クーデター①
わたしは、この世界を変えたかった。
でも今やる必要があるかと何度も迷った。
わたしは後継者として育てられていて、このまま行けば長官の跡を継げるはず。その時でいいのではないか。それが1番誰も傷つけず、血も流さず、成し遂げることができるんじゃないか。
ただ、不安もあった。まずそれがいつになるか未定だということ。そして後継者の変更がなされないとは言えないこと、低い可能性でもゼロとまでは言えなかった。そして、彼ら、わたしを導いてくれたモリー、ラオ爺、ユキムラに、変化をみせてあげることができないかもしないこと。特にラオ爺はかなりの高齢だから。
そして最大の危惧は、ユキムラのことだった。
わたしたちの密やかな自由はすべてユキムラのおかげだった。勿論きっかけはモリーだ。でもモリーやユキムラが、そしてわたしと保安部のDBY1がこうやって関われているのは「死の矢」を他のみんなのように恐れる必要がないからだ。リスクになる行動をとることが可能だからだ。ユキムラが1人でシステムを担っているうちはいい。だがユキムラの業務が誰かに引き継ぎされたら?プロテクトが特定の人間にかけられ自由な行動が可能になっていることがばれたら?わたしはもしかしたら助かるかもしれないけど他の皆は無理だろう。消されてしまうだろう。そうなればわたしの生きる意味がなくなってしまう。
DBY1もモリーもユキムラもきっとみんな逡巡していたのだと思う。わたしたちは微かな希望を感じつつも動けずにいた。そんなある日、ほとんど無理な申請だと思っていたのにもかかわらずモリーとラオ爺が外に出る許可が出てそれをわたしが伝えに言った。
後日、わたしたちは書庫で語りあった。
「どうして急に許可が出てのだろう」
「わからない。わたしにはこれを伝えるようにと指示があっただけだから。でも会議とかで決まったわけではなくて、長官からの直接の指示なの」
「まあいい。この機会にアップルシードルを造れるかもしれない。林檎がなけりゃ話にならないが季節もちょうどいい。普通なら林檎が実っているはずだ。俺も行きたいな。俺にも許可出ないだろうか」
ユキムラがそう言って場を和ます。
ラオ爺は頷く。モリーは穏やかに微笑む。DBY1は黙って聞いている。わたしはこの光景が好きだった。いつまでも守りたかった。
DBY1もわたしと同じように名前を欲しがった。彼はわたしよりもっと名前を決めるのに時間をかけて、そしてある日ようやく決めたよといってはにかみながら教えてくれた。
「カイ?」
「そう、カイ。船を漕ぐ道具のこと。オールと同じ。きみがツバサだから何か対になるようなものがよくて、そして音が好みに合うものはないかといろいろ探して決めた。」
「カイ。いい名前」
「ツバサもいい名前だ」
わたしたちは見つめ合う。その時は書庫でちょうど二人きりだった。
カイがわたしを見つめる。こんな愛しいものはないって目つきをしてて、そして何か言いたげに。だから聞いてしまう。
「何?」
カイは首を振る。でもわたしを見つめるのをやめない。
「何?」
わたしは軽く笑いの混ざった声で再び問う。何?どう思ってるか、言ってっていう気持ち。
「見てたら、ダメなのか?」
「ダメじゃない。でも、思っている事が聞きたいの」
カイはようやくわたしから視線を離す。そしてポツリと言う。
「ふさわしい言葉が選べない。今の気持ちを言い表せない」
カイの困惑が、言葉を選べずにいるその戸惑いが、わたしが欲しかった全てのもの。そう感じる。これで十分。




