モース主任の計らい およびフィンクからの追加依頼
夕刻、リーピ探命事務所に想定外の訪問者が来た。
フィンク市長から早々に次なる依頼が来ることは既にリーピもケイリーも想定していたが、事務所前まで近づいてきた足音がいつもの秘書の靴音と異なっていたため、両名は共に警戒した。
事務所内で保護しているラーディは、工業区画の封鎖が解かれれば工房に戻るつもりでスケッチブックの隅に仕事の段取りを書きこんでいる最中であったが、リーピとケイリーが同時に立ち上がったのを見て身を硬くする。
「リーピさん?ケイリーさん?……もしかして、今近付いてきてる靴音、まずい存在ですか?随分と重く、硬い作業靴の音が、私にも聞こえますけど……。」
「僕らもまだ推測に足る判断材料を得ていません。ケイリーが訪問者を確認します。」
もしも、菌糸罹患者が押し入ろうとするのであれば、ケイリーが対処している隙にラーディを安全な備品室へと即座に避難させねばならない。単体であればケイリーの戦闘力で撃退できる可能性はあるが、複数名が相手となれば隙を突いて避難用の窓を蹴破り、建物外へと脱出する算段を実行に移す必要もある。
……が、ケイリーは扉の覗き穴から訪問者を確認した後、リーピとラーディに対して落ち着いて座っているよう手振りで指示し、相手が声を発するまで待った。
ケイリーもリーピも、一度しか会っていないとはいえ、十分に見知った相手である。ノック音の後、聞き覚えのある声がした。
「ロターク社研究主任モースの指示によって参りました、警備型自動人形、識別名ケイティーです。こちらの事務所に、リーピ、ケイリー、いずれかの自動人形は居りますか。」
「両方、ここに居る。ようこそ、ケイティー。私たちを雇っている人間が居るわけではないから、気楽にしてくれ。」
ケイリーは扉を開き、以前ロターク社にて動作テストに付き合った、新型の……言い換えれば後輩の自動人形を迎え入れた。
容姿は、ロターク社に居た時から変わっていない。損傷修復に伴って頸関節の増強も行われたのだろうが、ケイリーと同じ顔、ケイリーと違うブロンドの髪色、ケイリーよりも一回り大柄な体格であることは以前見た通りだ。
ケイティーは室内への進入許可を得たと判断して一歩踏み出しかけたが、ケイリーが差し出している右手に気付き、一瞬動きを止めた。
むろん、歓迎する相手に手を差し出す行為は、握手を求める意思の表明であるとケイティーも知ってはいる。が、人間相手ではなく、自動人形同士であれば必要としない挨拶を、他でもない自動人形であるケイリーから求められることは想定していなかった。
自分の判断が誤りでないか、ぎこちない動きで正解を探るようにケイティーも右手を差し出し、ケイリーにその手を握られてリードされるように室内へと迎え入れられる形となった。自動人形の思考としては未想定の状況に対応した結果であったが、人間が戸惑いながら行動しているのと酷似した振る舞いであった。
事務所内に入っても、ケイティーは想定していない行動選択を迫られることとなった。
リーピとケイリーは人間に雇われているわけではなく、この探命事務所は自動人形だけで運営していると先ほど聞かされた。しかし、応接スペースのソファには人間であるラーディが腰掛けていたのだ。
自動人形よりも人間への対応を優先すべきとする原則は、製造されて間もないケイティー内の思考回路では徹底されており、ケイティーはラーディへ深々と頭を下げつつ喋る。
「お初にお目にかかります。私は警備型自動人形、ケイティーです。こちらの事務所における警備体制増強のため、ロターク社から参りました。失礼いたしますが、あなたはこちらの事務所の関係者様でしょうか?」
「えっ、あっ、いや、そんな、私、こんな偉そうにソファに座ってますけど、全然、ただの、来客でして。いや、ただの来客のわりには、長居しちゃってますけど、これもですね、その、色々とわけがありまして。」
急に入ってきた見知らぬ自動人形から言葉を掛けられ、ラーディは焦燥も手伝って舌がまともに回っていない。
ケイティーは話しかけた相手の発言内容を理解しようと真っすぐに視線をラーディへ向けているが、それが余計にラーディを焦らせ、喋りをしどろもどろにさせていた。そもそも、髪色と体格こそ違えどケイリーと同じ顔をした自動人形が急に現れたこと自体への驚きが、ラーディの中では片付いていない。
理路整然とは程遠い物言いとなっていくラーディの発言をケイティーが聞き取ることは困難であろうと判断し、リーピが会話を引き取る。
