城④
ぼくたちは色々なものを奪われていたがその一つは名前だった。ぼくの頭の中ではユキムラでありラオ爺だが、実際にその名を口にすることは勿論禁止事項だった。ぼくたちは番号をつけられていてそれが呼び名とされていた。だけど数人、あだ名のような通称で呼ばれることが黙認されている人間がいて、後継者と呼ばれていた彼女がそうだった。
後継者は長官の娘という噂だった。確かに長官とどことなく似ていたし、城に来てからずっと幹部ルートを歩んでいるようだった。ぼくたちは関係をもつことを徹底的に禁止されていて生殖ももちろんそうだった。政府は生殖と保育を完全にコントロールした。だから普通の庶民はどの子が我が子かの情報をもつことすら許されない。結婚という仕組みも家族の仕組みもなく、ただ男は精子の提供をし、女は指示された通り妊娠と出産を担い、生まれた子は保育施設で育てられた。だからほとんどの人間はどれが自分の子どもなのか知ることはできないし、ぼくの子も、いるのかもしれないけどいるかいないかすらわからない。でも長官ともなれば特別なのだろう。ぼくはその後継者と呼ばれる彼女に惹きつけられた。城に来た初日から彼女に目を奪われた。もちろん恋ではないけれど、彼女の諦めたような無表情は、ぼくを動揺させた。
ぼくは彼女が城で働くようになって以来、ずっと彼女に近づく機会をうかがっていた。そして、ある時、ようやく彼女に近づいて渡すことができた。
「それは鍵だから」と。




