依頼32:フィンク私邸警護 2/3
人間と異なり、自動人形であるリーピとケイリーは、爆発に伴って発生した衝撃波、すなわち急激な気圧変化によって聴覚を妨げられなかった。
そのため、爆発音に引き続いてフィンク市長私邸へとなだれ込んできた菌糸罹患者たちの襲撃が、ごく静かに行われていることにも早急に気づけた。
連中は、鬨の声を上げたり、怒声を浴びせたりなどしない。
淡々と命令をこなす兵士のように、手に手に刃物を振りかざし、あるいは隠し持ち、市長私邸の護衛達へと襲い掛かっているのだ。怒号を張り上げているのは、むしろ防衛する側の面々であった。
「そいつだ!武器を持ってる!叩きのめせ!」
「関係ねぇ奴は近寄って来るな!下がれ!」
「両手を見える所に出せ!おいお前、隠れるな!罹患者だろ!」
明確な敵意を示すことなく、無害な一般人を装ったまま、スタスタと近づいて来て危害を加えるような相手ばかり。となれば、護衛達が声を張り上げ、異常事態が発生している状況を明確にせねば対処が遅れる。
最初の爆発音を聞きつけて集まってきた見物人に紛れるようにして、襲撃を行う罹患者たちは屋敷の建物へと近づき、あるいは一旦人ごみに紛れて離れるなどしている。
彼らには、攪乱効果を最大限とする意図が明確にあった。
市長邸宅を警護する面々がいかに屈強揃いといえど、無関係の市民集団への危害を避けようとし続けるならば、ますます状況対処は困難となる。
護衛チームの一員としてレメも屋敷の外へ走り出たが、既に地面に転がされている罹患者が数体居る他には、大声を張り上げて群衆を威圧し後退させている護衛が居並ぶばかりである。
戦う相手を容易には見いだせない状況で、レメは目の前にいる仲間に問いかける。
「おい、敵の罹患者は……!?」
「ここはいい!お前は自分の持ち場へ!」
レメから問われた護衛仲間も、わらわらと寄ってくる見物人集団を後退させるため必死で声を張り上げている最中であり、真っ当な返答を寄越している余裕などない。
そもそも、襲撃しに来ている菌糸罹患者たちの目標が定まっておらず、現状は邸宅の護衛たちに対し散発的な襲撃を繰り返しているばかりである。どこを重点的に守るべきか判明していない以上、個々の判断を実行しても邸宅の護衛として十分な仕事は出来ない。本命に裏を突かれる恐れがある。
警邏隊自動人形の姿で屋敷に接近し、爆発を引き起こして警護態勢を崩すとともに見物人を引き寄せ、人混みに紛れて人的被害を更に増やすよう目論む……実に計画的に作られた混乱状態であった。
現にレメも、今になって自身の行動を選びかねていた。ついさきほど、夜間の警備担当と交代したばかりの彼には、現時点での持ち場は与えられていない。
そんな彼に追随しているリーピとケイリーは、足元にしゃがみ込み、無力化されている罹患者の身体へと滅菌剤注入器を突き立てていた。既に粉末タイプの滅菌剤は吹き付けられていたが、身体深部に直接作用する粘液タイプ滅菌剤を注入したほうが確実に罹患者を枯死処分出来る。
それに、散布すれば濛々と白粉が舞い散る粉末タイプ滅菌剤は、多用されれば現場の状況を視認しづらくする一方だろう。
「俺は、どこに行けば……!」
レメの次なる行動判断が遅れていたのは、こうした現場の混乱状態に加え、殉職したダンの仇たるレイストスがここに姿を現すかもしれないがゆえの気の逸りも手伝っていた。
いかなる混乱状況にも左右されない自動人形の思考回路こそが、役立てられる場面であった。
使い終えた滅菌剤注入器をホルスターへ収めつつ、リーピはレメへ告げる。
「屋敷警護の指揮系統は維持されていますか?行動指示は、どちらで得られますか?」
「ボス……ボスはどこだ!?」
「正面入り口だ!」
リーピの言葉を耳に入れたレメが、周囲の喧騒に負けぬよう張り上げた声に対し、先ほどの護衛仲間が怒鳴り返す。
確かに、最初の爆発が起きた位置、すなわち建物被害も人的被害も最も大きくなっているだろう場所に、護衛たちのリーダー格の男が陣取っているのは必然であった。
レメは金縛りが解けたように駆け出し、リーピとケイリーも彼の後に続く。
―――――
