19 好機到来
リサが働いている食堂は城下町の大通りから少し外れた場所にある。こじんまりと古ぼけたレンガ造りの外観だけで三流の店だと思われがちだが、出された料理を食せば考えは一気に変わる。提供する料理人がまだ十六歳の少女だと知ればなおさら驚くかもしれない。
その件の少女に会うべく、夕方の仕込み前の食堂に来てみたのはいいが、最初にノエルとハルの目に飛び込んできたのは珍しく慌てた様子で仕込みをするリサの姿だった。
「……リサ?」
肩ごしに振り返って太陽の位置を確認するが、仕込みに追われる時間ではない高さだと確認できる。しかし、余裕などない様子でリサは食堂の店主の夫人と一緒に厨房に立っていた。
もう一度、恐る恐る名を呼べば、大きなアメジストの瞳とかち合った。いつも凪いでいる瞳に焦燥の色を滲ませていてますます不思議だった。
「ノエル。どうしたの?」
「ちょっと聞きたいことがあって……もしかしなくても忙しい?」
白髪交じりの夫人に挨拶しつつ厨房に近づく。恰幅の良い夫人はいつも豪快な笑顔を飛ばしてくれるのだが今回は苦笑いだ。ここまでくると不思議というよりは不安に駆られる。
リサは包丁を離さないまま口を開いた。
「……実はサイモンさんがついさっきぎっくり腰になって」
「ええ!?」
「いきなりだったから……。サイモンさんがいない分、仕込みを早く進めないといけないの」
溜息混じりの言葉に夫人もやれやれと言った様子で首を振った。
少数精鋭の食堂は初老の店主サイモンとその夫人、そして住み込みで働くリサの三人で営まれている。小規模で隠れ家のような店なので少人数で普段は間に合っているが、いきなりひとり欠ければてんやわんやになることは簡単に予想できた。
ノエルは一瞬で顔を青くする。
「サイモンさんは大丈夫なの?」
「医者にはもう見せたから安静にしていれば大丈夫。それよりノエルはどうしたの?」
ハルさんもお久しぶりです、とリサはハルに会釈した。ハルも挨拶を返す一連の動作中でもリサは包丁の手を止めなかった。その様子では今日は話を聞くことは難しいだろう。それより手伝ったほうがいいのではないか。
確認するようにハルに目配せすれば、すぐさま承諾するように頷きを返された。
「話を聞きに来たんだけど手が空いたときでいいから。それより私たちも手伝うよ」
「そんな気を使わないでおくれ、ノエルちゃん」
「……うん」
間髪いれずにリサと夫人が首を横に振る。それでも、とノエルは続けた。
「今は働き手が必要でしょう?ハルもいるんだし、なんだって使ってくれても構わないから!」
「微力ですが、お手伝いさせてください」
人のいい笑顔を浮かべながらハルもノエルに続く。
思案顔でリサと婦人はお互いを見合わせた後、恐縮しきった様子で夫人が頭を下げた。
「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかね」
本当は貴族のお嬢様に対して恐れ多いけどねえ。
頻繁に顔を出しているので、夫妻とも顔なじみだが、それでも身分差を気にしていることは知っていた。だから時々畏まった態度を出されると少し寂しいと感じるが、それをいつも吹っ飛ばしてくれるのは絶対に物怖じしないリサだった。
「助かる。じゃあノエルは野菜のした処理をお願い。大量にあるから早めにね。あと今日は肉団子を作ろうと思ってたから肉をひたすらミンチにすり潰して。妥協はしないで念入りに」
「わ、わかった!」
「ハルさんは薪割りのほうを。サイモンさんが薪割りの途中でぎっくり腰になったからまだ全然終わってないのでたくさんあります。力仕事ですが男手がないので是非やってほしいです」
「わかりました」
指示の通り、ハルはシャツの腕をまくりながら駆け足で食堂の裏手にまわった。ノエルも続くように壁に掛けてあるエプロンに手を伸ばす。
与えられた仕事は山ほどあるが、正直に言えば嬉しかった。物怖じしないリサにひとりの人間として頼られることがすごく嬉しい。
にやけそうになる顔を引き締めつつエプロンを身に付けようとした途端、がしっといきなりその手を掴まれた。そしてすぐさまリサはあるものを眼前に突き出す。
「……お弁当?」
「うん。注文されてたんだけど取りに来なかったから渡してきてほしい。どうせ忙しすぎて昼食を忘れてるんだと思うんだけど。これから手伝って」
「いいけど、どこに持っていけばいいの?」
「近衛騎士団駐屯地」
最近聞きすぎたその名にノエルはぎくりと体を強ばらせる。
近衛騎士。浮かぶのは現在最も情報を必要としている男の姿。
「……ちなみに誰に?」
「ギディオン=ノックスっていう近衛騎士」
いきなりの転機にノエルの心臓がどくんと大きく跳ねた。




