依頼32:フィンク私邸警護 3/3
市長邸宅の敷地周辺には、爆発音を聞きつけ騒動を見物しに来た市民たちが未だにウロウロしていたが、警備の面々が牽制の声を掛け続けたおかげで群衆も多少疎らになりつつある。
状況が一旦落ち着いたのを確認しつつ、レメはリーピとケイリーの方を振り返り、スキンヘッドの同僚を指さしながら告げる。
「そういや、このハゲの名前をお前らには教えていなかったな。」
「おいレメ、俺は仮にもお前の先輩だろうが。今すぐお前をハゲにしてやってもいいんだぞ。」
「分かった、分かったよ、こちらの敬愛すべき先輩警備員の名前は、ケンだ。名前のイメージとは全く合わねぇむさくるしいツラしてやがるが、腕は確かだ。俺らのボスの次に強い。」
「あぁ、良い根性してやがる後輩を、こうやって締め上げる程度なら朝飯前だ。」
気心は知れているのだろう、軽口も交えて紹介を行っているレメの襟元を、ケンは片腕で掴んで持ち上げる。
成人男性にしては身長の低いケンであったが、男の身体を片手で持ち上げられるほどの腕力と体幹を有していることは、その挙動だけで明白であった。自然とシャツの首元が締まって声を出せずジタバタしているレメを気にしつつも、リーピとケイリーはケンに返答する。
「よろしくお願いします、ケンさん。今回の警護現場、お供させていただきます。あらためまして、僕はリーピです。」
「私はケイリーだ。レメの到着まで、あなた一人が裏口の防備を任されていたということは、相当の腕前に違いない。今後の依頼のためにも、ケンの手腕、近くで見て学ばせていただく。」
「おう。人形とはいえ、美人にそう言われるのは嫌な気はしねぇな……つっても、こんな現場、そうそう無いに越したことはねーんだがな。」
レメの首根っこから手を離してやりつつ、咳き込んでいるレメを傍らにケンはぼそりと呟く。努めて明るい声を出そうにも、彼は語尾から翳りを消しかねていた。
最初に警邏隊を装って訪問し自爆した自動人形によって、一名の門衛が殉職したことは無論ケンも認識している。
今は気を沈めている場合ではなく、だからこそレメとじゃれ合いのような真似をして敢えて明るく振舞っているのであろうことは、リーピもケイリーも十分に理解できた。
警邏隊詰め所からの警報音は、先ほどから夜の街区に反響し鳴り続けている。
騒ぎを聞きつけた群衆の喧騒は薄れつつあったものの、しかし肝心の警邏隊はこの邸宅になかなか駆けつけてこない。リーピは、誰に尋ねるともなく口を開いた。
「菌糸通話網が機能していないとはいえ、警邏隊は市長私邸への襲撃を間違いなく認識しているはずです。詰め所からの距離を鑑みても、警邏隊が急行するには遅すぎるようです。」
「フィンク親爺は、分かってんだ。この場所は、ただ騒ぎを起こして人目を引きつけるためだけの囮だって。襲撃側の本命は、市庁舎のほうだ。」
ケンは、屋敷周辺を今もなおウロウロしている群衆へと警戒の視線を向け続けながらも、多少抑えた声で述べた。
確かに、先日までの騒動……特に、罹患者である元議員、レイストスが主導したと思しき騒動は、全て似たような手管である。
わざと目立つような場所で騒ぎを起こし、一般市民からの注目も集めつつ、警邏隊の主戦力を騒動の場へ急行させる。その一方で、衆目を集めておらず、警備が手薄になっている本命の標的へと襲撃を仕掛けるのだ。以前の、キナ議員自宅への襲撃も、工業区画での大規模騒乱も、いずれも攪乱目的にすぎなかった。
今宵のフィンク私邸への襲撃も、盛大な爆発音によって群衆の注意を惹き、混乱を拡大する目論見が明白である。
喉をさすり、しこたま咳き込み終えたレメも、口を開いた。
「この屋敷に襲撃してくる連中もヒョロガリばっかり、まとめて来るんじゃなくて一匹一匹来やがる。ダラダラと騒ぎを引き延ばす魂胆が丸わかりだ。」
「ま、今ごろは市庁舎の方に警邏隊のガチ戦力が集結してる頃だろうよ。フィンク親爺も、マジになって守らなきゃならねぇモノも、全部あっちにあるんだからな。」
ケンも頷きながら言葉を継ぐ。
フィンク市長以外に本気で守るべき対象というのは、むろん重要な文書の類もあるだろうが、一番は秘書であるナービルの身柄だろう。
