鍵④
それからも読み終えると鍵をもって部屋に通った。様々な物語に触れ、驚くことに物語の登場人物に心惹かれることすらあった。彼女が命を落とす場面でわたしは泣いた。あんなに悲しかったことは初めてだった。その後は彼女の人生や言葉が頭の中を占め、仕事が手につかないほどだった。読めば読むほど、彼女がより鮮明になっていった。ありとあらゆる物語に彼女の声を聞いた。ここに彼女がいればどう言うだろう、どう振る舞うだろうと、いつも彼女の幻を見ていた。これが愛かなと思った。
当分そんな日々が続いた。わたしの生活は、鍵をもらう前と後ではまるで違った。ただ、物語という友達を得たもののわたしははやり孤独だった。
H304とは読んだ本の話題をすることはあった。だがH304とは世代が違う。彼らはわたしの知らない暮らしを体験している世代で、わたしが受けた衝撃とはまるで違うのだ。彼らはある日突然人生を奪われた世代で、わたしは人生を知らないまま生きている世代なのだ。わたしにとってH304は知らなかった世界の伝道師だった。わたしは物語を読んでわからないことは彼に聞いた。そしてその流れで彼から、以前の暮らしについて聞くこともあった。彼が懐かしそうに語る昔の暮らしの話がわたしは好きだった。「友」がいて「家族」がいて「学校」があった世界。「畑」があり「果樹園」があり「料理」があった世界。今はそれらはすべて禁止事項だ。生きるためには栄養カプセルがある。畑も果樹もパンも必要のない世界だ。黄金の小麦の畑はなく、林檎が赤く実る果樹園もない。ただ、決められた労働とその対価としての栄養カプセルが配給される。交流もなく生殖も育児も全て管理されている。「愛」も「恋」も生殖には必要とされない。わたしたちは指示通り動く器で、男たちは指示通り提出する種の元でしかなかった。子どもたちは育児センターで育てられる。もちろんわたしもそこで育った。誰かと親しくなることや必要以上の会話は禁止事項だった。「危ないことだ」と幼い頃から何度も教えられた。わたしたちは身をすくめ、怯え、何もしないこと何も考えないことが正しいということを覚えていった。
そんなわたしたちの知らない世界が昔はあったのだ。わたしは、H304(彼らはモリーと呼ぶ)とラオ爺がアップルシードルについて語る会話が特に好きだった。この書庫にはH304だけではなくラオ爺やEK28(彼らはユキムラと呼ぶ)も顔を出すことがあった。
いつかアップルシードルを仕込むんだとモリーはよく言っていた。どうすれば可能だろうかとわたしも一緒になって考えた。まず居住区から怪しまれずに外へ出て、そして林檎を収穫し、仕込む作業が必要だ。外にしか林檎などの果樹はないことは明白だ。取り敢えず申請を出してみてはとすすめ、もっともらしい申請書を書くのを手伝ったりもしたが許可されるとは思えなかった。林檎の実る季節は秋だとラオ爺が言う。秋以外で申請が通ったってなんにもならんよと。そうして無口なラオ爺が突然アップルシードルを仕込む歌を歌いはじめる。歌というものはどこか懐かしかった。なぜだろう?記憶の片隅にあるような、それとも物語のせいで知った気になっているのか、どちらかはわからなかったが。ラオ爺の歌は、低い声で唸るような変わった音程で、何を言ってるかもはっきり聞き取れない。でもやけに上機嫌でいつになく笑顔でラオ爺が歌う、その空気が好きだった。
秋になったら林檎のなっていた丘に下見に行こうとモリーはよく言っていた。彼らは明らかに他の人たちより自由度が高い仕事内容だったし、居住区から外に出るものへの監視はユキムラによれば監視カメラによる「死の矢」の制裁がほとんどらしくて、でも保安部の動向だけは気をつけるべきだというのはみなの共通認識だった。保安部についてはわたしも警戒していた。ここに来ることを把握されるのはいろんな意味で恐ろしいことだったから。保安部は「死の矢」による機械的制裁以外を担う治安保持組織で、保安部トップのP388に目をつけられたら終わりだというのはみんなに知れ渡っていた。何人かが彼の指示で処分を受け消えてしまったという話は陰で広まっていたし、たまに見かけたその姿にはゾッとするような風情があった。噂のせいでそう感じたのかもしれないけれど。
保安部を出し抜いてひそかに林檎を収穫に行こうと楽しげに語る彼らの光景を見るのが好きだった。楽しいという感覚はこれほどまでに心を軽やかにするのだということも、この頃知ることができた。




