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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
生き、捕える網は地下に
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依頼32:フィンク私邸警護 1/3

 依頼の文書を受けて即座に出発したため、リーピとケイリーがフィンク邸へと到着したのはまだ日のまばゆい夕刻に差し掛かった頃であった。


 むろんフィンク市長私邸の警護体制が昼夜を問わず厳を極めることは言うまでもなく、先日の罹患者による襲撃以降は更に敷地内外を巡回する人員の数が増えている。信頼できる者だけを起用するフィンク市長の方針は徹底され、リーピ達が到着する前まで警備を行っていたのは全員が人間だ。


 外見のみならず性格までも仲間内で深く理解し合えるゆえ、なりすました他人が紛れ込んでも即座に気づけるのは自動人形に真似できない人間の信頼性であったが、しかし人間には休息や睡眠が必要だ。


 ちょうど昼夜の警備が交代するタイミングだったのか、庭先に据えられたデスクでは引き継ぎ作業が行われていた。


 機密事項を扱うのでもなければ屋外で作業を済ませる、というのはフィンクの部下たちにも一貫した気風であるらしい。確かに引き継ぎのタイミングで屋敷外の警備が手薄になるリスクは、そのおかげで軽減されている。


 デスク前には護衛のリーダー格の男が、そのひときわ大柄な体を窮屈そうに椅子の上に載せている。今しがた夜シフトの警備へ向かう男たちが通達事項を受け取り去ったのを見届け、リーピとケイリーも彼の前に顔を出した。


「本日再びご依頼をいただき、あらためて参じました。今夜、こちらのフィンク市長私邸の警備をお手伝いいたします、リーピとケイリーです。」


「お前らの担当は、ここだ。」


 護衛達のリーダーは常通り最低限の発言とともに、目の前のデスクに広げてある屋敷見取り図の一角を、その太い指で示した。彼も議員たちや秘書らに負けず劣らず上等なスーツを身に着けているが、カフスの下には獣のごとく毛深い太腕が覗いている。


 あまりにも彼の指先が太いため、リーピとケイリーは屋敷見取り図のどこをピンポイントに差されたのか、判別しかねた。室内を指さされたようにも見えたため、リーピは聞き返す。


「こちらの……一階のお部屋、でしょうか。邸宅周辺ではなく、屋内の警備を僕らは担当することになるのですか?」


「そうだ。」


 相変わらず、リーダー格の護衛は言葉を多く発さない。


 自動人形の挙動としては、一旦明確に示された命令をわざわざ聞き返しているのも手間のロスであり、他の人間であれば苛立ちを表情に示しかねない場面であったが、この男は全く表情を動かさない。フィンク市長の身の安全、そして数多率いられている部下たちの命を預かっているとなれば、不必要を思考から徹底して削ぎ落とすことにもなるだろう。


 リーピとケイリーも、余計な時間をとらせぬよう、頭を下げてそそくさと場を離れた。


「承りました。直ちに現場へ向かいます。」


 フィンク邸には幾度か訪れているため、先ほど無造作に指さされた部屋へと向かうルートを迷うことはない。そもそも自動人形の認知能力ならば見取り図を一目見せられただけで十分に建物の構造は理解できる。


 一階の、裏庭に面した一室。掃除用の備品倉庫や、護衛たち用の洗濯室、浴場が並ぶ廊下の隅に、目的の部屋はあった。


 扉は開け放たれている。置かれていた家具類を見るに、ここは使用人のための仮眠室だろう。


 リーピとケイリーが室内を覗くと、ロッカーや保管棚の間に置かれたベッドに腰掛けていた一人の男と目が合った。


 レメであった。昼間の警備任務を終え、夜間の担当と交代して仮眠に入るところだったのだろう。手近なテーブル上には、食事を手早く済ませた後か、パンや野菜の滓がついた紙包みが丸められていた。


 廊下から近づいてくる足音は彼にも聞こえていたのだろう、まだ姿も見ぬ訪問者を待ち構えるように彼は視線をこちらに向けていた。


 護衛仲間の足音ではないことも明確だったためか、敵対存在に備えて鋭さを増した眼差しをレメは浮かべていた。再び侵入者が現れれば、今度こそ好きにはさせない、逃しはしないとばかりに。


