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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
生き、捕える網は地下に
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うしないたくないもの 訂正 損耗個体搬送任務

 レイストスの主導により行われた市長私邸への襲撃は、彼の本懐を遂げることなく終結した。


 とはいえ、惨状が現場に刻まれたことには違いない。


 建物としての目立った損害は、最初に警邏隊員を装って接近してきた自動人形の自爆によって吹き飛ばされた正面玄関、そしてレイストスが邸内へ侵入した際に穿った屋根の穴、ついでにロターク社の滅菌部隊が突入してきた際に破壊された裏口門扉の三か所である。むろん、襲撃序盤にて散発的に侵入してきた一般罹患者が汚損した箇所も含めれば、数え切れるものではない。


 人的被害は甚大であった。邸宅の警護チームにおいては、最初の自動人形の自爆に巻き込まれた門衛と、レイストスへ不用意に接近して首を刎ねられたレメ、二名の殉職者が出ている。


 さらに、邸内で避難準備を進めている最中だった市長秘書らや使用人たちが多数、重傷を負わされた。彼らを襲撃したレイストスの狙いがナービルの所在を聞き出すことであったおかげか、レメのように即死させられることなく、襲撃終息直後の時点では辛うじて全員が存命している。


 とはいえ安全が確認されるまで医療従事者が現場に接近できなかったことも手伝い、重傷者たちは搬送前の応急措置を受けている時点で例外なく意識朦朧となっていた。治癒に成功する見込みは限りなく低く、仮に生き延びたとしても不可逆な損傷は残り、重篤な後遺症ゆえに秘書や使用人として復職することは至難の業であろう。


 フィンク市長が、長年かけて吟味し信頼に足ると判断した者たちばかりを雇っていることを思えば、失われた人材の価値は計り知れない。


 そんな人的被害と比べれば、自動人形の損傷など取るに足らないと評価されかねない現場であったが……ケイリーは邸宅の外壁にもたれかかった姿勢のまま、両脚パーツを喪失したリーピの身体を、しっかりと抱き留め続けていた。


 なかなか次の行動に移らないケイリーの腕の中で、リーピは首をもたげ、告げた。


「ケイリー、市長私邸の警護をお手伝いする依頼は、まだ続行中です。依頼主であるフィンク市長、あるいは護衛のリーダーさんから完了指示が下されるまでは、警護を続行すべきです。」


「リーピ、お前は……今の状態では、行動できないだろう。」


「僕が行動不能な損傷状態であることは明確に視認できます、依頼遂行の怠慢であるとは判断されないでしょう。邪魔にならない位置に、僕の身柄を置いていただければ問題ありません。」


「……だが……。」


 ケイリーは視線を上げる。


 目の前では、枯死処分されたレイストスとナービルの身柄の撤去作業を、ケイティー型警備用自動人形たちが開始していた。


 大きく変異した上に、乾燥し崩壊していった、元人体だったはずの残骸。周囲には、一応滅菌剤を浴びせられはしたものの、まだ全てが枯死しきったとも確証のない、無数の菌糸の塊が地面にしがみついている。


 人間の感性を持っていれば、触れるどころか近づくことすら憚られる現場であるが、当然ながら自動人形たちは意にも介せず、淡々と、かつ迅速に撤去作業を行っていた。


 菌糸汚染されてしまっては残しておいても仕方がないとばかりに、破壊された門扉の類も遠慮なく撤去し菌糸動力車の荷台に積みこんでいる。


 本来、現場検証すべきは警察機関であるが、これほど重篤な菌糸汚染が発生した現場には捜査官も接近できまい。もとよりロターク社直属の部隊が真っ先に急行したのは、警察組織に遺留品を回収されてはならぬとの指令が下ったためでもあろう。市長であろうが警察であろうが、ロターク社に異議申し立てできる力はない。


 むろん、レイストスが切り札として用いていた、異様な切れ味と視認性の低さを誇る、極細のワイヤーも余さず回収されていく。おそらく、ロターク社に持ち帰れば優先的な研究対象となるのだろう。


 こんな現場に、両脚パーツの無いリーピの身柄を放置していては……破損して動けなくなった自動人形としてしか認識されず、廃棄物そのものとして瓦礫と同じように回収されてしまいかねない。


「……ダメだ、この撤去作業の現場に、リーピを置いて行けない。」


 ケイリーはリーピの身体を抱きかかえたまま、立ち上がった。


 ちょうど、あらかた瓦礫が撤去された後に、作業用自動人形が滅菌剤を希釈した液を噴霧し始めたところであった。


 菌糸を死滅させる滅菌剤は、菌糸罹患者の遺骸があった現場を清掃するうえで欠かせない薬剤である。


 が、同時に、内部構造の露出している自動人形に対しても致命的な結果がもたらされる。言うまでもなく、自動人形が活動する源もまた菌糸であるためだ。普段は体内深部に密閉されている菌糸組織も、完全に体内構造が開放されるほどの損傷を負えば露出してしまう。