人間離れした身体能力、菌糸感染の恐れとも無縁でありながら、自動人形でも菌糸罹患者でもない存在。おそらく、生態的欠陥のない原初の特異菌糸が、ナービルの身体を構成している。
フィンク市長のもとに身を寄せる前は、ガリティス前市長の側近であったナービル。彼女の来歴は不明ながら、現在、レイストスをはじめとする特異菌糸罹患者が、ナービルの身柄を……より正確に言えば、体組織を渇望していることは間違いない。
さておき、レイストスが本気の襲撃を掛ける先が市庁舎ならば、この場の騒ぎが順当に収まりつつあるのも納得であった。ケンはリーピとケイリーへ視線を遣りながら、口を開く。
「フィンク親爺がお前らを屋敷の警護手伝いに寄越したのも、こっちが本命じゃないって分かってたから、だろうな。」
「本気の戦力を必要としていないからこそ、私たちに任せたということか。」
「信頼度に見合ったお仕事を戴けるのなら、幸いでございます。」
ケイリーとリーピの返答を聞き、レメは分かり切ったこととばかりに軽く頷いていたが、ケンの方は首を横に振った。
「いやいや、フィンク親爺はお前らが思ってるよりずっと優しいジジイだ。普通なら自動人形なんて、本気の戦闘のほうに動員するだろ。人命は戻らねぇが、人形なら金さえ積めばいくらでも投入できるんだからな。」
「ということは……僕らが損傷する恐れを避けての依頼、なのですね。」
リーピの発言を受けながら、ケンはケイリーへと視線を移しつつ喋る。
「たぶんな。あるいは、お前らが感謝すべきなのは、そんだけ気遣ってもらえる外見で造ってくれた、ロターク社の方かもしれねーな。俺はガキには興味はねぇが、しかし美人ってのは得するもんだ。」
「……モース研究主任には、常に感謝の念を抱いている。」
ケンからの視線と言葉を受け、ケイリーは視線を泳がせながら一応の返答だけを口にした。感情を持たぬはずの自動人形ながら、照れ仕草を明確にケイリーは示していた。
フィンク市長の本心がどうであるかは憶測の域を出ないものの、しかしリーピとケイリーが作業用自動人形のごとく無機質な外見でしかなかったら、躊躇なく使い潰されていた可能性が高いことは間違いない。
普段から男ばかりで暮らしているためか、本物の女性ではなく女性型自動人形が相手であっても、お喋りを楽しむチャンスを逃すまいとの意識が働くのはケンも同様であるらしかった。
一応は警戒の視線を周囲に向けつつ、彼はあくび交じりに語る。
「さすがに、こんだけ威圧して追い散らしたら、今さら寄ってくる一般人は居ねぇか。俺もレメも、昼の警備を終えて仮眠する矢先でたたき起こされてんだ。さっさと夜番の連中と人形どもに任せて寝ちまいたいのは山々だが……そうもいかねーか。」
「一応は滅菌処理を行ったとはいえ、随所に倒れている菌糸罹患者の遺骸を放置するわけにはいきません。遺骸処分ののち、市庁舎側での状況を確認するまで、警戒を緩めるわけにもいかないでしょう。」
「分かってる、分かってるって。要するに徹夜で働きづめになる、ってことだろ?分かったうえで、言わねーようにしてたのによ。寝られねぇ辛さは、人形さんには理解できねーか。」
「申し訳ございません、僕の勉強不足です。」
「お勉強すりゃあ、人形にも眠る機能が搭載されるってか?」
顔を顰めながらも半笑いを浮かべているケンとレメの前で、頭を下げているリーピ。
彼らに気のゆるみがあり、警備の隙が生まれていたことは、否めなかった。
「アイツだ!」
鋭い声を発したケイリーは、何故か夜空を見上げていた。
無論、ちょうど頭を下げていたリーピも、彼と向かい合っていたケンとレメも、瞬間的にケイリーの視線の先を目で追う。
ちょうど、真上……敷地内外を区切る植え込みを飛び越え、空中へと跳躍したばかりの異形の体躯が、彼らの視界内を凄まじい速度で通過していた。
「レイストス!!」
人間の動体視力では、空中を翔っていく存在の細部まで視認することは困難であったが、それが着地した先では……と言っても、地面ではなく、邸宅の屋根上だ……彼の姿を、存分に見ることが出来た。
手足が異様に伸長し、虫のごとく四つん這いとなった、生白い身体。その片手には、先日ダンの頸部を一撃のもとに刎ねた刃渡りの鉈が握られている。
もともとは高級なオーダーメイドスーツを着込んでいたはずが、今やボロ布同然となった服の残骸が、肩と腰に掛かっているばかり。
