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12 役者は舞台に集う(5)

 護身術を会得しているとか剣の腕が立つとか、そのような都合の良い設定は残念ながら持ち合わせていない。非力な自分ができることは二つ。耐えること、そして抗うことだ。


「私ほどソフィア=レヴィに相応しい男はいない。そうは思わないかい?」


 暗い部屋の窓から差し込む月光をスポットライトに見立てて大仰にくるりと回ってみせ、フーカー子爵は床に座り込むノエルに同意を求めた。

 その高慢な顔を力の限り殴りたい衝動に駆られるが、ソフィアの安全の確保が最重要であるため動くことができない。キッと睨むだけに留めた。

 一刻も早く部屋の隅で震えているソフィアを逃がしたいが、扉の前に子爵が雇ったのであろう男が立ちふさがっていて無理だった。粗野な格好でナイフを持つ男は扉の前にいる者を含めて三人。あとの二人はノエルの首元にナイフを宛てがっている。

 自分の首元にナイフが添えられていることも動けない理由の一つだが、ソフィアが傷ついてしまうことの方が恐ろしい。

 

「……お姉様をどうするつもりでしょうか?」


 ノエルがこの部屋に放り込まれてからソフィアが連れてこられるまでそう時間はかからなかった。

 自分とは違って丁重に部屋に引き入れていた。その扱いの良さに、子爵は姉に危害を加えることはないのだろうと推測する。現に、今までの自惚れを交えた子爵の話を聞いていると、姉を愛していることが伺えた。何より、潔癖そうな男だ。脅しとして婚前のソフィアを“傷者”にさせることは許さないはず。しかし、耐え切れなくなって襲う可能性も低くはない。この場はじっと押し殺すしかできない。

 そして、一番危険なのは自分自身だ、ということも理解している。


「どうするつもりもなにも……。私の花嫁にさせるのだよ。光栄なことではないか!この美しい私の伴侶になれるのだから!」


 うっとりと自分を仰々しく表現する男に、初めて会った時から全く変わっていないのだと心の中でため息を吐いた。自分の見立ては間違ってはいなかった。


「しかし、彼女と結婚するためにはノエル嬢の許可が必要だというではないか。レヴィ侯爵にも持ちかけたが君に決定権があるのだと頑なでね」

「だから手っ取り早く脅しにかかったと?常識ある殿方のやることとは思えませんね」

「私は時間を無駄にしない主義でね。私と結婚するのだ。躊躇う理由などないだろう?ソフィア嬢も心から望んでいるであろうに君が許可しないからこうして出向いてあげたのだよ」


 そして何より、と子爵は急に顔を歪ませノエルの頭を鷲掴みにした。


「私を愚弄する者は何よりも許しがたい!」

「……!」

「ノエル!」


 瞬間、歪んだ笑みを浮かべながら、掴んだ頭をそのまま床に叩きつけた。鈍い音とソフィアの悲鳴が部屋に木霊する。

 床との激突で頭が揺さぶられ、じわじわとせり上がる割れるような痛みにノエルは顔を引きつらせた。血が滲んで床を汚す。


「……っ」

「私よりも醜い姿をした者にされる侮辱!君から送られた文書を見て腹立たしかった!なぜ、すぐに結婚させないのか意味がわからない!」


 もう一度、頭を上げさせながら覗き込む子爵の目は暗く濁っていた。きっとこの男に会った後に送った手紙が逆鱗に触れたのだろう。何を書いたのかは覚えていないが、お断りの姿勢を織り交ぜたような気がする。

