16 アランの昔話
アランに語ってもらいました。
昔の僕はそれはそれは厄介な子どもだったんだ。
わがままで傲慢で自己中心的で自意識過剰。自分が世界の中心に君臨しているんだ、くらいに考えていた。父が国王の弟で宰相という偉い立場だったから、その息子に対してもまわりが異常に媚びへつらってきたことも助長したんだ。本当にどうしようもない子どもだったよ。勉強も武道も疎かにして金をばらまくように遊んでばかり。
傍若無人なアーネストと一緒にいると昔の自分を見ているようで頭が痛くなるときがある。血筋とは怖いものだ。
その自分勝手でまわりも持て余す存在だったのだけど、十五歳のときに転機が訪れた。
父に連れられた舞踏会。いつも通りやりたい放題だった。使用人をいじめたり、騎士を困らせたり、媚を売ってくる令嬢を泣かせたり。散々、暴れ倒したんだ。でもまわりは何も言ってこないから余計に拍車をかけて迷惑をかけ続けた。
しばらくして舞踏会にも飽きてしまったから人気のない外に出て休んでいたのだけど、ふいに僕の目の前に見たことのない人が仁王立ちしていたんだ。夜で暗かったからよく見えなかったけど僕より小さな金髪の少女だった。最初は何だこれは、って思って睨んだのだけど、逆に僕以上に険しい目で見てくるから少し怯んでしまった。
少女は厳しい顔つきのまま訪ねてきた。あなたは偉いつもりなのか、と。
あまりに失礼すぎる物言いだったから短気だった僕はいらいらした口調で怒鳴った。当たり前だ、この世界は僕を中心に回ってる!
そうしたら少女はますます顔を険しくして、いきなり僕の首根っこを掴んで引きずりだしたんだ。急なことに驚いて反応できなくて僕はされるがままになっていたのだけど、馬車に放り込まれた瞬間に我に返った。
この僕に何をするんだ、と暴れようとしたらこれまた見たことのない男が僕の両手両足をロープで縛ってきて、この時は本当に焦った。こいつらは誘拐犯だと確信して抗おうとしたんだけどもう遅くて、身動きが取れないまま馬車は出てしまった。
いくらか馬車が走ったあと、降ろされたのは見覚えのない深い森の中だった。目的地に到着したというより、馬車が通るにはこれ以上進めないから止まったといった感じだった。夜ということもあって鬱蒼とした木々が怖くて怖くて。今にも覆いかぶさってきそうなほど大きな樹木が密集していて足場もよくない。風によって擦られる葉の音が僕を嘲笑うかのように聞こえてぞっとした。
縛っていたロープを解いた少女は僕にひとつのナイフを無造作に渡してこう言ってきたんだ。
あなたはここで身の程を知ればいい、と。
そのままあろうことか、少女と従者は僕を置いて森から出て行ってしまった。
そこからはもう生き残ることに必死だったね。
歩いても歩いても出口なんて見えなくて、食べ物も持っていなかったから少しの木の実で最初は飢えを凌いで。
この森からはもう出られないと認識してしまったときは絶望したけれど空腹には耐えられなかった。幸いにも小川を見つけていたからそこを拠点に行動することにした。昔に気まぐれで読んだ書物を思い出してがむしゃらに火もつけた。
熊や狼といった獰猛な動物も嫌になるくらい遭遇したのだけど、ナイフ一本しか渡されていなかったからそれだけで対抗した。いつも死と隣合わせだったよ。死に物狂いで狩ったあとは美味しく食べたけどね。
一番怖かったのは独りで過ごす夜だった。いつ野獣が飛びかかってくるかわからなくて熟睡なんてできなかったし、それに何より静か過ぎて怖かった。
野獣が来ないように焚き火は消していて、月明かりも茂りすぎた樹木たちが邪魔をして届かないから真っ暗で、正真正銘の闇だった。自分自身でさえも真っ暗闇の中では見えなかった。
毎晩を泣いて過ごしながらいつも思っていた。僕は何てちっぽけな存在なんだろうって。
たぶん、人生の運を全部使い果たしてしまったと思うのだけど、奇跡的にも僕は森を抜けることができた。
久しぶりの太陽の日差しが眩しくて、直射日光を浴びた途端に目を閉じた。
目が光に慣れた頃、ゆるゆると目を開ければ視界に入ってきたのはひとつの集落だった。現状の理解ができないまま僕は呆然と集落を歩いていたのだけど、突然横から悲鳴が聞こえてきて恰幅のいい女性が慌てて声をかけてきたんだ。
まあ、当然だよね。後から知ったのだけど、僕は一月ほど森の中で遭難していたらしくて、湯浴みもしていなかったし野獣と乱闘ばかりしていたから、見た目は本当にヨレヨレだったんだ。
女性の悲鳴に駆けつけた村人たちで僕は取り囲まれて、最初は驚いた。でも村人たちは何も聞くことなく、とても親切にしてくれた。その優しさに不覚にも泣いてしまった。
そして思い知ったんだ。人間は一人で生きていくことはできない、支え合わなければいけない、と。
そのあと、集落の人に引率してもらってやっと家に帰還した。家族はとても心配してたらしく、母なんて僕を見た瞬間に顔をぐしゃぐしゃにしながら抱きついてきた。母にきついくらい包容されて、父にも今まで見たことがない優しい顔でねぎらいの言葉をかけられた。姉には散々小言を言われたけれど、最後にはやっぱり母と一緒に抱きついてきた。
家族を大事にしなければと心に決めた瞬間だった。
それからは心を入れ替えたよ。
僕は誰かの支えなしに生きることはできない。ならばその尊さを受けとめ、僕も誰かを支えられるような立派で誠実な人になろう。そう心に誓って、生まれ変わった気分で必要以上に勉強や武道に励んだ。だからこうして誰かを守れるくらいに強くなれたのだと思う。
また、あのとき甘ったれの僕を森に放り込んでくれた金髪の少女のことも忘れられなかった。彼女のおかげで今の僕がある。あとから必死になって調べてみたら、少女はレヴィ家の長女だと掴むことができた。確かにレヴィ侯爵はあの舞踏会に娘を連れて出席していたから。
自分を変えてくれた運命の人なんだ。家族には放り込んだ人物を教えろと強く言われたけれど決して口を割らなかった。彼女は恩人なんだ。罰せられる人ではない。
彼女には感謝してもしきれないし、あの勇ましさにも惹かれた。
だから。
「ソフィア嬢に求婚したんだよ」
照れたようにぽりぽりと頬を掻く目の前の好青年に、ノエルは開いた口が塞がらなかった。
アランの話をぐちゃぐちゃの頭でやっと整理することができたとき、心の中で叫んだ。
それ、私ですけど!




