エピローグ
ぼくは記憶の中に生きている。
そうすることしかできない。ただただ、夢想を続ける。
リアルとはまるで異なっている夢想。おのれの記憶を修正し加工し追想を繰り返す。
ぼくはその記憶の技法だけ、やけにうまくなった。
二度とユキムラ、ラオ爺、ツバサ、カイ、そして彼女と会うことはできない。だけど記憶の中ではいつも、彼女すら笑顔だ。
まざまざと思い描くことを何度も繰り返したせいで、彼らの表情も台詞もやけに鮮明だった。すべてが終わった後にみなでテラスでシードルを酌み交わす集まりは、実現しなくてもぼくの頭の中ではリアルそのものだった。
最初にラオ爺が来る。ラオ爺は、あの後、城に戻ることはなかった。彼ののぞみ通り、あのぼくの家の揺り椅子で息絶えていた。老衰かもしれなかったがもしかしたら自死だったのかもしれない。ただ、表情が安らかでそれが救いだった。
次はユキムラだ。かけがえのないぼくの親友。僕の追想の彼はいつも笑顔だ。悩み一つないような表情で、大声で、周りを巻き込む。陽気で気さくで大胆で、たまに涙もろい。苦悩との強いコントラストを抱えたぼくにとって唯一無二の男。ぼくは心から彼を愛していた。ずっと。
そしてツバサ。彼女のことが愛おしくて堪らない。無表情だった彼女の頬が紅潮していく様子に何度心が震えたか、彼女が昔の生活を聞きたがる、せがむその声がどれほど可愛らしかったか。彼女が望んだ世界をぼくはどれだけつくってあげたかったか。
カイがツバサを見つめる、その表情がどれだけ愛に溢れていたか。人はどうやって愛を学ぶのだろうか。こんな風に若い二人はすぐにお互いをかけがえのない相手として認め、そして打ち解け合った。それがどれだけ生きる意味になるか。彼らを見ているだけでどれだけ心が温かくなったことか。
うまくいくと信じたかった。全てがうまくいって、ここでみなでグラスを傾け談笑したかった。それは、壮大でささやかなぼくの夢だった。
でも、現実は違う。ここでぼくはたった一人だ。
ぼくはラオ爺の揺り椅子に浅く腰掛ける。凪いでいた風が少しずつ吹いてきた気がしてくる。気のせいだろうか。
今も目を閉じれば容易に彼らの顔を、声を、まざまざと思い浮かべることができる。
現実がすべてだとしても、ぼくには目を閉じている時間が必要だった。
シードルをグラスになみなみと注ぎ、ぼくは目を閉じる。みんなの笑顔が見える、笑い合う声が聞こえる……。
「こんな日が来るとは」
みんなが繰り返す声がする。
「こんな日が来るとは」
ぼくは一人、呟く。
潮風がどんどん強くなっていく。