何よりも特徴的な、顔面の穴……先日、ケイリーが彼の元から逃走する際、突き刺した防護傘の先端によって穿たれた穴は、同じく彼の右目の下にぽっかりと開いている。
夜間でも問題なく人間の視野を確保できるよう、随所に設置された庭の照明を下から浴びて、もともと人体であったことが信じられぬほど歪みきった造形を不気味に浮かび上がらせていた。
「おいテメェ!!」
レメの叫びに、レイストスは無言のままに笑みだけを返した。
親愛も、冷淡さも無い、ただ口角だけを上げる笑み。それはいかにも自分の用事が忙しく、声を掛けてきた相手に対して言外に「お前と関わっている暇はない」とでも伝えるかのように、レメを眼中に入れていない反応であった。
そのままレイストスは市長私邸の屋根を手足の先を食い込ませながら這い上がっていき、建物中央付近に到達してから渾身の蹴りで大穴を開け、建物内へと侵入した。
怨敵があまりに淡々とした動作で侵入していった様は、レメを逆上させるに十分な光景であった。彼は、リーピもケイリーも聞いたことのない、激怒の叫びを発した。
「あの野郎ォォァア!!」
「レメ!勝手に持ち場を離れんじゃねぇ!!」
ケンからの怒号を無視し、レメはレイストスに釣られるがまま、邸宅の中へと駆けこんでいく。ケンは反射的に腕を伸ばしていたが、レメを掴み損ねた。
確かに、屋根からレイストスが侵入した状況を放置しては、邸内の使用人や秘書たちに危害が及ぶ。しかしレメが冷静さを失っており、ダンを殺害した仇を目の前にして気を逸らせていることは、明白であった。
リーピは自主判断を述べようとしたが、ケンが命令を発する方が先であった。
「ケイリー!お前がレメを連れ戻してくれ!アイツに会ったことがあるなら、俺らよりは対処できるだろ!」
「了承した。」
ひとたび頷き、ケイリーは直ちにレメを追って屋敷へ入る。
レメの説得ならば、警護チームの先輩であるケンの方が的確であるようにも思われたが……この場に、少年の姿のリーピ、若い女性の姿のケイリーだけを残しておくことは、混乱を抑える上で適切な判断ではなかった。
せっかく敷地から離れかけていた見物人たちも、ざわめきを増しながら好奇の視線をこちらに向けている。
工業区画や貧困層居住区と違い、この市長私邸が建つ富裕区画では、住民たちも自分達の身に危険が迫ることを現実的に感じていないように見えた。まるで新たな見世物が出てきた舞台を前にした観客のごとく、人混みは再びじりじりと邸宅敷地へ迫ってくる。
群衆を牽制するように睨みつけながら、ケンは喋った。
「あんだけ派手に屋根をぶち破ったら、ボスが気付かねぇわけがない。レイストスは確かにバケモンだが、ボスに任せりゃ軽く捻れるだろうに、レメの奴、頭に血ぃのぼらせやがって!」
「部外者が敷地へ踏み込むのを許せば混乱の収拾はより困難となり、いよいよ襲撃側の思うつぼです。僕らが、この場の確保に専念しなければなりませんね。」
要人護衛としてはベテランであるケンは立っているだけでも十分な威圧感であったが、少年の姿をしたリーピは、下手をすれば子供がウロついているようにも受け取られてしまう外見である。
一計を案じ、リーピは作業服の上着をすっかり前も閉じて着込み、大型のフードを目深に被った。こうすることでリーピは作業用自動人形と大差ない外見となる。
フードの中で籠って、ますます機械的に聞こえる声で、リーピは呟いた。
「……しかし、わざと騒ぎを起こした現場は本命の襲撃目標ではない、という推測は外れてしまいましたね。まさか、レイストス氏がこの邸宅を襲撃するとは。」
「裏の裏をかかれちまった。フィンク市長の身柄も、重要文書の類も、市庁舎にあるってのに……なんでこっちに来やがったんだ。」
「警邏隊の戦力がいよいよ増強されている現状、レイストス氏にとっても襲撃の実行はリスキーなはず。見合うだけの目標が、この場所にあるのでしょうか?」
「……さぁ?俺らには分からねーな。」
ケンの返答は、僅かに遅れたようであった。
自動人形本来の思考としては、彼が実際に情報を得ていないと判断し得る返答であったが……今のリーピには、ケンが何がしかの真実を秘匿している可能性をも見出せていた。




