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だっく  作者: 君島極
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第3話:秘密の一週間

社員旅行当日。


朝から施設の空気はどこか浮き足立っていた。


研究員たちは大きな旅行鞄を抱え、休憩室では土産話の約束や温泉の話で盛り上がっている。


「今年は海見える部屋らしいぞ」


「去年より料理いいって聞いた」


「飲みすぎるなよ」


笑い声が廊下に流れ、普段より少しだけ柔らかい空気が施設を包んでいた。


その輪から少し離れた場所で、石崎は最後の巡回を終えて戻ってくる。


石崎は作業着の袖口を軽く整え、施設長の前で足を止めた。


「それじゃ、留守を頼む」


「はい」


石崎は小さく頭を下げる。


「任せてください」


施設長は満足そうに頷くと、そのまま研究員たちと一緒に施設をあとにした。


大型バスのエンジン音が、少しずつ遠ざかっていく。


やがて、それも聞こえなくなった。


石崎はその場でしばらく立ち尽くす。


誰も呼ばない。


誰も怒鳴らない。


急な雑用も飛んでこない。


廊下には、自分の呼吸だけが残っていた。


「……平和だ」


思わず小さく笑う。


施設中が静まり返っている。


肩に入っていた力が、ゆっくり抜けていった。



地下区画へ向かう。


重い隔壁が開き、いつもの実験区画へ入ると、すぐに小さな足音が響いた。


「ぐわっ!」


一番最初に飛び出してきたのは、やっぱりだっくだった。


羽をばたつかせながら石崎の足へ飛びつく。


「はいはい」


石崎は抱き上げ、その頭を優しく撫でる。


「今日はね。ちょっと特別な日なんだ」


「ぐわ?」


だっくが首をこてんと傾げる。


その様子に気づいたように、奥の部屋からミルダたちも顔を出した。


「……どうしたの?」


「今日は訓練ないの?」


「おやつ?」


「遊ぶ?」


四人の声が重なる。


石崎はみんなを見回して、小さく笑った。


「今日から一週間、偉い人たちがいないんだ」


「注射も訓練もなし」


「……え?」


ミルダが目を丸くする。


ルナも本を閉じた。


「りょこう?って言ってた」


「うん」


石崎は頷いた。


「だから、みんなに少しだけご褒美」


その言葉に、全員の視線が集まる。


「偉い人たちが帰ってくるまでは、決めた場所の中だけなら、部屋から出ていい」


一瞬だけ、部屋が静まり返った。


誰も動かない。


言葉の意味を考えているようだった。


石崎は笑って続ける。


「もちろん危ない場所は駄目だけど」


「今日はコントロールルームで遊ぼう」


「…………」


数秒。


「やったぁ!」


最初に声を上げたのはミーアだった。


「ほんとか!?」


コウも思わず飛び跳ねる。


「やった!」


ミルダも笑顔になる。


その横では、ルナだけが目を丸くしたまま石崎を見つめていた。


「……ほんとに?」


少し遅れて聞き返す。


石崎が笑って頷く。


「まずは今日だけ」


石崎は、少しだけ声を低くする。


「約束を守れたら、明日も」


その言葉を聞いた瞬間だった。


「やったー!」


ルナもようやく笑顔になった。


石崎は頷く。


「みんな約束守れるなら」


その言葉が終わるより早く、


「ぐわぁぁっ!」


だっくが石崎の腕から飛び降り、廊下をぱたぱたと走り始めた。


嬉しくて仕方がない。


そんな様子だった。


石崎は思わず吹き出す。


「走らない! 転ぶぞ」


「ぐわっ!」


返事だけは立派だった。


次の瞬間にはまた走り出している。


その後ろを、ミルダたちも笑いながら追いかけていく。


静かだった地下施設へ、久しぶりに子どもたちの笑い声が広がっていった。


その声を聞きながら、石崎もゆっくり歩き出す。


コントロールルームの自動扉が静かに開く。


普段は研究員しか入ることのない部屋へ、子どもたちが目を輝かせながら足を踏み入れた。


石崎は、入口のロック表示と監視カメラのランプを確認してから、ようやく息を吐いた。


「広い……」


ミルダが部屋を見回す。


普段いる実験区画とは違う。


白い壁。


並んだ操作卓。


壁いっぱいに広がる大型モニター。


ゆったりしたソファまで置かれている。


子どもたちは、それぞれ思い思いに部屋の中を歩き始めた。


普段は静かな部屋へ、小さな足音が次々と広がっていく。


「わぁ!」


コウが部屋の中を見回しながら目を輝かせた。


「ここって研究員しか入れない場所じゃないの!?」


「うん」


石崎は保冷バッグを机へ置きながら頷く。


「今日は貸し切り。だから、みんなで遊ぼう」


その一言だけで十分だった。


「やったぁ!」


ミーアがソファに飛び込む。


柔らかく沈んだ感触に目を輝かせ、そのまま何度も飛び跳ねた。


「ふかふか!」


「俺も!」


コウも隣に飛び込む。


「こらこら」


石崎が苦笑する。


「壊さないでよ」


「はーい!」


返事だけは元気だった。


その横では、だっくが回転椅子の脚をつんつんとくちばしでつついていた。


「ぐわ?」


不思議そうに見上げたその時、少しだけ椅子が揺れる。


「ぐわっ!」


嬉しそうに飛び乗ると、石崎がそっと椅子を回してやった。


くるり。


「ぐわぁぁ♪」


もう一回。


くるり。


だっくは羽をぱたぱたさせながら、楽しそうに鳴いた。


石崎は思わず笑う。


「気に入った?」


「ぐわっ!」


石崎がもう一度椅子を回す。


くるり。


だっくは椅子から転げ落ちた。


「……」


だっくはゆっくり起き上がると、じっと石崎を見つめた。


「とりごろしいいいぃぃぃ!!」


「俺!?」


「あはははは!」


子どもたちの笑い声がコントロールルームへ響いた。


石崎は保冷バッグを開き、お菓子やジュースを机へ並べていく。


「わぁ!」


「すごい!」


「今日は特別だから。いっぱいあるよ」


「ぐわっ!」


だっくも床から駆け寄り、お菓子と石崎を交互に見上げた。


石崎は周囲を見回し、小さなカップアイスを一つだけ取り出す。


「だっくちゃん。内緒」


「ぐわぁいく!」


だっくも、くちばしに羽を当てた。


石崎は笑いながら一口だけ差し出す。


「はい」


「だっくのデス。ぐわぁいく!」


「ずるい! だっくだけ!」


「俺も食べたい!」


コウもすぐ便乗する。


石崎は苦笑した。


「アイスは一個しかないんだ。今度買ってくるから」


「約束?」


「約束」


その返事だけで十分だった。


コントロールルームには笑い声が広がり、大型モニターだけが、その賑やかな時間を静かに映し出していた。


普段なら、そこに表示されるのは管理番号と警告ログだけだった。


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