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アップルシードルに乾杯  作者: 立夏 葉


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塔④

彼女は一方的に続ける。こんな饒舌な彼女ははじめてだった。



「なぜこんな世界になってるのか、それは父がわたしを愛しすぎたから。わたしを守ろうとしすぎたから。わたしが誰にも傷つけられないように、父がしてきたことの報復を受けないような強固な仕組みをつくりあげたの。自分が死んでも絶対にわたしが守られるように、『死の矢』の仕組みをユーナ博士に作らせて、自分の権力をわたしが安全に引き継いで誰も逆らえないようにしたの。わたしはそんなこと望んでなかったのに。あれは父の愛なの。確かに、控えめにいってもその愛はおぞましいものだった。わたしは父が死んだらこんな仕組みを終わらせようと思っていたわ。父から後継者として仕事を担わされてからもいかにこの体制を終わらせるかを考えていた。わたし達は憎まれていた。わたしはこの体制を終わらせれば全てを失うし娘も生きられないだろう、それは確かに躊躇になったけど、でもそれだけじゃない。父の愛をわたしはどうしても良いものと思えなかった。愛が世界に必要かしら。愛ゆえに執着し苦しみ誰かを傷つけるなら、愛を知らない世界が作られていくのにそれを壊す必要があるかしら。わたしは、もう誰も愛さないことで、苦しみから自由になれた。誰にも期待せず期待もされないから。誰とも関わらない。ただ配給のもので命を繋いでいくだけ。わたしは父の愛がゆえに地獄に生きていてる。わたしの手が血塗られてることだって、そして娘の手も血塗られていくことだってわかってた。だからこんな想いをするのはわたしで最後でいいと思ったの。娘が、ツバサが、この仕組みを引き継いでも、彼女はわたしのように感じることはないはずだった。ただ、世界をあるがままに受け止め、役割を果たすだけの生を生きるはずだったの、あなたが余計なことを教えなければね」



彼女はそして言った。


「それでも、あなたがしたことは正しいって言える?」



なんて残酷な問いなのだろう。ぼくはそのことを考えることを避けていたのに。



「正しさなんて意味があるのか?もっとシンプルなことだ。こんなに豊かに林檎がまだ実る地でアップルシードルを作ることができないなんて馬鹿げてる。僕が言えるのはそういうことだ。馬鹿げているというのが出発点だ。正しさは流動的だ。あの頃のぼくたちが愛したものが全て粉々に失われているこの世界で、正しいのはなにかなんて無意味だ」



「モリー、それは思考の放棄じゃない?あなたらしいわね」


彼女は残酷だった。ぼくと彼女との昔の絆を思い出させつつ、確実にぼくを責めてくる。



「違う。思考はしたさ。ただ拠り所を正しさに求めていない」



「ではその拠り所とは?」



「正しいとは言えなくとも、よりマシな人生を送ること。それだけさ。これは僕が思い描いた人生と違い過ぎる。わかってるさ、思い通りの人生を歩めるやつなんていないって言うんだろ、それはそうだ。でも問題はそこじゃない。カイやツバサは違うんだ。彼らの人生はこれなんだ。これから生まれてくる奴らもみんなそうさ。これが思い描く人生でその通り生きていくしかない。思ってた人生と違うと嘆く痛みすら許されない。これしか知らない世代が生まれ死んでいく。その事が辛いんだ。自分が思っていた人生を歩んでないこと以上に、その事実のせいでいてもたってもいられない気持ちにかられたんだよ。正しいか誤りかの二元論にはうんざりだ。これほど混乱と混沌の世界でそれを見出すなど。だからもっとシンプルな光がいるんじゃないか」



「それがあなたにとってのアップルシードル?確かにシンプルな話ね。」



彼女は酷く皮肉な口調だった。そして言う。



「それにしても、後継者のあの子を失って、この星をこれから誰が率いるの?『死の矢』の仕組みを理解していたユキムラがいなくなった今、これからどうやって、誰が混乱のこの星をコントロールするの?あの人は本当に頑固で、何度若いエンジニアを育てるように言っても言うことを聞こうとしなかったのよ。メインコンピューターを失ってしまって、ここのシステムでできることは限られてしまううえに、エンジニアもいない中であなたに何ができるの?どうやって人々の欲望、それをあなたが愛と呼びたいなら呼べばいいけど、あなたは欲望と愛で混乱する世界を今よりもよくする自信があるの?」



「自信なんてない。ぼくらはもう年をとりすぎた。だからツバサとカイに未来を委ねたかった。失敗しながら苦しみながらもきっと彼らは新しい世界を築いてくれただろう。それが生きることだ。でもきみを守るための緊急モードのせいで、彼らを失った。だから、彼らの望んだ世界を作るためにぼくは何でもする。したくないことでもする。あの地下で語り合った未来を実現するために、できることはなんでもやるさ。そうでなければ、ツバサ、カイ、ユキムラ、ラオ爺、彼らの生が報われなさすぎる」



「でも結局、あの子はもういない」



「ああ。悔しいよ。でも、ぼくは間近で、彼女がどんな風に物語を読み、愛を学び、自由を望み、カイを愛し、クーデターを夢想したか、見ることができた。あれが生きるってことだ。それまでの彼女は抜け殻だった。そしてぼくもずっとそうだった。みんなもそうだろう。この世界のみんなは今、生きていて、生きてない」



「物語?そんなものがまだあったの?そう、あの子は物語を知ったのね。それで自分にツバサという名をつけ、クーデターを起こし、わたしを殺そうとしたってわけか。物語に出てくるような昔の自由のある世界を実現するために。だからだったのね、何かが起ころうとしていることには気付いてた。わたしだって悩んで考えて苦しんで、そしてこれがベターだと思ってこの仕組みを守ってきたけど、確かに、十分うんざりしてた。疲れ切って、何度ユーナ博士と同じ道を選ぼうと考えたか、あなたに想像できる?ずっと生きていて生きてないのはわたしも同じ。だからこそ、わたしはあなたとユキムラに賭けたのに。そして、また、すべてを失ってしまった」



彼女の言ってることについて、ぼくはずっと、わからないわけじゃないとどこかで思ってる。彼女をちゃんと憎めればよかったのに。憎めればもっと。



「ねえモリー、わたしたちはどこで道を間違えたのかしら。どこまで戻れば正しい道に戻れるの?」



彼女はそう言うと黙りこんでしまった。もう身じろぎもしない。ただ窓から吹き込む風が、昔のように長い彼女の髪を揺らしている。ぼくはそれを眺めながら、ユキムラに修理してもらっていたもう一丁の銃を取り出す。



たとえ彼女の主張が正しいとしても、彼女はすべての責任を取るべきだとぼくは思う。



ぼくは荒れ狂う風の中、静かに引き金を引いた。

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