フィンク市長私邸の玄関ホールは、予測された通り甚大な被害を受けていた。
玄関扉は言うまでもなく、ドア枠が填まっていたはずの壁面もろとも吹き飛ばされて大穴が開いている。焦げ跡とヒビ割れ、飛び散り損ねて壁面に打ち込まれた破片の数々が、豪邸の正面部分に廃墟同然の荒廃した装飾を加えていた。
おそらく、飛び散って壁面に食い込んでいる破片の中には、最初に警邏隊を装って訪問してきた自動人形の身体パーツ、その応対をしていた門衛の遺骸も含まれているのだろうが……瓦礫の一部となり果てた今となっては判別のしようも無い。
消火剤、そして菌糸の繁殖を阻止するための滅菌剤が床から壁、天井に至るまで吹き付けられている。
降り積もった白粉の下からは、ところどころ赤黒く染まった床が覗いている。おそらく、薬剤散布の措置が行われる前は、一帯が血の海となっていたのだろう。
人間ひとり分の肉体が破砕され飛び散ったのだ、惨状は応急措置だけでは隠しようもない。
焦げ臭さとまじりあって強烈な悪臭が立ち込めている中で、仁王立ちとなって邸宅正面からの侵入を阻止し続けているのが、護衛達のリーダーであった。
彼に引き連れられた部下達も、警護を担う男たちに相応しく相当に大柄な体格ではあった。が、リーダー格の男は背丈も肩幅も並の人間とは一線を画す偉丈夫であり、彼一人が立っているだけで玄関の崩落部をすっかり塞げてしまえるかと思えるほどの威圧感があった。
群衆に紛れるように散発的な襲撃を掛けてきている菌糸罹患者たちも、さすがにこの巨漢が構えている現場へとわざわざ接近することはないらしい。必然的に戦闘に参加できないボスであるが、とはいえ最も無防備となっているこの位置を離れるわけにもいかないのだろう。
息せき切って駆け寄っていったレメは、現場の凄惨な状況、そして死臭を吸って盛大にえずき、咳き込んだのちようやく口を開いた。
「ボス!俺と、ついでにこの人形ども二体は無傷だ!どこを守ればいい!?」
「裏口だ。警備班と連携しろ。」
爆発の直後は地を轟かすほどの咆哮めいた号令をかけていた護衛達のリーダーであったが、指示を出す際にはこれまで通り静かな、低い声に戻っていた。
それでも十分すぎるほどの音圧があったことには、違いない。
レメは弾かれるように駆け出し、市長私邸の裏口へと飛んでいった。むろん、リーピとケイリーも言葉を掛けられるまでもなく、彼に追随する。
多少複雑な構造となっている邸宅内を駆け抜けていく間も、レメは曲がり角や開きっぱなしの部屋を覗き込みつつ、走る速度は緩めない。
市長私邸内部へと出入り可能な箇所はことごとく護衛達が抑えているおかげだろう、秘書や使用人たちが慌ただしく駆けまわって重要物の避難準備をしている騒動こそあれど、菌糸罹患者は未だ侵入していない様子であった。
無関係の市民が寄ってくる混雑もあって混乱そのものは終息困難となっていたものの、襲撃自体はずっと散発的に起きるにとどまり、最初の爆発を除けば被害が追加されることもなさそうだ。
リーダー格から言われた通り、裏口に到着するや否や、レメの目の前で一体の菌糸罹患者が護衛によって地面に組み伏せられるところであった。
裏口を固めていたレメの同僚は、これまた盛り上がった筋肉とスキンヘッドが威圧的な印象の男である。彼は仲間の到着を足音で聞き取っていたのか、視線を手元から逸らすことなく怒鳴った。男にしては甲高い声であったが、だからこそ喧噪の中でも鋭く、命令を通しやすい声である。
「コイツの息の根を止めろ!ここの滅菌剤は使い切っちまった!」
「僕が持参した滅菌剤注入器を使用します。レメさんとケイリーは、周囲警戒を。」
率先してリーピが駆け寄っていき、スキンヘッドの男が組み伏せている菌糸罹患者の首元に薬剤注入器を突き立てた。
見る間に罹患者の表皮は白く枯死していき、皺が寄り、ひび割れていく。襲撃を行っている菌糸罹患者たちは、その行動の暴力性とは裏腹に、拍子抜けするほど細身の身体つきばかりである。
