第6話:気になるボタン
コントロールルームは静けさを取り戻していた。
大型モニターは待機画面に戻り、照明だけが部屋を明るく照らしている。
「……ぐわ?」
部屋の真ん中で、だっくがきょろきょろと辺りを見回した。
石崎がいない。
少しだけ寂しそうに鳴きながら部屋を歩き回る。
ふと、部屋の奥にある操作卓の前で足を止めた。
「ぐわ?」
そこは、いつも石崎たち研究員が触っている場所だった。
並んだモニター。
赤、青、黄色。
色違いのボタンが横一列に並び、その下には大小さまざまなスイッチがある。
だっくは興味津々で近づき、小さなくちばしでつついてみた。
動かない。
今度は足でちょん、と触れてみる。
まだ動かない。
「ぐわっ」
赤いボタンに、もう少しだけ力を入れた。
カチッ。
次の瞬間だった。
ビーッ!!
けたたましい警報が、施設中に鳴り響く。
色灯が一斉に点灯する。
《セキュリティレベル1》
無機質な音声が静かに流れた。
「ぐわっ!?」
突然の大きな音に、だっくは驚いて飛び上がる。
羽をばたばたさせながら、その場でくるりと一回転した。
◇
その頃。
トイレで手を洗っていた石崎の耳にも、その警報ははっきり届いていた。
ビーッ!!
「……え?」
蛇口を閉める。
聞き間違いじゃない。
施設中に響く警報だった。
「うそだろ……」
嫌な予感が胸をよぎり、石崎はそのままコントロールルームへ向かって駆け出す。
「何があった!?」
自動扉の前まで駆け込んだ、その瞬間だった。
ガチャンッ。
重いロック音が響き、自動扉の表示が赤く切り替わる。
《ロック中》
石崎は思わず足を止めた。
「……え?」
透明な防爆ガラスの向こうでは、小さな白い影がきょとんと立っている。
ガラスの下部には、細かなメッシュ状のスリットが設けられていた。
「……あ」
だっくだった。
その姿を見た瞬間、石崎はようやく思い出した。
「しまった……だっくちゃん、てっきり誰かの肩に乗ってるもんだと……」
部屋へ送り届けるのを、すっかり忘れていた。
石崎はスリットに顔を近づける。
「だっくちゃん!」
「ぐわっ?」
だっくは石崎に気付き、嬉しそうに羽をぶんぶん振った。
「ぐわっ!」
返事だけは、いつも通り元気だった。
石崎は小さく息を吐いた。
怪我はしていない。
それだけは分かった。
「よかった……」
けれど安心したのも束の間だった。
だっくのすぐ後ろには、さっき押した赤いボタンがある。
その隣には青いボタン。
石崎は表示画面に目を向けた。
《セキュリティレベル1》
まだ間に合う。
解除できる。
そう判断すると、石崎はガラス越しに手を上げた。
「だっくちゃん」
「ぐわ?」
「終わったらおやつをあげるから、一つだけお願い」
「ぐわっ!」
嬉しそうに頷く。
石崎は青いボタンを指差した。
「赤の隣」
「青いボタンを一回だけ押して」
人差し指を一本立てる。
「一回だけ」
だっくは石崎の指先を追い、青いボタンを見る。
それから石崎を見上げると、
「ぐわっ!」
力強く頷いた。
ゆっくり足を持ち上げる。
青いボタンの前で一度止まり、
カチッ。
青いボタンが沈む。
《解除確認中》
石崎の表情が少しだけ緩んだ。
その直後だった。
カチッ。
だっくは、同じ青いボタンをもう一度踏んだ。
《解除操作キャンセル》
《セキュリティレベル2》
ビーッ! ビーッ!
警報音がさっきより一段大きく施設中に響き渡り、赤色灯の回転もさらに速くなった。
石崎は目を見開く。
「……あれ?」
ガラスの向こうでは、だっくが嬉しそうに羽をぱたぱた振っていた。
「だっくちゃん違う!」
「ぐわっ?」
だっくは首を傾げた。
「一回!」
「一回だけって言っただろ!」
「ぐわっ♪」
だっくは何度も頷く。
どうやら、ちゃんとできたと思っているらしかった。




