11 役者は舞台に集う(4)
「アーネストに先を越されてしまったね」
一流料理に舌鼓を打った後、水の入ったグラスを傾けながらノエルは壁際でひっそりとしていると、疲れた顔をしたアランが近づいてきた。目線はソフィアとアーネストが曲に合わせて踊っている場面に向けられている。
挨拶を軽くすませ、ノエルもソフィアたちに視線を戻した。美男美女のダンスは掛け値なしに素晴らしい。
「本当ですよ。アラン様は他の女性と代わる代わる踊っているし」
「その言い方だと僕が女たらしみたいじゃないか。みんなの情熱が凄すぎて断りきれなかったんだよ」
げっそりと肩を落とす様子にノエルは同情した。押しに弱いというのは大勢の若い女性たちに囲まれて埋もれていた様子から手に取るように理解できた。もう少しあしらい方というのを覚えたほうが良いのではないかと忠告したくなる。公爵の息子という申し分ない身分に端整な顔つき。しかも性格も良いものだから人気が高いのは致し方のないところだ。
「でももう少し頑張らないとお姉様に近づくことができませんよ」
「そうなんだよなあ……。今日こそはと意気込んでいたんだよ。折角、父上が良い環境を作ってくれたのだし」
やっぱり公爵の思惑で舞踏会が開かれたのか。
気合をこめて拳を掲げても蜂蜜色の瞳に自信のなさが伺えて説得力に欠ける。ソフィアの結婚は嫌なのだが、どうもこの男の尻を叩きたくなってしまうのは何故だろうか。初めて会った時の緊張はノエルの中で綺麗さっぱりなくなっていた。
「……そうですよ。もう少し気合入れてください。今夜の舞踏会はお姉様が珍しく積極的でしたし、あちらから声をかけてくれるかもしれませんよ」
「えっ!?」
「そんな顔を強ばらせないでください!もし話しかけられても堂々とするんですよ!?ああ、それよりアラン様から声をかけたほうが点数は高くなるでしょうね。やはりこちらから行動すべきですよ。紳士的な振る舞いをみせつつ自然に踊りに誘うんです。お姉様は押しの強い殿方は好みませんから優雅に自然に振舞うんですよ。笑顔も引きつらせないで上品に」
「……あ、ああ。ありがとう」
気圧されたアランは思わず後ずさった。彼女は姉の結婚は不本意だったはずでは?
それでも自分を鼓舞する言葉の数々につい顔を綻ばせてしまう。説教をする彼女の姿にどこか懐かしさを覚えた。
「……何を笑ってるんですか?」
怪しげな目を向けられて、アランは慌てて口元を隠した。
「いや何でもない!曲も終わったみたいだ!さっそく助言通りやってみるよ!」
「はい!その意気です!」
「ああ!行ってくる!」
無理矢理士気を高めてソフィアに近づくアランの姿に、ノエルは旅立つ息子を見送っているような気分になってハラハラと遠目に見守る。
「ああもう。大丈夫かな」
とりあえず落ち着こうと手に持っていたグラスに口をつける。冷たい水が喉を通り、少し高まっていた熱が冷めたような気がした。しかし。
「何かしらあれ」
「アラン様と気安く話すなんて図々しい。先程はアーネスト殿下やロバート様とあけすけに話していたくせに。鏡で自分の顔を見たことがないのかしら」
「仕方がないわ。あのレヴィ家のご息女でソフィア様の妹ですもの。付け上がるもの仕方がないのではなくって?」
一息つけなければよかった、とノエルは目を伏せる。
冷静になれば周囲の刺さるような冷たい視線も罵る会話も全て入ってきてしまう。これだから社交界は嫌になるのだ。
「どうしました?気分が優れませんねえ?」
「いえ、別に」
声をかけられても首を動かすことが億劫で俯いたまま答える。すると不躾にも横から顔を覗き込まれてしまい、否応なく目を合わせることになってしまった。どこか見た覚えのある男だ。
「……あの」
「これはいけない。顔が真っ青だ。休憩するための部屋があるそうだから案内しよう」
「だから、結構で……ってちょっと!」
言い分を聞かずに強引に腕を引く男に抵抗してみるが意味はなく、男の足が止まることはない。壁の花を決め込んでいたからノエルたちに気づく者も少なかった。嫌味を言っていた貴族令嬢たちはもちろん我関せずだ。赤いドレスの派手な女性と目があったが、鼻で笑われてただけ。