特異菌糸の性質上、体格が大きくなるほど行動に伴う養分の消費量も増えてしまうため、ある程度は細身でなければ長時間の活動続行が不可能なためであろうが……筋骨隆々たる護衛達を相手取れば、菌糸罹患者たちが容易く組み伏せられてしまうのも当然のことであった。
標的の完全な無力化を確認するまで、そのガッシリとした腕で罹患者を抑え込み続けていたスキンヘッドの男。
枯死していく罹患者を目視して立ち上がると同時に、この現場に似つかわしからぬ少年の姿をしたリーピがいることに今さら気づき、彼は目を丸くした。
「なんだこのガキ……いや、人形か?」
「毎度お世話になっております、リーピ探命事務所です。このたび、フィンク市長からのご依頼で、こちらの邸宅の警備をお手伝いさせていただいております。」
「フン。あんだけ人形嫌いだったフィンク親爺が、人形に屋敷を任せる日が来るとはな。」
「それ、ついさっき俺も同じこと言った。ま、邪魔にはならねぇハズだ。滅菌剤もたんまり持ち込んでくれてるしよ。」
レメが会話にわって入り、スキンヘッドの仲間にリーピを指さして示す。
既に邸宅の外、護衛らが懸命に声を張り上げて伝えたのが功を奏し、敷地外にまで後退していった群衆へと警戒の視線を向けていたスキンヘッドの男であるが……レメに促されてリーピの方を見れば、この少年型自動人形は幾本もの滅菌剤注入器を自身の腹部から取り出していた。
腹部外殻のカバーを閉じ、作業服の裾を被せつつ、リーピは注入器の束を差し出して告げた。
「先ほど、滅菌剤を使い切ったと仰っていましたね。こちらをお持ちください、僕らには予備があります。」
「おう……助かる。こいつは、粉末タイプじゃない方だな。値段が高すぎて導入が遅れてるっていう、粘液タイプか。さすがはロターク社謹製の人形サマ、贅沢な援助に感謝させてもらうぜ。」
皮肉交じりながらも一応は感謝の言葉を述べるあたり、このスキンヘッドの男もフィンクから信頼を寄せられるだけの人格は備えているのだろう。あのリーダー格の男のような巨体ではなく、むしろ成人男性の割に小柄な方であったが、がっしりとした体格は頑健さの塊のようであった。
一方、粘液タイプ滅菌剤の値段が高すぎる、という話はリーピとケイリーにとって初耳だった。
粉末タイプ滅菌剤を生産していた製剤会社が壊滅して間もなく、ロターク社からの粘液タイプ滅菌剤が供給され流通しているものと想定していたのだが……ロターク社の経営陣は、このビジネスチャンスを最大限に有効利用しようと画策しているらしい。
警邏隊や特殊清掃局が、未だに備蓄している粉末タイプ滅菌剤を運用せざるを得ないのも必然であった。
フィンク邸の周囲に集まっていた見物の群衆にも、この混雑に紛れてなおも襲撃が続行されているという切迫した状況はさすがに伝わったのか、人垣はいよいよ敷地から遠ざかっていく。ちょうど、先日の工業区画鎮圧時と同様、警邏隊詰め所から警報音が鳴り響き始めたのも群衆を現場から遠ざける一助となった。
レメも、スキンヘッドの同僚も、散り散りに離れていく群衆へと警戒の視線と声を投げかけている。
「そうだ、離れていけ、お前らのための見世物じゃねぇんだ、警察に誤認逮捕されたくなけりゃあ、さっさとお家に帰ってろ。」
「ったく、あの爆発音が街中に響き渡ったのが、一番の宣伝になっちまったな。ついでに、新聞の印刷もストップしちまったせいで、一般市民が報道を待つって選択が消えたのも関係ありそうだ。」
この社会においてほぼ唯一の報道手段である新聞が刊行されなくなったことも含めて、この日の混乱を引き起こす布石とされていたのなら……今回の首謀者はいよいよもって、計画的に一連の騒動を引き起こしていたことになる。
仮に、市長邸宅の護衛達が十分に統率を取れておらず、ただ見物に来ただけの一般市民に対しても危害を加えるような真似をすれば、いよいよ状況は混迷を極めてしまっていただろう。現状だけは乗り切れても、自身の私邸を警護するよう指示していたフィンク市長に対し、後日以降の責任追及は免れ得ない。
護衛側に殉職者は出てしまったとはいえ、無辜の市民については被害を出さず最初の危機を切り抜けられたのは、万一の際も即座に連携の取れる仲間だけで邸宅の警護を行っていた賜物であった。