「ケイティー、こちらは靴職人のラーディさんです。先日の工業区画における混乱から避難して来られた後、警邏隊による封鎖が解かれるまでの間、僕らの事務所内にて保護しているところです。」
「そそ、そういうこと、です、はい。」
「工業区画には他にも避難先を求めている住民が数多く居るが、ラーディは以前から私たちの事務所への依頼や情報提供などで関わりがある。今回の騒動においては、彼女こそ優先的に保護すべき対象だ、と我々は判断した。」
冷や汗で額をじっとり湿らせながら相槌を打っているラーディが、言外に自分への質問を切り上げてほしがっているとケイリーも判断し、ケイティーの視線を遮るように割って入った。
ラーディ本人の発言内容はまだ整理しきれていなかっただろうが、さておきリーピとケイリーから得られた情報は即座に理解できたためか、ケイティーは頷いて引き下がる。明確に発された言語以外から人間の意図を読み取ることは、まだまだケイティーの習熟しきれていない点であった。
今度はリーピが質問する側であった。当然ながら、菌糸通話線が機能していない現状、ロターク社のモースから事前に通知を得ることは出来ていない。
「ケイティー、あなたは先ほど『事務所における警備体制増強のため』と仰いましたが、僕らはモース主任に対しそのような旨の要請を行ってはいません。あなたの派遣は、モース主任の判断によるものでしょうか?」
「はい。モース研究主任は幾度もリーピ探命事務所への連絡を試みましたが、この街の菌糸通話網全体が機能停止していたため、事前にあなた方と意思疎通を行えませんでした。ですが、罹患者の発生や、それに伴う混乱の規模が拡大しつつあることは明白であり、モース主任はリーピ探命事務所へと私を派遣する判断に踏み切ったのです。」
既に多数の人間が犠牲となっている状況を傍目に、それよりも自分が製造した自動人形が無事であることを優先するのはいかにもモース研究主任らしい発想であった。
とはいえ、確かにリーピとケイリーにとっては大いに助かる派遣である。
ケイリーを純粋に強化したモデルであるケイティーならば、身体変異を遂げた菌糸罹患者と遭遇しても相手を圧倒できるだろう。むろん戦闘に限らずとも、リーピとケイリーの二名だけよりも、ケイティーを含めた三名で連携できる方が、対処できる状況の幅が広がる。
現在も通話や報道による情報収集が出来ていないリーピにはもう一つ、聞くべきことがあった。
「ケイティー型警備用自動人形は、本来は市庁舎にて警護任務に就き、市長や市議会議員の方々の安全をお守りする目的で製造されるものと聞いていました。ケイティー、あなたは僕らの事務所の警備に就いていて良いのですか?」
「はい、こちらもモース研究主任から明確に指示を戴いております。私はあくまでケイティー型のベース個体です。市庁舎のセキュリティについては心配無用です、既に同型の自動人形群が市庁舎に納品されております。」
ならば、ロターク社は確かに顧客からの発注に応じたと言えるだろう。その上で、モース主任は市庁舎警備に供出したのと同モデルの自動人形を、わざわざリーピ探命事務所へ寄越したのだ。
人間とのやり取りこそ多少ぎこちないとはいえ、愛玩用自動人形と同等の会話能力に、人間の評価基準において美形と判断される外見、そこに警備任務を十分にこなせる戦闘力まで搭載したモデルは、言わずもがな最高価格帯の商品となる。
ケイティー型をひとつ余計に製造するコストが、都会に家一軒を建てる費用と同等であることを思えば、モースがリーピとケイリーの保護をどれほど優先したがっていたか十分に推測はついた。
……と同時に、この件をフィンク市長の耳に届かせることの是非については、考慮の余地が残っていた。
リーピはケイリーに視線を向け、口を開く。
わざわざ名前を呼ばずとも、目を向けている先だけで誰に対して話しかけているか判断出来るのが、ケイティーと違って人間らしい振る舞いを学習したケイリーに可能な思考処理であった。
「フィンク市長は、一体でも多くの警備用自動人形を市庁舎へ配属するよう要求するかもしれません。彼は今回の件について、一刻も早い解決を望んでいます。」
「あぁ。それに、おそらく莫大な予算を費やして納入させたのと同じモデルの警備用自動人形が、こんな小さな事務所の警備のために稼働していると聞けば、いかにも非効率的なことだと判断するだろうな。ケイティー型自動人形のベース個体がここに居る、と知ったら、自分の元へ連れてこいと命令を下すかもしれない。」
