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第4話:牙を剥く現実


### 【大和視点】

その日の夜、俺は飯場の近くにある赤提灯の居酒屋にいた。

 テーブルの上には、冷めきった焼き鳥とジョッキのビール。

 「なぁ大和、お前、東雲のお嬢様とはどこで知り合ったんだよ?」

 「いやそれより、あの学校のガキどもだよ、マジでムカつくわ! 俺たちの仕事を『底辺作業』だの『身の程を知れ』だの、好き勝手ぬかしやがって! 職人を舐めんな!」

 先輩たちが生徒たちへの激しい愚痴をぶちまけ、悔しそうに酒を煽る中、俺は「人違いっすよ」と適当に生返事を返し、頭の中でぐるぐると回る思考に溺れていた。

 突然俺の前からいなくなって、10年ぶりに再会したと思ったら、とんでもねー金持ちの学園でお嬢様になっていた六花。

 (六花、お前……一体あそこでどんな生活をしとるんや……)

 いくら考えても答えは出ず、俺はただビールを喉に流し込むことしかできなかった。

そんな時、それまで黙ってタバコを吸っていた強面の親方が、低く重い声で口を開いた。

 「大和、へたに関わるのはやめとけ。あの東雲家のご令嬢だ」

(ん?東雲……? いや、何言ってんだ、親方。あいつの苗字は小鳥遊やぞ? なんで東雲なんて名前になってるんだよ……いやでもさっき先輩も「お前、東雲のお嬢様とはどこで知り合ったんだよ?」っち言ったか??)

親方の言葉が、脳の処理を完全に狂わせた。

 俺はパニックになりそうな胸の奥を必死に抑え込み、おしぼりで手を拭きながら、わざと興味のなさそうな風を装って探りを入れた。

 「へえ……。親方達、なんであの子がその、東雲の令嬢っち分かるんすか? 似たような金持ちの生徒なんて、他にもたくさん居るやないっすか?」

 探りを入れるような俺の問いかけに、親方は呆れたようにタバコの煙を吐き出した。

 「お前、俺がいつも『現場に入る前には、その場所や建物のこと、発注元のことくらい事前に調べておけ』っち言っとろうが。仕事の基本ぞ。あの学校の『白亜の校舎』の最上階を見てみろよ。あの東雲グループの寄付金だけで建ったっていう一族の象徴みたいなもんだ。あそこへ通ってるってだけで、本物の大富豪の家系だって証拠だよ」

 横でビールを煽っていた先輩の一人が、フッと鼻で笑ってジョッキを置いた。

 「そうそう、俺も親方に言われて、現場入る前に学園のホームページをチェックしたんだよ。そしたら学校の紹介ページにさ、一族の令嬢として、あの『白い髪に、ルビーみたいな赤い目』をした女の子が載っててさ。今の当主の鳳玄の隣で紹介されてる写真の下に、ハッキリ『東雲六花』って名前が書いてあったんだよ」

 もう一人の先輩も、焼き鳥を口に運びながら苦笑いして頷いた。

 「そうそう、あの特徴的なビジュアルは一回見たら忘れねえよ。今日中庭にいたの、完全にその東雲六花ちゃんだろうが。東雲家の大事な身内の娘さんだ、ヘタに目ぇつけられたら俺たちのクビなんて一瞬で飛ぶからな。大和、お前さっきじっと見てたけど、マジで関わるんじゃねえぞ」

 親方や先輩たちの言葉は、どれもぐうの音も出ないほど具体的で、完璧な現実だった。

 「……あぁ、なるほど。そうなんっすね、これからはちゃんと事前に調べときます」

 俺は何とか不自然じゃない相槌を返し、目の前のジョッキを掴んで、冷たいビールを喉の奥へと一気に流し込んだ。

……待てよ。おかしいだろ。あいつは小鳥遊六花だ。北九州の、俺の幼馴染だ。なのに親方たちは、東雲の令嬢だって言っている。バラバラの事実をどうにか理解して、頭の中で整理しようとする。

 小鳥遊、東雲、ホームページの写真、お揃いのルビー。目の前にある現実のパズルを並べ替えようとするたびに、脳ミソがぐにゃりと溶けて、視界の端がふわふわと頼りなく揺れる。

 居酒屋の喧騒が、まるで遠い世界の出来事みたいに鼓膜の奥を素通りしていった。

 あれは本当に六花だったのか、それとも全部、俺の都合のいい幻覚だったんじゃないか。

 (いかん……飲みすぎたかいな。頭が回らん……)

(第4話・了)

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