塔①
クーデターは失敗に終わった。ぼくのようなものにもその話は伝わってきた。ユキムラは保安部長たち数人を巻き込んで爆死した。ツバサとカイは死の矢にやられた。ユキムラの爆死によりコンピュータールームは機能不全に陥り、城のシステムは緊急モードとやらに切り替えられたそうなのでそのせいでプロテクトが外れて発動してしまったのだろうか。ユキムラは緊急モードの存在を知らなかったのかもしれない。
ぼくは城の管理人として、ユキムラのコンピュータールームの後処理に携わった。ユキムラの持ち物一つ回収できなかった。いつも身につけていた小石一つ、骨一つ、拾ってやることはできなかった。
ユキムラとの最後のやりとりを思い出す。ぼくがはじめたことが何かを招こうとしているという事実にぼくは内心慄いていて、それを察したのだろう。ぼくに声をかけてくれた。
「怖いか?」
気づかれていたことにぼくは驚いた。何気ないふりをしていたつもりだった。
「ああ。ツバサを見ていると怖くなる。彼女が夢見るように語るクーデター計画がどんな結末を招くのかがやっぱり怖い。ぼくはいい。でも若い彼女たちに万が一のことがあったらと思うと」
しばらく沈黙が続き、そしてユキムラは口を開いた。
「俺の母が自殺だったことは聞いてるか?」
唐突な話題に戸惑う。随分前のことだがユキムラの母が自殺したことは当時噂になっていた。ぼくは小さく頷く。
「母が『死の矢』のシステムを構築したんだ。彼女は一種の天才でね、プログラミングしたものを見て舌を巻いたよ。俺は絶対に叶わない。だけど母は病んでもいた。あれからすぐ母の下で引き継ぎのようなことをさせられたのは、母の不安定さが上層部にも伝わっていたからだと思う。数年はもったが、最後のほうは廃人のようだったよ。デスクにずらっと小石を並べてね、それをずっと見つめているんだ。」
「小石?」
ユキムラも小石を常に身につけている。麻袋にいれて腰回りにぶらさげている。普通の人間なら許されないことだがユキムラみたいな立場の人間は黙認されることも多かった。
「そうだ。その小石の意味がいつしか俺にもわかった。あれは母の作り上げた『死の矢』が奪った命の数だったんだ。母はそれをカウントしていた。一人死ぬたびにどこからか石を拾ってきてね、それが母のデスクの上に並べてあったてね。死の直前はずっとそれを数えていたよ。何をしてあげたらいいのかわからなかった。俺はただ狂っていく母を見ているしかできなくてね」
そしてユキムラはいつもの表情のまま、自分の腰の麻袋を撫でた。
「これは俺が正式に引き継いでから、俺の管理下のもとで『死の矢』が奪った命の分だ。母のよりはずっと少ないのは、俺が条件をいじったからだ。些細なことを異常行動とみなさないように緩めてある。それでも何人もの命を俺は奪ったよ。だからいつ死んでもいいくらい、俺はずっとボロボロなんだよ、言わなかったけどな。何度もこのシステムを二度と復元できないように破壊しつくすことも考えた。ただ、俺が自暴自棄になって母に当たり散らした時に、母から、このシステムを破壊しても無駄なんだと強い口調で言われたことがあって、それも引っかかっていてできなかった。なぜ無駄かは教えてくれないままだったが」
ユキムラはそこで口ごもる。ユキムラの気持ちも痛いほどわかるしユキムラが苦しんできたことも薄々は気付いていた。ぼくはそう言いかけて、でも言えなかった。気持ちがわかるなんて、軽く言っていいと思えなかったからだ。
「お前もいたからな。お前を置いて勝手には行けない。俺はやっぱりあの頃が懐かしいんだよ。俺とお前と彼女がいたあの頃が。またあんな日が来るかもしれない、そう思って、それだけが気持ちの支えで、今まで生きることができていた」
ユキムラはいつものとびきりの笑顔をでぼくに言った。
「俺はお前がしたことを信じる。どんなことがあっても俺はけして後悔はしない。ツバサもクーデターも、俺の力が及ぶ限り守るから」
それがぼくがユキムラと交わした最後の会話だった。
ぼくにはもう失うものはなかった。
すべきことはただ一つだった。




