18 六人目の情報
フーカー子爵が脱落して候補は四人となったはずなのに、すぐに躍り出た六人目。
あとはまかせたと言わんばかりの父のほくほく顔に近衛騎士顔負けの拳をお見舞いしたかったが、ハルの必死の引き止めにより叶わなかった。悔しさとストレスで頭を抱えれば、父は不思議そうに首を傾げるだけ。フーカー子爵と対峙したときの威厳さはどこに捨ててきたのか。
呑気に鼻歌を歌いながら去っていく父の後ろ姿を恨めしく睨んだあと、ノエルは盛大にため息を吐いた。
一癖も二癖もある候補者たちに加わる新たな六人目。前途多難な行く末に気が遠くなるが、いつまでもボケっとしていられない。姉の幸せを考えるのであれば、しっかりしないと。
「よしっ!ハル行こう!」
「どちらにですか?」
「決まってるでしょう」
最初にするべきことといえば。
「へえ。だからギディオン=ノックス様の情報を聞きにうちに押しかけてきたんだ」
腕を組みながらドロシーは呆れた顔を浮かべた。
「……はい」
「やっと理解できたわ……いきなりうちの店に来て『ギディオン=ノックス様について教えて!』なんて言われただけで理解できるわけないでしょうが。ハルさんがフォローしてくれたから会話になったけど」
後ろに控えているハルの苦笑が聞こえ、ノエルはバツが悪そうに口を尖らせた。
「だって……お姉様のことだし……」
「わかってるわよ。ソフィア様のことになるといっつも周囲が見えないんだから」
ため息混じりの言葉にノエルはますます身を小さくする。確かに、いきなりキーツ商会に押しかけて開口一番があれでは呆れ果てるのも当然だ。急いで店の裏口へ自分を引っ張るドロシーの顔が少し引きつっていた気がする。
ごめんなさい、と頭を下げれば、ぽんっと下げた頭に手を置かれた。
「いいわよ。ちょうど時間はあるし、ノエルがシスコンっていうのは私含め従業員全員知ってるしね」
「……うん」
「それで、ギディオン=ノックス様だっけ?」
いつもの明るい表情を見せるドロシーを目の前に、切り替えのうまさは大人だな、と思った。自分よりひとつ年下なのにいつも面倒を見てもらっている気分になる。精神年齢は確実に上だろう。居上高で気難しい貴族ばかりを相手にした商売だからか、それとも生粋の姉御肌だからか。
甘えてばかりで申し訳ないが、ドロシーに促されてこくりと頷く。
「うーん。私もそんなに詳しくないのよね。美形路線から外れてるし」
「あははは……」
彼女の美形オタクだけは理解できないところだけれど。
「でもまあ、表情は鉄仮面だけど顔立ちは整ってはいるのよね。たしかノックス男爵家の次男でしょ?」
そして国王直属の配下、王国軍隊近衛騎士にして大戦の英雄。
ノエルが知っている情報はここまでだった。他の追随を許さない圧倒的な剣の腕でストレートに近衛騎士という地位を獲得したという。また、かつて多くの国同士で勃発した大戦において輝かしい功績を残し、英雄という名を欲しいままにした男。あの大戦は八年前のことだからギディオンは十九歳という若さで英雄として活躍していたのだ。
「英雄って言っても実際、ローウェル国では大々的に祭り上げられてはいないけどね」
ドロシーの言う通り、この国ではそこまで英雄扱いをしていない。ある程度は尊敬されているがそれだけだ。
実際、大戦と言ってもローウェル国の民に直接的な影響はなかった。同盟を組む隣国への軍事援助がほとんどで国内で戦場になった場所もない。被害はさほどなかったとして、国民の中ではそこまで重い歴史として受け止めていない者もいる。まるで他人事。被害は少数だとしても、命を落とした兵士や心に深い傷を作った兵士は確実にいるというのに。
人間というものは、自分の目の前で起こらないと危機感を抱かないのだ。
大戦の歴史を思い出しながらノエルは伺うようにハルを一瞥する。しかし彼は安心させるように微笑みを返すだけに留めた。表情だけでも、大丈夫です、という気持ちが伝わってくる。
それでも、心配の念が拭えなかった。
「でも一応は英雄なんだから騎士団長や副団長くらいの地位は持っていいはずなんだけど、残念なことに出世欲はないみたい。現状で満足しているそうよ」
