城③
ユキムラとぼくが子供の頃に住んでいたエリアから居住エリアに強制的に移される少し前に、彼女は姿を消した。ぼくたちは同世代で、彼女とユキムラは政府の仕事に就いている管理職用の住居に住んでいて、ぼくの家はそこからやや離れたところにあった。ユキムラは彼女とは幼馴染で、ぼくがユキムラと付き合うようになる前から彼女と親しかった。
いつの間にか三人で過ごすことが多くなった。学校の中でもそのあたりから通う同世代は限られていたこともあるし、彼女はいつも少し浮いてしまうタイプだったから、ユキムラは自然と彼女をかばうようにあえて一緒にいるようなところがあったせいかもしれない。ユキムラはいつも陽気で、ずっと喋っていて、何かの遊びを思いついたり、リードして引っ張っていったりするのは常にユキムラだった。ぼくと彼女はユキムラの気まぐれにつきあい、振り回され、そしてそれを楽しんでいた。彼女は学校ではいつも無表情だったけど、三人になるとよく笑う普通の女の子だった。ぼくは、無表情でいようとする意志をもったどこか悲しげな彼女も、リラックスした自然体の表情を見せる彼女もどちらも好きだったし、その両方を見ていられることが嬉しかった。漠然と、ずっといつまでも続くと思っていたぼくたちの関係は、まず彼女が姿を消し、そしてユキムラもぼくも移住させられ、三人の関係は急に絶たれてしまった。ぼくの中の彼女への気持ちは、強烈に懐かしいのにけして思い出したくないもので、ふと思い出すとあえて首を振ってそれを追いやった。思い出すことがひどく辛かったから。
ユキムラと再会したことはぼくに一つのアイデアをもたらした。ぼくはそのアイデアを一人でずっと考え続けていた。実現させる見込みも計画もないまま、いつも頭の片隅にそのアイデアを寝かせていた。そんなことが実現できたらどれだけ素晴らしいだろうと。ぼくは一人でクーデターを起こすことを夢想していた。
それがただの夢想でしかなかったのは、犯すリスクのわりに得るものが少ないからだった。アップルシードルは確かに一つの動機だった。仕事中にポツリポツリとラオ爺が語る昔話の中でぼくが最も惹かれたのは、りんごを漬け込んで作るアップルシードルの話だった。ラオ爺にとってもお気に入りの話で折に触れてその話題を出すのだ。語りながらその香りを、味を思い出すかのように、少し表情を緩めながら手順や味わいかたについて話すラオ爺が好きだった。だからぼくは確かに、自由にアップルシードルを仕込み飲むことができる世界を熱望していた。今の何もかも制約があり怯えきった生き方にはうんざりしていた。そしてぼくとラオ爺はユキムラによってプロテクトがなされていてある程度の行動をとっても「死の矢」が飛んでこないこともわかっていた。だからぼくはこっそりとアップルシードルを仕込むことを計画していた。いつどこで誰とどうやってするかを。
もちろん誰とかは確実だった。ラオ爺がいなければ始まらない。こっちは何も知らないのだから。だけど、いつどこでどうやっては、幸せな妄想だった。無味無臭の日々の中の唯一の彩りだった。アップルシードルを仕込むという架空の計画がぼくの正気を保っていてくれた。
そのままただただ日々は過ぎていき、ぼくとユキムラ、ラオ爺は平等に歳をとっていった。あまり時間がないということは気がかりだった。でも、ぼくを駆り立てたのは年齢の問題だけでなく、もう一つの理由のせいだった。