 撒き散らされている滅菌剤からリーピの身体を遠ざけるように、ケイリーは彼の身柄を抱えたまま後ずさっていく。その一方、当のリーピは落ち着いていた。


「ケイリー、あなたはおそらく僕の体内に滅菌剤が入り込むことを懸念しているものと推測されますが、それは無用の心配です。菌糸漏洩防止用のジェルが既に僕の損傷部を密封し、固形化していますので。」


 言いながら、リーピは膝上までしかない脚部を上げ、その切断面がケイリーに見えるようにした。


 確かに、リーピの脚の断面は固まって乾きつつあるジェルが塞いでいた。転倒した際、瞬時にジェルが分泌されたことを示すように、砂粒や枯草が表面だけに付着している。


 自動人形が内包している菌糸が、損傷のたび漏出していては人間社会での運用もままならない。


 菌糸漏洩事故を起こしやすい格安自動人形でさえ、菌糸飛散防止ジェルの分泌器官を一応備えているのだ。メーカー純正品であるリーピのボディパーツともなれば、大規模破損をも想定した備えが搭載されていて当然である。


 なんら想定の範疇を出ない結果を視認したに過ぎないはずでありながら、ケイリーは眼を背けた。


「分かった、分かったから、あんまり損傷部位を見せないでくれ。あまりに、痛々しいんだ。」


「……ケイリー、その反応は、人間の感情を精巧に模倣しているのですか?それを僕に対して示す意味は薄いと思われますが、今のケイリーは、選択的に情動の有無を切り替えることが困難となっているのでしょうか。」


「そうかも、しれない。さっきから、思考がうまくまとまらないんだ。今も、こうしてリーピを更なる損傷の恐れから遠ざけること以外、優先すべき行動選択を見出せない……。」


 ケイリーの顔面パーツは分かりやすい表情こそ浮かべていなかったが、しかし彼女自身の錯綜する胸中を表現しかねて引き攣り続けていた。


 これまでだって、近しい人間たちが幾人も、菌糸感染や罹患者襲撃によって喪われてきた。つい先ほどもケイリーは、レメが殉職する現場を目の当たりにした。その上で、今、大規模な損傷を負っているリーピを抱きかかえている。


 自動人形に「死」の概念は無いが、しかし廃棄処分を下されてもおかしくない損傷は、まさに人形にとっての死の間際と称せる状態である。


 明確に、今のケイリーは、これ以上、親しい相手を喪失することを恐れていた。


 それは人間の情動の模倣にしては、あまりに自然過ぎる感情の発露であった。


 ケイリーが腕に更なる力を込めてくるのを感じつつ、リーピは口を開く。


「すこし力を緩めてください、ケイリー。あなたの腕力で締め上げられると、損傷が増えてしまいかねません。」


「……あ、あぁ、すまない。」


 そもそもが、かつての雇い主からのオーダー通り、スレンダーな体格で作られているケイリー。


 彼女の胸部の表皮は身体外殻をそのまま覆っているだけであり、クッション性の無い平坦な金床に万力で締め付けられているかのような状態にリーピは陥っていた。


 ケイリーが力を緩めるのを確認し、リーピは言葉を続けた。


「以前も察知しましたが、やはり僕らの思考回路は変調を来たしている可能性が高いです。先日の僕は明確な嘘をつきましたし、今のケイリーはまるで本物の感情を抱いているかのようです。モース研究主任からメンテナンスをしていただくまで、新たな依頼を引き受けることは控えるべきでしょう。」


「あぁ、だが、そんなことよりも先に、リーピの身体の修復を……。」


 返答しながら、ケイリーはこちらに近付いて来る足音へ鋭く視線を向ける。


 寄ってきていたのは、今まさに現場の片付けや滅菌処理に従事していたケイティー型警備用自動人形たちの一体であった。


 ケイティーと同型、つまりケイリーと顔の外観は酷似していたが、一応は個々の区別がつくよう髪型に変化がつけられている。今しがた話しかけてきたのは、灰色の髪を結ばず、短めに切りそろえたヘアスタイルの個体であった。


 薄い身体に機能を詰め込んだケイリーよりも、重量感と筋繊維の出力を重視して厚みのあるケイティー型の体格は、女性型とはいえ迫ってくると相応の威圧感がある。


 警戒するケイリーの視線を受け止めながら、ケイティー型自動人形は必要事項のみを喋った。


「リーピ、ケイリー、あなた方を回収するようにと、モース研究主任から指示を受けております。特に、今回の襲撃に際して損傷を負っている場合は優先的に回収せよ、との指示です。」