 遅ればせながらもリーピは開いたままのドアにノックし、レメへと声をかける。


「今朝がた以来ですね、レメさん。本日、僕らはフィンク市長の私邸警備のお手伝いを引き受け、こちらに来させていただいております。」


「おう……警備の手伝い、か。あのフィンク親爺が、まさか自動人形に仕事を任せる日が来るとはな。で、お前らは人形の癖に、律儀に挨拶回りにでも来たのか?」


「いえ、依頼の遂行のためです。僕らが警備を担当するのは、この部屋です。先ほど、リーダーの方から指示を受けました。」


 レメは一瞬だけ不思議そうな表情を浮かべた直後、思い至るところへ即座に突き当たったのか、眉根に皺を寄せながら顔を俯けた。


 フィンク市長も、ある程度はリーピとケイリーのことを信頼しているだろうとはいえ、長年付き従ってきた護衛達と同じ仕事を自動人形に与えなどしないだろう。そう考えれば、今、リーピとケイリーが担わされる役目は明白であった。


 理解と不納得が同居したような顔で、彼は呟く。


「そこまで俺はガキかよ、ボス……。」


 室内のレメがなかなか迎え入れてくれないまま、リーピとケイリーは部屋の前で立たされっぱなしである。


 与えられた指示との齟齬が無いのであれば躊躇なく入室すればよいのだが、とはいえベッドに横たわっていた人間の意向を無視してずかずか上がり込むのも、自動人形の行動選択としては優先される内容ではない。


 黙り込んでいても埒が明かないと判断したのか、今度はケイリーが口を開いた。


「私たちが指示されたのがこの部屋の警備である以上、ここで休息をとっているレメの身もまた警護すべき対象として指定されたものと判断される。これから夜を徹して翌朝まで、この部屋における監視を担わせてもらうが、構わないか?」


「あぁ。フィンク親爺が依頼を出して、ボスも指示を下したんだ。今さら拒否は出来んだろ、俺も、お前らも。」


 言いながら、レメは項垂れていた顔を上げ、深く溜息ついでの息を吐いた後、あらためて簡素なベッドに身を横たえた。


 リーダー格の巨漢と比べれば随分と細身に見えるレメであったが、それでも鍛えた成人男性並みの体重はあり、彼が横になればギシリとベッドが軋む。


 足には靴を履いたままであり、スーツのジャケットはベッド脇の椅子に掛けられている。就寝の真っ最中でも、非常事態となれば即座に飛び起きて行動できるよう備えているのだ。


 一応は眼を閉じてじっと横たわっているレメであったが、つい先ほど喋っていたことを判断材料から除いても、彼が眠るには程遠い状態にあることは明白であった。


 レメが深く眠ることは、当分のあいだ不可能だろう。


 安眠できぬことは人間にとって軽からぬ負荷であるが、裏を返せば襲撃への対処が疎かにならない、ということでもある。ただでさえレメは護身や格闘の訓練を積んでいる。


 睡眠中に無防備になることを思えば、それこそ今しがた探命事務所に居るラーディのほうがよほど警護を必要としているのだ。現在は、ケイティーが代わりに事務所の警備を担ってくれているぶん安心できるが。


 たった一人の、それも若手の護衛を、更に護衛するためにフィンク市長が自動人形へと依頼を出したとは考え難かった。


 寝床で睡眠の体勢になっている人間へ話しかけることは、これまた本来の自動人形としては推奨されない行動選択であったが……明らかに眠れていないレメのためには、会話相手となることも必要だとリーピは判断した。


 話しかける予兆を示すため、リーピは足音をさほど忍ばせずレメの枕元近くの椅子に腰かけてから、口を開く。


「フィンク市長は、レメさんのことを気にかけておいででした。『レメの奴がバカな仇討ちに先走っちまう前に、この件は片付けねぇとな。』と仰っていました。」


「だろうな。その『バカな仇討ち』とやらが、今すぐできるもんなら俺も既にやってる。」


 寝ている状態で話しかけられたことに驚きも示さず、全く眠気などを感じさせない明瞭な声で、レメは間を置かず返答する。


 リーピとケイリーがこの部屋に寄越されたのが、警護という名目を建前にしつつ、実質は休息時間中のレメが抜け出さないよう監視する目的であることは、レメ自身もきちんと理解していた。