 自分のような地味な女に蔑ろにされたことが、己に対して絶大な自信を持つ子爵のプライドを潰してしまったのだろうか。それとも単に己が拒否されることが屈辱だったのか。


「さあ、どうする?この書面にサインをするなら私も寛大な態度に出るが?」

「しょ……めん……?」


 落ちそうになる意識を何とか保たせ目を滑らせると、そこにはソフィアとの結婚を承諾する旨が記されていた。


「署名すれば君は解放される。そして、彼女は晴れて私の花嫁として華々しい人生を送ることができる。最高のハッピーエンドではないか」


 ノエルは答えなかった。ただ、痛みに耐えながら子爵をじっと見つめる。


「ノエル!署名して!あなたが傷つくところなんて見たくないわ!」


 悲痛の叫びに目を向ければ顔面蒼白で震える姉がいた。心優しい姉からすれば自分を犠牲にすれば、と考えているのだろう。

 でも、そんなことさせない。

 ノエルは親愛なる姉に少し口角を上げて見せ、そしてゆっくりと子爵に視線を戻し睨みつけた。


「そんなこと、しない」

「……なに?」


 大きく息を吸った。

 非力な自分ができることは二つ。耐えること、そして抗うこと。


「あなたみたいな下種にお姉様は渡さない」


 

 カッと子爵の目が見開いた。怒りでノエルの頭を掴む手に力が入り、痛みで顔がひきつる。

 そして、おもむろに嘲笑を浮かべたかと思うと、ノエルを側にあった簡易なベッドに投げた。


「おまえたち。この女、好きにして良い」


 感情の篭らない声を発した途端、粗野な格好をした男たちは雄叫びをあげた。


「待ってました!」

「待ちくたびれたぜえ、旦那。おっと、てめえは出口を封鎖しておく役割だろうが」

「ずりぃぞてめえら!」

「まあ待て待て。俺たちが十分堪能した後に変わってやるからよう」


 二人の男が扉を守る男をなだめすかしながらノエルの上にのしかかってくる。舌なめずりしながら近づいてくる男たちに虫唾が走り、暴れようとするが両手をきつく押さえられ身動きが取れなかった。


「嫌っ!ノエル!」


 ソフィアがおぼつかない足取りでベッドに近づこうとするが、簡単に子爵の手に捕まった。


「離して!」

「すぐに妹君は折れるでしょう。羞恥に耐え切れなくなるか、快楽に溺れて意識が保てなくなるかのどちらかでしょうから」

「いいわ!私があなたと結婚してあげるからもうやめて!」

「妹君の許しが必須のようですから。それと……」


 ソフィアを見下ろす子爵の濁った瞳には明らかに蔑視する色が含んでいた。そのままソフィアを床に投げつける。


「結婚してあげるなど、戯言を。どちらが上なのか理解していただきたい」

「お姉様に手を出さないで!」

「おいおい。あんたはこっちに集中しな」


 加減など一切考慮しない力で顔を強制的に男たちに戻され、ノエルは呻き声をあげる。酒臭い息を身近で感じさせられ鼻が曲がりそうだ。


「あんたも馬鹿だよなあ。さっさと承諾しちまえばいいものを」

「そんなことすれば俺たちがおこぼれに預かれねえだろうが」

「ははっ。違いねえ」


 いたぶるようにゆっくりとした動作でドレスの胸元からナイフの切っ先を入れ、裂いていく。空気に触れる肌の感覚が広がることを苦痛に感じながらも、ノエルは怯まなかった。


 逃げたい。嫌だと大暴れしたい。でも、大好きな姉を守らなければならない。そのためなら自分はどうなったって構わない。


 覚悟を決めたように目を閉じたのと、扉が凄まじい音を立てたのは、ほぼ同時だった。





 そこからは一瞬だった。

 固く閉ざされた扉を真っ二つに切断して現れた人物は、間髪入れずに扉を守っていた男の持つナイフを己の剣で弾いた。

 その人物の脇を素早い動作で横切った影が、ノエルにのしかかる二人の大男を投げ飛ばし、腰に刺す剣を抜いた。鋭く光る切っ先を迷うことなく男たちに向ける。


「我がカーティス家主催の舞踏会で無粋なことはしないでいただきたい」


 暗闇に慣れた目に飛び込んできたのは、月光を反射する柔らかな蜂蜜色の髪だった。ノエルを庇うようにして立つその後ろ姿は記憶に新しい。ソフィアにダンスの申し込みをする緊張しきった背中とは違う、凛然とした立ち姿。


 アラン様。

 ノエルは固く引き結んでいた唇を小さく動かして名を呼んだ。



王道が大好きです。

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