13 悲劇の幕引き
血表現あります。ご注意ください。
「ふざけんな!」
投げ飛ばされた二人の男は怒りで顔を真っ赤にし、ナイフを片手に突進してくる。
「アラン様!」
咄嗟に出たノエルの叫びに応えるように、アランは最小限の範囲で避けてみせ、剣を目にも止まらぬ速さで振り下ろした。瞬間、転がったのは鮮血を散らしながら転がる男の腕と、断末魔を上げながら痛みでのたうちまわる落ちた腕の持ち主。
そして切りつけられた相方を見て怯んだもうひとりの男の太ももに、即座に剣を突き刺した。躊躇うことなく大きな血管を狙って。
「うがあああああっ!!」
飛沫をあげる鮮血を被ることに動じることなく、素早くアランは剣と共に身を引いた。普段は優しい色を持つ蜂蜜色の瞳も今は冷徹に男たちを見下ろす。敵意を向けられていないはずなのに、立ち上る冷ややかさに背筋が凍るようだった。
「この野郎っ」
扉を守っていた男は咄嗟に弾かれたナイフを拾い、アランを目掛けて走る。しかし、彼は動かなかった。いつの間にかアランの前に、扉を二分にした人物が立ちふさがったっていたのだから。
月明かりを鈍く反射させる銀の髪と黒地の軍服。アーネストを護衛していた男だと気づいたときには、襲いかかる男の腹に深々とギディオンの剣が刺し貫いた。
「……こ、これは……一体」
ノエルをいたぶっていたときの軽蔑的な様子は子爵から一切見られない。血の気の引いた顔で唇を震わせている。
瞬く間に形勢ががらりと変わり、圧倒的に不利な状況に立たされていることが信じられないようだ。そして、追い討ちをかける低い声が子爵に揺さぶりをかけた。
「フーカー子爵。これはどういうことですかな」
切断された扉の残骸から姿を見せたのはレヴィ侯爵だった。身にまとう雰囲気は見たことなほど冷たくて畏怖させるものがある。
「レヴィ侯爵っ!これはっ!」
「何ですかな?」
「……っ」
有無を言わさない鋭さに子爵が狼狽える。
もうおしまいだ。この場にいる誰もがそう思った。子爵に逃げ場はない。
しかし。
「ふ……は、はは、はははははっ!」
「フーカー子爵?」
箍が外れたように笑い出す子爵を訝しむが、そっちのけで彼は笑い続け、おもむろに懐からナイフを取り出す。側で座り込むソフィアに目をつけた。
「……もう、何もかも終わりだ」
「やめんか!」
取り乱す侯爵を尻目に子爵は恐怖で動けないソフィアにナイフの切っ先を向ける。
「一緒に天国に行こうか、ソフィア」
「い……いや……」
「大丈夫。すぐ楽にしてあげるよ」
子爵が虚ろな目を細めながらナイフを振り下ろす。
ノエルは目の前の信じられない光景に喉が凍りつき、声が発せなかった。ただ、無意識に体を動かしソフィアに手を伸ばす。しかし、ナイフがソフィアを割くほうが早い。
嫌……嫌っ!お姉様!
ノエルは必死に手を伸ばすが、無情にもナイフは振り下ろされた。
「……どうして」
ソフィアの唇から小さく零れる。
赤い血がナイフを伝い、ぽつぽつと床に染みをつけた。
「あんたが、天国にいけるはずないだろう」
驚愕する子爵に静かに言い含めたのは、ソフィアの前に滑り込みナイフを素手で受け止めたギディオンだった。
「大丈夫……じゃないよね」
明るい別室に通され、何も考えることなくぼうっとソファに座っていると、労わる声と同時にふわりと上着をかけられた。治療されたとはいえ、まだ痛む頭をゆっくりと持ち上げると蜂蜜色の瞳に覗き込まれた。
「無理はしていないかい?」
アランは真剣な面持ちで問いかけた。柔和な目つきや真摯な態度から、先ほどまで冷徹な風格で賊を切りつけた人と同一人物には全く見えなかった。幻なのかとも思ったが、彼の正装についた血痕が目に入り、あれは現実なのだと実感する。
ノエルの視線の先に気づき、アランは困ったように血痕を隠しながら隣に座った。
「辛いものを見せたね」
「いえ……助けていただきありがとうございます」
実際にアランたちが助けにきてくれなかったら、自分も姉もどうなっていたことか。ノエルはかけられたアランの上着をぎゅっと胸元に手繰り寄せた。
彼の話によると、ソフィアを連れていったフーカー子爵の様子がおかしいと勘づいたアーネストが護衛のギディオンを使って探らせたらしい。探るうちに子爵が屋敷の裏口から賊を招き入れていたという言質が取れ、また、アーネストがアランに用意させた屋敷の見取り図からあの部屋が怪しいと推測したのだという。屋敷の構造上、なかなか目につきにくい位置に部屋があるらしく、主人が探しても簡単に行き着くような場所ではないそうだ。
そんな建築しないでほしい、と息を漏らすとアランは苦笑して頭を下げた。
「レヴィ侯爵を呼んだほうが良いと言ったのもアーネストなんだ。最後に追い詰めるには子爵の戯言を鉄壁の壁で弾く人物が適していると」
「……変に追い詰めてしまった感じですけどね」
でもアーネストの機転のおかげで危機から脱したのだから文句は言えない。後で謝意を表さなければ後が怖いなあ、とノエルは独りごちた。
狂気に落ちた子爵の矛先を向けられたソフィアはギディオンに庇われて傷ついてはいない。しかし、精神的疲労が激しく、その場で気を失ってしまった。今は父と姉を守ったギディオンが付き添っている。
「でも、お姉様が無事でよかった……」
心の底から安堵して表情を緩める。姉が無事ならそれで良い。
ほっと息をついていると横から上着を手繰っていた手を握られる。振り向けばアランの端整な顔に憂いが見て取れた。
「どうして君は自分を大切にしないんだ」
噛み締めるようにアランが諭す。
姉を思う気持ちはわかる。自分もソフィアが傷つくところは見たくない。
だからといって、姉のために簡単に自分の身を投げないでほしい。
心配されている、とわかったのは数秒経ってからだった。
それでもノエルは首を振る。アランの瞳が揺れるが自分の気持ちは変わらないし、これからも優先されるべきはソフィアだと思い定めている。
姉が元気に側で笑っていてくれさえすれば、その他は何もいらない。
「……それにしても、アラン様ってお強いんですね!」
「そう、かな」
話題を変えるようにノエルは明るい声を出して問いかけた。
これ以上は立ち入って欲しくないのだろう。察したアランはノエルの手を離し、無理に明るく振舞っている彼女に合わせて笑った。
離れていく手のぬくもりに一抹の寂しさを覚えながらも、感心した振る舞いを見せ続ける。
「はい!今までのお姿からは想像できません」
「……まあね。君には不甲斐ないところばかり見せてしまっていたからね」
大人しい様子やひょろっとした体躯からは考え及ばないものだった。血を見ただけで倒れそうな印象だったのに。
「これもソフィア嬢のおかげなんだ」
遠い目をして過去を振り返るアランに首を傾げる。そして、そこから告げられた驚愕の事実にノエルは始終、開いた口が塞がらなかった。
王道が大好きです(二回目)