 むろん、レメはそう軽々に警護チームの統率を乱す行為に走るほど短慮な人間ではないはずであるが……しかし、気の合った相棒であり最も身近な先輩でもあったダンの命を、奪った元凶が再び襲撃してくる可能性を思えば、レメがのうのうと眠っていられないのも事実であった。


 人間の視力が遮られ、相対的に菌糸罹患者の視界確保が優位性を得る夜間。


 あのひょろ長く伸びた腕で、大ぶりな鉈を振りかざし、顔に穴の開いたレイストスが、今宵も現れるのだろうか。


 リーピが次の言葉を思いつく前に、レメはぼそぼそと言葉を続ける。


「お前らには悪いが、人形をあてがわれておとなしく寝かしつけられてるってのは……マジでガキ扱いだな。お人形さんを抱きしめてなきゃ、夜泣きでもすると思われてんのかな。」


「おまけに、窓の外から化け物がやってくるお話もセット、ですからね。」


「……おい、お前、そんな冗談まで言えんのか。」


 先ほどまで目をじっと閉じていたレメが、目を丸く開いてこちらに向けてくる視線を、リーピは真っすぐ受け止めていた。


 ついでに、背後からケイリーが驚いたように向けてくる視線も。


 リーピとしても、冗談を述べるという行動選択を実行に移したのは初めてのことであり、これが適切な実行であるか否かは自身でも判断しかねるところであった。


「申し訳ございません、真剣なお話の最中に相応しからぬ発言でした。お気を損ねてしまいましたこと、お詫び申し上げます。」


「いや、俺は別にいいんだけどよ。ただ、驚かされたんだよ。人間についてお勉強してたら、ついに冗談まで言えるようになりやがったのか、自動人形は。眠気吹っ飛んじまったよ。」


「冗談の的確な用途であるとの確信無しに実行しましたので、完璧な学習成果とは言えませんが……。」


「悪くはなかったぜ。まぁ、気心知れた相手じゃなきゃ、ぶん殴ってたかもしれねーけどな。」


 レメからの返答は、攻撃的でもあり、親密さも含んでおり、これまた並みの自動人形では評価を易々と下し得ない反応となっていた。


 とはいえ、リーピはおおむね好評を得たとの成果を見出せはしていた。リーピの表情パーツは、頬を緩ませ、すこし俯き……人間に当てはめれば、照れ隠しの笑みに近い反応を示していた。


