハズがないんだが……まさか、長年の相棒が捨てられちまうかも、とでも考えてんのか?」
「……。」
「すげぇ不安そうな表情。いや、俺は顧客じゃないんだから、感情の模倣を見せてもらわなくてもいいんだがな。ま、安心して任せろって、リーピの身体はきちんと修繕してやるから。ほら、脚部パーツも回収されてることだし。」
向かい合っているケイリーと作業員の傍らを通過して、ケイティー型自動人形の一体がケースを抱えてメンテナンスゲートへと入っていく。襲撃現場にて脱落していたリーピの脚部パーツを保管した個体である。
作業員からの説得を裏付ける物品の搬入も目の当たりにしたことで、ようやっとリーピの上半身を抱えてまっすぐ差し出したケイリー。
ケイリーの腕から作業員へと手渡されつつ、リーピも口を開いた。
「問題ありません、ケイリー。既存菌糸によって構築された思考回路に、人間社会における学習成果が加わった僕らの再現不可能性は、モース研究主任も理解されているはずです。」
「そりゃ、お前らが主任一番のお気に入りなんだからな。そら、行った行った、ボヤボヤしてるとこっちの重傷なヤツの修復が先に終わっちまうぞ。」
リーピの身体を小脇に抱えた作業員がズカズカとメンテナンスゲートに入っていくのに遅れ、ケイリーも慌てて後を追った。
例によって、自動人形の修復ラインは個別に用意されているため、身体修復およびメンテナンスを受けている間、ケイリーはリーピの様子を窺い知ることが出来ない。
ただ、ケイリーは自らの身に施された処置が、あくまで身体パーツの修繕と調整のみであったことは明瞭に認識していた。
「思考回路の調整が、行われていない……?」
以前までは、ロターク社にてメンテナンスを受けるたび、認識外にて時間経過の欠落が発生していた。思考回路の調整時、思考や認知能力が一時的に完全遮断されるプロセスゆえである。
だが、今回のメンテナンスでは、ケイリーは身体パーツの調整だけを受けただけであった。メンテナンス開始から終了までの処置を、ケイリーは余さず認識できたのだ。
一応ながら、ケイリーはメンテナンスゲートを出ていく際、人間の作業員に尋ねる。
「私のメンテナンス工程は、本当にこれで全て完了したのか?」
「自動人形の癖に、余計なことを気にする思考が染みついてんな……なるほど。まぁ心配すんな、俺はモース主任からの指示通りにメンテナンスを完了しただけだ。気になることなら主任に聞け、あの人も研究棟で待ってるから。」
ケイリーに返答している作業員の背後では、別のメンテナンスルームから出てきたリーピの姿があった。
大規模に損傷していたとはいえ、損耗した身体パーツを新品に交換するメンテナンス工程自体はケイリーと変わらないため、リーピの修復措置はケイリーとほぼ同時間で完了している。
ということは、リーピの方も思考回路の調整が行われず、身体パーツを弄られただけだったということだ。
ケイリーほど明瞭な表情を示しはしなかったものの、リーピも訝しげな眼差しで作業員へ尋ねた。
「僕のメンテナンス工程は、本当にこれで全て完了したのですか?」
「お前もケイリーと同じこと聞いてくんのか、仲の良いこったな。いいから、モース主任に会いに行けって。俺だって、なぜお前らの思考回路をメンテしないのか知りたいぐらいだよ、もしも出荷前の新品が今みたいな挙動を示せば確実に思考能力の再チェックを入れてるだろうに。」
ケイリー同様にまともな返答を得られなかったリーピであるが、次々搬入されてくる自動人形のメンテナンス指揮をとらねばならない作業員の手をこれ以上煩わせるわけにもいかない。
自分たちの思考能力について、誰よりも詳細に理解しているモース研究主任と会えるのならば、それこそが現状の未解明要素を解消しうる最適な場にちがいなかった。
ロターク社の研究棟は、自動人形のメンテナンス工場と廊下で直結している。
リーピとケイリーがここに来る機会も最近は増しており、働いている研究員たちも両名の姿を見ればモース主任に用があるものと心得ている。