ずるずると廊下を引きずられた先はひとつの部屋だった。何をされるかわかったものじゃない。ノエルは今まで以上の力で腕を掴む男の手を剥がそうと試みるが、あっけなく灯りのない暗い部屋に放り込まれてしまう。
「きゃっ!」
「あなたはここでじっとしているように」
放り込まれた反動で跪き、慌てて振り向けば、男はぞくっと背筋が凍るような冷笑を浮かべていた。
「あ、あなた……!」
全て言い終える前に男の手によって無残にも扉が閉められてしまった。そして部屋の影から聞こえる野卑な笑い声。おずおずと目線を動かせば粗野な格好をした男達がナイフをちらつかせながらニタリと笑っていた。
ノエルは硬直していた思考を必死に叩き起し、やっと思い出す。あの男はソフィアの婿候補で二人目に会った子爵だということを。
どっと冷や汗が流れ出した。
ソフィアが危ない。
このような事態でも、最初に危惧したのは姉の安全だった。
「初めまして。アラン=カーティスと申します。挨拶が遅くなり申し訳ありません」
「いえ、こちらこそご挨拶が遅れまして……。ソフィア=レヴィと申します。お会いできて光栄ですわ。お話させていただけたらと常々思っておりました」
なるほど、ローウェル国の女神とは彼女の二つ名に相応しい称号だ。
初めて間近で見るソフィアの笑顔にアランは見惚れそうになるが慌てて顔を引き締めた。花が綻ぶような可憐さに、こちらのほうが顔が緩んでおかしなことになりそうだ。緊張で足も震えて崩れそうになるが、何とかもってくれと強く念じる。長年の付き合いになる従兄弟にはごまかすことは皆無だったが。
情け容赦なく、アーネストが長い足でどうにか抑えているアランのそれを軽く蹴る。
「情けないね、おまえは。足が震えてるんだけど」
「……勘弁してくれアーネスト」
「ふんっ。僕の時間を奪った罰にしては軽いほうだろう」
踊りが終わった直後に話しかけたものだから、アーネストの機嫌はすこぶる良くなかった。いや、機嫌が良いときなど滅多にないからこれが通常運転なのかもしれないけれど。
「ふふ。お二人共仲がよろしいのですね」
女神の微笑みを間近で見れたことに天にも登りそうな気分になり、顔が真っ赤に染まる。しかし、これではいけないと首を振った。忙しない動きにアーネストの視線が痛いが気にしてはいけない。
ノエルに言われた通り、堂々と紳士的に優雅に!
「あの、ソフィア嬢。僕と……!」
「申し訳ありませんソフィア嬢。至急、お耳に入れていただきたいことが」
気持ちを奮い立たせた矢先、柔和な笑みを浮かべた男性が割り込んできた。品の良い燕尾服を着用していることから貴族なのだろう。ソフィアがそちらに気を取られて完全に視線を外してしまい、アランは意気込んで乗り出した状態のままで固まってしまった。
「フーカー子爵と申します。それで、ソフィア嬢にノエル嬢についてお話が」
「妹になにか?」
「はい。気分が優れないとのことで休憩室でお休みされています。それでソフィア嬢に会いに来て欲しいと」
「まあ、ノエルが?容態はどうなのですか?」
顔を青ざめるソフィアにフーカー子爵と名乗る男が安心させるように頷いた。
「大丈夫ですよ。久しぶりの舞踏会で人に酔ったのでしょう。至急、お会いしてあげてください。ご案内します」
即座にソフィアは同意し、子爵の後に続く。隣で聞いていたアランも心配でついていこうと足を踏み出したが、子爵が申し訳なさそうに頭を下げた。
「ノエル嬢がお姉様だけを連れてきて欲しいと仰っています。きっと女性同士にしか解決できないことがあるのかもしれません。お控えいただけるとノエル嬢も助かりましょう」
「しかし」
「心配いりません」
「あ、ちょっと……!」
割って入る隙を見せることなく、子爵はソフィアを連れてホールを後にした。
「……怪しいね。ギディオン」
言葉ひとつ交わすことなく、アーネストは影で控えていたギディオンを一瞥する。その薄氷の瞳は主の意図を読み取り、静かに動き始めた。