 多少なりとレメの胸中を晴らす役には立ったのだろうが、しかしレメを眠気から遠ざけてしまったことにも違いない。


 先ほどの冗談に上乗せするように、子守歌でも歌ってみせようか、しかし今度こそぶん殴られるだろうか、などとリーピが思案していると……突然レメが寝床から身を起こした。


 既に彼の表情に緩みは無い。明らかに一瞬で変貌した彼の様子を理解できぬまま、リーピは尋ねる。


「どうなさいましたか?就寝時に必要なものがございましたら、僕らに言いつけていただければお持ちいたしますが。」


「違う……仲間が警戒してる。一旦、起きとくべきだ。」


 レメが聞き取ったのは、屋敷周辺を巡回している護衛達の足音が、急に早まった様子であった。


 むろん聴覚であれば人間を凌駕している自動人形ゆえ、リーピとケイリーにも十分に聞こえている。足音の数のみならず、足音の主が何者であるかについても。


 もしやレイストスが、日没間もない早々に現れたのか、とリーピはケイリーに視線を向けたが、彼女は首を横に振った。


「レイストスの足音はしない。奴は手足を下手に伸長したせいで、四足歩行でなければバランスを維持できない。その分、移動速度は速いんだが。」


「それは俺も知ってる、直接見たからな。今、屋敷の玄関に来たのは……自動人形か?」


 レメもまた、人間の聴覚が拾える限界近い小音量ながら、訪問者の足音へと耳を立てていた。


 確かに、人間よりも硬い、そして人間ではあり得ぬほど左右差の癖のない足音。リーピとケイリーの聴覚受容器は、より詳細な分析も行えていた。


 着込んでいるのは、防護能力も期待される硬い布地の制服。部位によっては、身体パーツに直接固定するため、金属製の鋲が打たれている。


 そんな恰好をしている自動人形は、警邏隊以外に居ない。


「おそらく、警邏隊の自動人形です。このタイミングでフィンク邸を訪問するということは、夜間に備えての警備体制を確認しに来たのでしょう。」


「警察がわざわざ覗きに来ねぇでも、昔っから万全だっての。レイストスの野郎が次に来たら、俺たち全員で引きずり回して細切れにしてやるさ、確実にな。」


「それを実行されると、菌糸の感染機会が増大してしまうため、お控えください。」


「冗談だ、他人が言う冗談を拾えるほどには、お勉強が足りてないんじゃねーの?」


 レメとの会話の向こう側に、玄関で警邏隊自動人形に応対している門衛の声が聞こえている。


 その会話は淀みなく進んでいるように聞こえていたが、門衛の声が一瞬途切れた。


 同時に、警邏隊自動人形の発話も途絶えている。どうやら、黙り込んでしまった相手を不審がって門衛は口を閉じたらしい。


 門衛は声を張り、屋敷の内外へと呼びかけた。



「おい、誰か来てくれ。こいつ、なんかおかしい」




 直後、大轟音がフィンク私邸を襲った。


 廊下から室内へと飛び込んできた衝撃で空気が圧搾され、窓枠から樹脂窓が割れて外へと飛び散る。


 地を揺るがす振動で柱がへし折れんばかりに軋み、壁面にヒビが走る。


 目の前のレメが反射的に両耳を抑えてうずくまると同時に、リーピとケイリーは彼の身をかばうように覆いかぶさり床に伏せさせた。


 僅かな思考も組み立てている猶予の無い一瞬で、自動人形に設定された人命優先の行動選択が為されているのであった。



「……っ痛ぇぇ……耳が……何だ、今の……!」


「市長邸宅の正面玄関にて、爆発が起きたようです。レメさん、僕らの声は聞こえていますか?空気圧の激甚な変化により、聴覚受容器に損傷が及んでいる可能性が高いです。」


 頭を抱えながら床から起き上がるレメの肩を支えつつ、リーピは口早に告げる。


 先ほど、この屋敷を訪れた警邏隊自動人形……の内部に、爆発物が仕込まれていた可能性が高かった。今のところ状況からそう判断するしかないが、門衛と喋っている最中にいきなり沈黙するのは不自然すぎる挙動であった。


 爆発は建物を倒壊させるほどではなかったものの、これほどの至近距離ともなれば人体の損傷は免れない。この部屋に居たレメは、幸いながら不可逆な傷を負いはしなかったようだ。


「あぁ、聞こえる、けど、キーンって音がずっと耳に残ってやがる……!くっそ、皆は、どうなってる!」


「私が被害状況を確認してくる、リーピはレメが態勢を整えるのを手伝え。」


 ケイリーは廊下から顔を出したが、廊下を走り抜けていく護衛の男たちに道を譲るように一旦引っ込み、再度廊下へと一歩踏み出して建物内の様子を見回している。


 どうやら、あの一度の爆発でフィンク邸の人員がことごとく負傷した、というわけではなさそうだ。


 常に用心深いフィンクゆえ、この規模の襲撃も想定してはいた可能性はある。部屋の扉を開けっぱなしにしてあったのも、衝撃で建物が歪んだ結果、扉を開けられなくなるという事態を防ぐ名目でもあったのだろう。


 しかし、たった一撃で襲撃が終わるわけではなかった。


 間もなく、聴覚が元に戻り始めたレメの耳にも、フィンク邸の周囲で始まった乱闘の喧騒が届き始めた。一番の巨漢である、護衛達のリーダーが猛獣のごとき咆哮で号令をかけていた。


「全員、持ち場へ!罹患者どもの襲撃だ!」

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