「へえ。他には?」
「あとは……そうねえ。リサに聞いたほうがいいんじゃない?」
「リサ?」
言われて浮かぶのは、長い黒髪を三つ編みにしたクールな少女。
「ギディオン様はリサの食堂の常連らしいから。リサのほうが詳しいんじゃない?」
「でもリサは接客しないんじゃなかったっけ」
「そうだけど、実際には会っていることもあると思うのよね」
ふむふむ、と思案する。ドロシーの意見はもっともだ。
「ちょうど夕方の仕込み前だから、今から行けば話を聞けるわよ」
「うん。後で行ってみる。あ、あとドロシーにもうひとつ!」
ノエルはこの場を締めそうになるドロシーを引き止めた。もうひとつ彼女に頼みたいことがある。
「男性用の燕尾服を一式、注文したいの」
「燕尾服?」
ノエルは神妙な面持ちで頷いた。
あの事件でアランに借りたまま帰った上着は、そのまま返すことがはばかられる有様だったのだ。あのときは気持ちが追いついていなかったせいで借りたときは気づかなかったが、落ち着いたときに改めて見れば、細かな血痕がいたるところに付着していた。帰宅した直後のハルの異常な驚きは羽織っていたこの上着によるものもあるのだろう。
洗って落ちるような汚れではなく、いっそ新しいものを贈ったほうが早い。たぶん返り血で全て台無しにしてしまっただろうから一式のほうが相手も喜ぶだろう。
「うん。アラン様の寸法なら知ってるよね」
「まあ、うちの店で買ったことあるし……。ってアラン様?」
ドロシーが贈り主の名を呟いた瞬間、まずいとノエルは直感した。思わず顔が引き攣る。
目の前には爛々と琥珀色の瞳を輝かせた親友が詰め寄っていた。
「アラン様!?アラン=カーティス様に贈るの!?男気ひとつなかったあんたが!」
「変なこと考えないで!上着を汚してしまったから仕方なく……!」
「それでも何か接点があったんでしょ!教えなさいよ!」
「だーかーらー!」
なかなか口を割らないノエルに舌打ちをし、ドロシーは次の標的を後ろに控えているハルに変えた。
「ハルさんなら知ってるんでしょう?教えてくださいよー」
「ちょっとドロシー!」
慌てるノエルをよそにドロシーはじりじりとハルに追求する。その目はおもしろいネタに食いつき離さないといったように光っている。
変に勘違いされてあらぬ噂でも流されたら一貫の終わりだ。『姉の婿候補に寄せる禁断の恋!』みたいな気味の悪いキャッチフレーズで広がってしまえばもう家から出られないし、出たくもない。
ノエルはドロシーの腕を引っ張るがミーハーの力は強かった。びくともしない。
しかし、慌てるノエルを知ってか知らずか、ハルはただ笑ってみせた。
「困ります」
たった一言。それだけなのに、ドロシーは虚をつかれた気分だった。
「ドロシー!もう行くから!注文任せたからね!」
「ではドロシーさん。失礼します」
憤るノエルは先を急ぐようにハルの腕を引いてこの場をあとにする。その後ろ姿をぼーっと眺めながら、ドロシーは顎に手を置いた。
「あーあ。負けた気分」
いつもの穏やかな笑顔と声。しかし彼の瞳の奥底にある想いを感じ取ればもう何も言えなかった。察知することができるのは貴族相手に顔色を伺う商売をしているドロシーくらいだろう。人の機微に敏感だからこそ、わかるのだ。
「あ!ねえねえドロシー!ハルさんもう行っちゃったの?」
きゃっきゃっとした甲高い声に振り向けば、キーツ商会の女性従業員の数名が頬を朱に染めながらそわそわしていた。
「ついさっき帰ったわ」
「なーんだ。残念」
「滅多に来ないんだもの。この機会にお話したかったわ」
「今度ノエル様が来たらハルさんに会いたいって伝えておいてよ、ドロシー」
ドロシーはもう一度、ノエルとハルの通った道を眺める。もうその姿はないけれど、ハルの瞳だけは頭に残って離れない。そしてドロシーは恋する乙女たちを気の毒に思った。
「だめだめ。ハルさんが相手にするわけないわよ」
彼が求めるものはただひとつなのだから。
今回も長くなってしまいました。長々と文章を書いてしまう癖を直したいです……。
閲覧ありがとうございました!