モース研究主任の現在位置については知らされていなかったリーピとケイリーであるが、進むべき先の道をあけてくれる研究員たちの挙動から主任の現在地を察することが出来た。明瞭な指示なくとも、状況から間接的に正解を判断できる能力も、人間からの学習機会を積み重ねた成果であった。
モース主任は、研究棟地下へと降りる階段の手前に居た。
ちょうど、リーピとケイリーと共に搬送されてきた、フィンク市長私邸襲撃現場から回収されてきた瓦礫や遺体残骸を、ケイティー型自動人形たちが運び込んでいるところである。モース主任は、直々に保管場所を指示しているのであった。
「遺骸はわずかな破片であっても、隔離設備内へ収容してください。設備の滅菌剤が充填されている確認工程も遵守を。リズァールと融合したとなれば、まだ内部で菌糸が生きている可能性もあります。あぁ、その凶器として用いられたワイヤーは、滅菌作業の後に研究室へ持ち込んでください、早めに構成解析を行いたいので……おや、リーピ、ケイリー、到着したのですね。」
慌ただしく指示を出し続けていたモースであったが、リーピとケイリーの姿を目にするやいなや、その場を部下の研究員に任せてこちらにやってくる。
ただ言葉を待っているだけのリーピとケイリーの顔面パーツが完全な無表情ではない様を見た時点で、モースは何故か満足げな顔つきになっていた。
「よく無事で来てくれましたね、二体とも。今回は実に災難なことでした、あれほど重大な損傷を負わされるだなんて。既に所有者のいない自動人形とはいえ、フィンク市長には扱いに気をつけていただくようお伝えせねば。」
「現地での状況から、フィンク市長なりに僕らの身を案じての依頼ではあったと推測されます。本来は僕らが警護に参加した市長私邸ではなく、重要度の高い市庁舎が本命の襲撃を受けるはずとの予測があったことは確実です。」
「状況がどうあれ、残るのは結果だけです。きみたちも、与えられる仕事はリスクを鑑みて択びなさい。雇い主もおらず、ロターク製品としての保証も切れたきみたちは、本来ならば損傷を受けたが最後、修理を受ける目処など立たないのですよ。例外規定を主任権限で通しているからこそ、こうしてメンテナンスを受けさせてやれるものの。」
モース主任が語る内容は否定しようのない事実であり、リーピもケイリーも返す言葉などなく頭を垂れている。
……それがまた、本来の自動人形の挙動から外れた、人間臭い反応であった。
事実上の苦言を呈したモースであったが、先ほどからリーピとケイリーが為している行いについてはずっと嬉しげであった。
「しかしまぁせっかく無事な姿で帰ってきてくれたのです、休憩がてらお話でもしましょうか。語りを通じて、今のきみたちのことを知りたいのです。」
「それは……なんとも奇妙な話ですね、僕らを製造したモース主任が、僕らについて知りたがるだなんて。」
「想定外の短期間で、きみたちは随分と多く学習し、経験してきたようですから。製造時の性能を逸脱しないはずの、既存菌糸で思考回路を構築されているとは思えぬほどに。」
リーピとケイリーを先導し、モースが向かったのは休憩室である。
ロターク社研究主任専用の休憩室は、一般の作業員や研究員たちが立ち入れない区画にある。
研究棟の最上階、いわばロターク社研究部門の頂点に位置し、窓外にここの広大な敷地を一望できる。本来は研究主任の仕事場として作られた部屋であったが、モースがより動線の利便な研究棟中央にデスクを構えた結果、この特級ラウンジは休憩場所以外の役割を失っていた。
部屋に入ってすぐ、リーピは窓の透明度が妙に高いことに気付く。
「樹脂窓にしては、表面の曇りがありませんね。塵埃が自然風で吹き付けるだけでも微細な傷が残る樹脂窓は、定期的に交換しなければこれほどの透明度は維持できないはずです。」
「よく気づきましたね、リーピ。察しの通り、この窓は樹脂ではなく、ガラスです。」
