塔③
彼女に真正面から見つめられるのはいつ以来だろう。ユキムラや彼女が住んでいた幹部の居住地域から連れ去られたあの頃以来だから、30年以上はたつ。勿論面影は残っている。でも硬くこわばった表情の彼女は、あの頃、ぼくたちだけで過ごす場ではコロコロとよく笑っていた少女とは別人で、無表情に自分を律していた時のややさびしげな雰囲気とも全く違い、そのことと、彼女から放たれた言葉のどちらもにぼくは内心ショックを受けていた。こんな会話になる心の用意もせず、ただ無我夢中でここに来てしまっていたから。
「満足なわけないじゃないか。きみは自分の娘には手を下さないと思っていたのに」
彼女は表情を変えないまま言う。
「手を出したいわけないじゃない。緊急モードが作動するなんて考えていなかったわ。わたしが父の後継者として城に呼ばれてすぐの頃、確かにユキムラの母上、ユーナ博士から説明を受けた記憶はある。コンピュータールームに重大なトラブルがあっても長官室のサブコンピューターで緊急モードが起動してわたしや父を守ってくれると。でもそのせいで娘を失うことは想定してなかった。今はサブコンピューターも切ってあるのよ。だからあなたもここに登って来ることができた。きっと来るだろうと思って待っていたの。ユキムラについての報告があったし、あの子の背後にはあなたたちがいるとしか思えなかったから」
「あなたは自分たちは被害者で私こそが打倒すべき加害者という単純な構図を作り上げて、娘を焚き付けたんでしょ。でもあなたたちが何も選べなかったように、父が次の長官に私を据え私が引き摺り下ろされることがないように躍起になって体制を整えていた時、私に何かできたと思うの?私だって何も選べなかった。父がやっていることすら把握できていなかった。確かに私たちはどこかで道を誤っている。でもそれは私のせいではなくて父のしたことなの。私はただ父の意向に従って言われたままに踏襲してきただけ。あなたたちと私とそんなに違うのかしら。仕組みは既にがんじがらめで、わたしがリスクを負うことなく動かせるものなんて、小指をピクピクさせることくらい。これで何が変わる?それ以外のことはどこから手をつけていいかわからなかった。そのままにしてしまったことは、そんなに罪なの?わたしが責任をとればいいと罪人探しをすることは、小指をピクピクさせることと同じレベルじゃない?仕組みを変えることは違う。痛みと混乱を伴う。それをやり遂げられるの?私だけ排除したってそこで終わりではないでしょ」
焚き付けた、と彼女は言う。ぼくは確かにツバサを焚き付けたのかもしれない。そしてそれが彼女が早すぎる生の幕引きを招いた。カイもまたそうだ。ぼくが焚き付けたから彼らの命は奪われた。彼女がまくしたてている内容よりもその事実がぼくを苛む。
「ツバサ、なんだ。きみの娘の名は、ツバサだ。彼女自身が選んだ名だ。そして一緒に死んだ男はカイ。これも彼自身が自分につけた名だ。彼らは愛し合ってたよ。ぼくはそんな彼らを見るのが何より幸せだった」
ぼくはそれを告げるのがやっとだった。
「ツバサ…。あの子、自分で名前を選んだのね。そう……」
彼女はその名を聞いてはじめて動揺をみせ、しばらく黙り込んだ。
そしておもむろに立ち上がり執務室の窓を開ける。外から強い風が入り込んでくる。軽いものが吹き飛ばされるが、彼女はそれに構わない。バタバタと布や戸がやたらと音をたて、室内を風が暴れまわる中、そんなことは気にもとめないように、静かな口調で続けた。
「あなたは自分の価値観を押し付けて、これが生きることだと、それがないなら生きている意味などないと押し付けたんじゃない?でも、生物は進化していくもの。これからの世代は自分たちなりに生きる意味を社会に合わせて見出していくはず。社会に順応し新しい幸せの形を見つけていったはず。それが例え毒でも、消化し生きる糧に変えていった生き物達のように。あなたの目線から見て哀れだったとしても、わたし達世代が死に絶えれば哀れなんて誰も感じなくなっていたのに。なぜそれがわからないの。なぜ待てなかったの。」