「そっ、それは、私とリーピを修復するため……だよな?廃棄処分するため、ではないよな?」


「回収後の措置につきましては、私どもには知らされておりません。」


 ケイティー型自動人形は、対話相手の不安を解消しようとする気もなく、あくまでも機械的に伝達事項を述べるばかりであった。


 製造直後であればケイリーも同様の物言いをしていたのだろうことを思えば、人間から様々なことを学習した今のケイリーとの差異は実に大きく見えた。


 ケイリーが目を見開いたまま返答しかねている様を見て、彼女の腕に抱かれているリーピが代わりに口を開く。


「了解しました、僕とケイリーはモース主任の指示に従い、あなた方の回収措置に扱いを委ねます。懸念する必要はありませんケイリー、僕らを廃棄処分するためであれば、あのように僕の身体から脱落した部位を回収してくれはしないでしょう。」


 リーピが片手をあげて指さす先には、地面に転がったままとなっていた彼の脚部を、他の作業用自動人形が拾い上げている様があった。


 他の瓦礫とは違い、丁重に拾い上げた上で密閉可能なケースへと収め、慎重に蓋を閉めている。言うまでもなく、純正品自動人形パーツは高額な資材の塊であり、修繕して再利用可能であれば大幅にコストを節約できる。


 ようやくケイリーは頷き、リーピを抱きかかえたままケイティー型自動人形について行きかけたが、ひとつ重大なことを思い出して声を上げた。


「あっ……このまま直接ロターク社へ行くというのなら、ちょっと待ってくれ。この現場とは別件で、どうしても頼みたいことがあるんだが。ケイティー……と、お前のことを呼んでいいのか?」


「はい、私たちはケイティー型警備用自動人形です。別件とは、何でしょうか。」


「実は、リーピと私が営んでいる探命事務所に、避難させている市民が一人いるんだ。彼女の名前はラーディ、私たちの帰りが遅くなることを、あらかじめ伝えておきたい。」


 今から回収されてロターク社へ向かい、身体の修復とメンテナンスを受けてから帰ってくるとなれば、いかに菌糸動力車で搬送されたとしても半日は掛かるだろう。どれだけ早くとも、帰還するのは翌朝どころか、午後になる。


 菌糸通話網が機能しておらず、報道機関である新聞も発刊されない状態が続いていては、ラーディをただただ不安なままに待たせることになる。下手に出歩かせて、事件現場に近付かせたくもない。


 本来モース主任から与えられていない用件であったが、ケイリーの頼み事を聞いたケイティー型自動人形は、即座に頷いた。


「承りました、私たちの一体をリーピ探命事務所へ向かわせ、『リーピとケイリーの帰りが遅くなること』を伝えます。」


「場所は、分かっているんだな?もひとつ一応、伝えておくが、事務所にはラーディの護衛のため、ケイティーを待機させている。ちょっとややこしい話だが、お前たちケイティー型自動人形の最初の一体、すなわちプロトタイプと言うべき存在だ、彼女が応対に出てきても驚かないでくれ。」


「存じております。リーピ探命事務所へと私たちの原型であるケイティーを送ったのは、モース研究主任の決定ですので。」


 ケイティー型自動人形は、変わらず淡々とした調子で返答を重ねた。


 ケイリーはつい「驚かないでくれ」と念を押したが、元より自動人形が驚きという感情を抱くはずもない。腕の中のリーピもその誤認に気づいたのだろう、チラと目を上げてケイリーの顔へ視線を遣っていた。


 ごく当たり前のように、相手の感情を慮っている自分の思考回路は、やはり本来の自動人形からかけ離れた状態になっているのだろうとケイリーも自覚していた。


「こちらのお屋敷の警護の皆様、およびフィンク市長に対しても『モース主任の指示のもとリーピとケイリーを回収した』ことをお伝えしておきます。あなた方が受け取るべき報酬が支払われた場合は、私たちがお預かりし、後日送付いたします。それでは、菌糸動力車に乗り込んでください。直ちに出発いたします。」


 機械的な声でケイティー型自動人形はリーピを抱いているケイリーを引率し、菌糸動力車の後部荷台へと乗り込んでいった。


 既に、ナービルとレイストスが枯死した残骸をはじめとして、ロターク社に持ち帰って観察研究する対象となるのだろう遺留品で貨物室はいっぱいになっている。現場を検証すべき警察組織からの苦言など、ものともせぬ巨大企業の振る舞いが形となっていた。


 おかげでリーピとケイリーが別々に体を固定できるラックは空いておらず、ケイリーは他のケイティー型自動人形と並んで一体分のスペースに収まり搬送されることとなった。


 ロターク社へ到着するまで、両脚のないリーピの身体を抱きかかえ続けねばならないケイリー。


 が、むしろ自分の手の届かない所にリーピの身柄を預ける羽目にならなかったことを、ケイリーは密かに安堵していた。


 仮に貨物室の空きスペースに預けておいても、モースが指示を下している以上リーピは間違いなくロターク本社まで届けられるだろう。それでも、ケイリーは自分がリーピを抱き留めていなければ、リーピの唯一無二性が失われ、何の変哲もない破損した自動人形のひとつとして認識されてしまいかねないと恐れ続けていた。


 それは純粋に機能と必要性だけを判断基準とする自動人形本来の思考から、大きく逸脱する考え方に他ならなかった。

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