「研究用の光学機器内部に用いられている、あの、ガラス、ですか?現在の最先端技術をもってしても、透明度の高いガラスを作るのは難しく、小規模な造型でなければ加工することも困難とされていると聞きますが。」
ケイリーの方はピンと来ていない様子であったが、リーピの反応を見るにつけ、目の前にある大きな窓が何の変哲もない見た目でありながら、その実は異様な物品であることを察知した。現代の街にて建物が備えている窓は例外なく樹脂窓であり、それは富裕層の豪邸であっても例外ではなかった。
モースからの説明を聞いたリーピは、もしも人間のように呼吸することが出来るなら、息を呑んでいただろう。
ガラスの窓は、現状どれほど金を積んでも手に入らない、理論上は存在し得るとされているものの実現が殆ど不可能な物品であった。この社会においては透明な樹脂を成形して生産される樹脂窓が早急に普及したため、ガラスの加工技術が発達する機会を得られなかったためでもある。
ごく高額な美術品を目の当たりにしたのと同じように、リーピはそっと歩を進め、ガラス窓へと近づいていく。床から天井まで届くほどの大きさを実現しながら、表面が波打ったり撓んだりもしていない様は、いよいよもって奇跡そのもののごとき造形物であった。
「市長の邸宅ですら、全て樹脂窓だったというのに……いえ、樹脂製の窓であったとしても、格子状の窓枠によって区切られているのが普通です。この大きさで継ぎ目もない、ガラスの一枚板が実現していたとは、とても信じられません。」
「実物を視認している自動人形にすら存在を信じられないとは、ですね。とはいえ私も、初めてこのガラス窓を発見した際には、我が目を疑いましたよ。地下深くから掘り出された直後だというのに、擦り傷ひとつついていないほどの硬度をも誇っていたのですから。」
「……地下から掘り出された、のですか?」
リーピが聞き返す内容としては全くもって意外性など無かったろうが、明瞭に発音された内容をわざわざ聞き返すなどという挙動は、全く以て自動人形に相応しからぬものであった。
新品の自動人形であれば動作不良として判断されかねないそんな挙動を、モースは目の前にして実ににこやかであった。
ケイリーもまた、リーピに負けず劣らず虚を突かれた表情を浮かべ、呆然と大型のガラス窓を見つめている。しばしの沈黙ののち、ようやくリーピだけが声を発した。
もはや自動人形が喋っているとは思えぬほど、不明瞭な発言内容となっていた。
「現代の最先端技術では実現できない物品が、地下に埋まっていたというのは、その、つまり……。」
「過去に、製造されたものです。現代の歴史においては認識されていなかったほどの、太古の昔です。」
リーピもケイリーも、呆然としながらモースの発言に耳を傾けている。
製造されたばかりの自動人形に聞かせれば、不正確な内容であると判断する以外に思考の余地は無かったろう。
だが、自分たちの創造主たるモースの発言であるということも手伝ってはいたが、今のリーピとケイリーには、彼の言葉に真理が含まれていないとは断言できなかった。
つい先ほど研磨されたかのごとき輝きを永遠に失わない、この世の物とは思えぬガラス窓の表面を撫でつつ、モースは語り続けた。
「現代の私たちが実現している技術水準を、遥かに凌駕する文明が過去に存在したのです。むろん、発掘されたのは、この大きなガラスの一枚板だけではありません。」
モースは振り返り、リーピとケイリーの顔を改めて覗き込んだ。
彼の僅かな沈黙が、単なる息継ぎに過ぎないとはリーピもケイリーも思わなかった。相手に、多少なりと衝撃的でありかねない情報を受け取る心の準備時間を与えるための沈黙だ……モースの目つきを見ただけで、リーピとケイリーはそれを理解した。
モースはまるで、我が子が十分に成長したのを確認した父親であるかのような眼差しで小さく頷き、口を開く。
「きみたちの体内にある菌糸も、元をたどれば、過去の遺物から取り出されたものですよ。」