「その判断は確かに合理的ですが、しかしケイティーを僕らの事務所の警備に寄越したのは、モース研究主任のご意思です。フィンク市長の判断がそれと食い違う可能性が非常に高いのならば……。」
リーピはそこまで喋りかけ、口を閉じた。
ケイリーも同様に会話を中断し、聴覚受容器に集中する。事務所へと近づいて来る足音、それも聞き覚えのある靴音が響いてきたのだ。
ずっとソファに座ってことの成り行きを見守っていたラーディもまた、靴音を聞きつけて声を発する。
「あ、この靴音、今朝も聞きました。たしか、フィンク市長の秘書さんの靴音、ですねぇ。」
「そのようです。ラーディさんはそのままにしていてください。ケイティー、こちらへ。」
リーピはケイティーの手を引っぱって、事務所の隅にある備品室まで連れて行く。モデルこそケイリーと類似しているものの、ケイティーの身体内部に詰め込まれた筋繊維の密度、外殻の堅牢性は明確に向上している。手の部分だけでもケイティーの身体パーツは重量感があった。
さきほどラーディが内部に隠れていた備品室の扉を開け、リーピはケイティーをその中へと連れ込む。連れ込むといっても、ケイティーがリーピに手を引っぱられるに従って歩を進めている、と言った方が正確である。まるで子猫が馬の手綱を加えて引っ張っていくかのごとく、膂力の差と従順さが同居していた。
ラーディの場合は、侵入者から危険を及ぼされぬように身を隠す必要があったが……戦闘力的には十分すぎるケイティーは全く別の理由で、隠れているべきであった。フィンクの秘書に、ケイティーの存在を目撃されれば、それを献上するようフィンク市長は命じてくる可能性が高いのだ。
「ケイティー、あなたはしばらく、この備品室の中に隠れていてください。僕らがこの扉を開けるまで、じっと動かず、音を立てないようにしてください。」
「了解しました。」
ほぼ間違いなく、ケイティーは自身が隠れねばならない理由を分かっていなかったが、説明を求めることなく無条件に指示を受け入れていた。
あまりにも純粋な自動人形の振る舞いに、多少面食らったのはリーピの方であった。ケイリーが相手であれば、一言だけでも「何故だ」と聞き返してくるところである。
与えられた指示を絶対として遂行する自動人形は、人間らしい想定を大きく外れた行動にも違和感など抱かない。ケイティーは、リーピとケイリーが扉を開けなければ、明日になっても、何日経過しても、下手すれば何年経過しても……この指示を維持したまま、じっと隠れているかもしれない。
さすがに自主判断能力は完全にオミットされてはいるまい、とは思いつつも……一応リーピは小声で付け足した。
「今から僕らはフィンク市長の秘書さんとお話をしますので、彼が帰ってからケイティーさんには出てきていただきます。とはいえ、想定外の事態として、明確な敵対行為、物理的な襲撃が発生したことが明確な場合は、自主判断で出てきて状況に対処してください。」
「分かりました。」
相変わらず、一言だけの返答のみを口にするケイティー。
長らく人間社会の中で振る舞いを学習してきた自分たちと、製造から間もない自動人形との差異を今さらながらに認識しつつ、リーピは備品室の扉を閉めた。
既に事務所入り口まで靴音は到着しており、ケイリーは覗き穴で相手を確認してから扉を開いた。
リーピの万が一の警戒は外れており、そこにいたのは想定通りにフィンク市長からの手紙を携えた秘書であった。
「改めまして、フィンク市長からリーピ探命事務所へのご依頼をお持ちしました。内容をお検めください。」
「確認する。」
これまで通り、じっと目の前に立ち、手紙が読み終えられるまで待っている秘書。
ケイリーは封筒から取り出した便箋を開き、事務所内から寄ってきたリーピにも見せるように姿勢を低くした。
内容は、昼間に聞いたフィンクの話から想定できる通りの依頼であった。
〈今夜、俺の屋敷の警備を手伝ってくれ。〉
これまたいつも通り、一目で読み終えられる、ごく短い依頼文。
不必要な情報が含まれていないのは良いのだが、説明が足らぬ部分は手紙を持参した秘書への質問で補うしかなかった。であればこそ、秘書は相手が手紙を読み終わるまで待っているのだ。
とはいえ暇ではないはずの秘書の時間を浪費させぬよう、リーピは一つだけ尋ねた。
「市庁舎の警備については、問題ないのですか?」
「はい。つい先ほど、ロターク社から新型の警備用自動人形が発注分すべて納入されましたため、そちらの警備状況は万全となりました。自動人形の購入費用は公費で賄われましたため、市長の私邸警護に流用するわけにはいきません。」
「それで、これまで通り人間の護衛さん達が主としてフィンク邸の警備にあたり、僕らがそのお手伝いをするということですね。承りました、リーピとケイリー、僕ら二体が向かわせていただきます。」
リーピは、フィンク邸へと向かうのがケイリーと自分の二体だけであることを、強いて明瞭に伝えた。新型警備用自動人形のベース個体、ケイティーの存在は当然伏せた。
秘書が帰っていったのを確認してから、リーピは備品室の扉を開ける。
やはりケイティーは、先ほど扉を閉めた時と全く変わらぬ姿勢のまま、微動だにせず立っていた。既に出発準備を進めているケイリーの立てる物音を背に、リーピは必要事項を告げる。
「ケイティー、僕らは今夜、フィンク市長の私邸における警備任務を手伝いに行きます。少なくとも一晩帰ってこないため、あなたにはこの事務所の警護、ラーディさんの安全確保をお願いします。」
「指示内容は理解しました。どちらが優先となりますか?」
これまた、人間らしいやり取りにおいてはわざわざ確認しない内容であったが、ケイティーは聞き返してきていた。
「事務所を警護すること」と、その事務所内で保護している「ラーディの安全確保」は、確かに……完全に重なり合う指示ではない。
リーピは無論即座に答えたが、新入り自動人形を教育する手間を要していることは間違いなかった。
「ラーディさんの安全確保を優先してください。可能な限り彼女には事務所内に留まっていただき、菌糸罹患者が襲撃を行う恐れが解消するまで外出を控えていただきたいのですが、しかし人間である彼女に外出を禁ずることは出来ません。ラーディさんが外出したいとの意思を示した際は、彼女に追随し護衛をお願いします。」
「了解しました。ラーディさん、あなたをお守りいたします。」
「ど、ども、頼りにしてます……たぶん私、ずっと籠ってデザイン案を描いてますので、外出はしないと思います……。」
リーピからの指示を受け、ケイティーは真っすぐにラーディを見据えて自身の役目を発言する。
ケイティーの体躯から見下ろされる視線を受けて、分かりやすく委縮しているラーディに気付いているのは、リーピとケイリーだけであった。
出発準備の猶予をリーピにも与えるため、ケイティーの相手をバトンタッチしたケイリーが、作業服の上着を着こみつつ話す。
「ケイティー、ひとつアドバイスがある。ラーディは真正面から視線を受け続けるのが苦手だ。彼女に限らず、凝視され続けることを好ましく感じる人間はさほどいない。」
「そうなのですか。モース研究主任は、発話相手を視線の向く先によって明確に示されていましたが。」
「人間によって性質は異なる。今から翌朝まで、その直立不動の姿勢で見つめ続けられるのは間違いなく窮屈に感じるはずだ、ラーディは。」
遠慮しているように顔を俯けているラーディからは明確な反応を見出せなかったが、ケイリーはケイティーを事務デスクの方へと連れて行き、椅子に座らせた。
自動人形であれば、どれほど長い時間が経過したとしても、何もせずじっとし続けることは可能だが……人間と空間を同じくする存在としては、不自然な挙動であり、それは居心地よい空間を構成し得ない。
デスクに向かって座っているケイティーの前に、ケイリーは書棚から取り出した本を数冊積んだ。自動人形としては必要のない、しかし人間について学ぶ一環で購入していた文学書であった。
「情報取得の目的であれば即座に完了する文字数の書籍だが、今夜はこれらの本を読んで過ごしてみろ。」
「それは、敢えて情報取得速度を低下させよとの指示でしょうか。」
「人間との会話速度を学ぶためのプロセスだと認識した方が正確だ。私もまだ得意とは言えないが、書籍の文面を、実際の発話速度に合わせて読み進めてみるのは良い練習になる。」
ケイティーはここにきて初めて、返答の言葉を口にしなかった。
製造から間もない自動人形の思考回路では、今しがた伝えられた内容に対して賛否のいずれを表明することも不可能であった。
しかし、じっと立ち続けているよりも人間に近しい行動選択であることは、先ほどからラーディの振る舞いを見るにつけても理解は出来たらしい。
ケイティーが本のページを一枚一枚めくる音、ラーディがスケッチブックに筆先を走らせる音を背に、リーピとケイリーは今宵の依頼へと出かけていった。




