#15 「また後で考えましょう」
「居ない……」
ハラリハラリと舞う桜の花弁が、僕の肩にそっと乗る。
校門とその道中に植えられた桜の木々は、当然ながら「九分咲き」。
「みんな、もうちょっと寄ってね~」
「だってさ。オリオン、もっと真ん中に寄ってよ。僕が見切れちゃう」
「やめろ伯雅、そんなに強く押すな……」
「ほらほら七香も。もうちょっとオリオンの方に詰めなさいって」
「ちょ、ちょっと晴蘭……!」
「フフッ、良い感じよ。じゃあ撮るわね~」
記念撮影をしている四人の生徒──間も無く僕のクラスメイトになる者たち。
そして、スマートフォンを向ける美人ママ。
目当ての彼女の姿は──校門のどこにも見当たらない。
「もしかしてループ継続に落ち込んで、今日は登校しなかったのか? いや、むしろループ継続に安堵した、という方が有り得る気がする」
このままループが続いて欲しいと考え、しかし約束を交わした手前、僕の前に現れることに罪悪感を抱いて不登校という選択をした──というのは考え過ぎだろうか。
前回は良い感じに説得できたと思ったのに。
友情を交わして、二人で前へ進もうと決めたはずなのに。
「あの……もし良ければ、僕が撮りましょうか?」
「えっ?」
「せっかくですから、五人一緒に映ってはどうですか?」
「いいわね。じゃあ、お言葉に甘えてもいいかしら」
今回も記念撮影を申し出て美人ママと接触しておく。
何度も繰り返されて飽き飽きするループに於ける、唯一の癒しだ。
「どうもありがとう」
「い、いえいえ、どう致しまして……」
潤いが失われた今の気分に、少しだけオアシスの水を補給して、校門を潜ろうとすると──
「お早うございます、染井君」
「わっ……!? えっ、吉野さん……?」
待ち構えていたように、校門の陰から吉野さんがニュッと目の前に出て来た。
「お、お早う……。良かった、居たんだね」
「はい。染井君を待っていました」
応じる彼女の様子からは、落胆や苛立ちといったネガティヴな感情は窺えない。
初めて会った時の、オドオドとした怯えや緊張も見られない。
校門を境界線にして、僕らは言葉を交わす。
「……見ての通り、また4月1日に戻っちゃったよ」
「そうですね。また今日に戻ってしまいました」
あっけらかんとした態度で吉野さんが返す。
「吉野さんが勇気を出してくれたから、今度こそ2日に進めると思ってたのに……」
期待と希望を抱いていた分、それが外れた時の落差で味わう痛みも増す。
「……一応訊くけど、吉野さんが拒否したって訳じゃないよね? 前回別れた後、やっぱり2日には進みたくない、ループが続いて欲しい、なんて心変わりしたとか……」
「いいえ。私はもう前のようには思っていません。このループが終わって欲しいと、4月2日が来て欲しいと望んでいます」
疑われたことに気を悪くした風も無く、国語の教科書でも音読するかのように、声も態度も実に淡々としていた。
辛い過去からの逃避、未来への恐怖を涙ながらに吐露していた前回までの彼女とは、まるで別人のようだ。
「……そう、だよね。ごめん、疑ったりして……」
「大丈夫です。気にしないで下さい」
吉野さんが原因でなくて良かった、と安堵する一方で、彼女が原因であって欲しかった、という落胆も覚えずにはいられなかった。
何せループの原因が、他に全く心当たりが無いのだから。
「吉野さんは? 原因に心当たりは無い? 何でもいいんだ。どんな些細なことでも……」
縋り付くような僕の問いに、しかし彼女は首を横に振り、
「……いいえ。残念ながらありません」
と、静かにあっさりと答えるばかり。
望んでいた4月2日が訪れず、またしても1日が再開して手掛かりゼロだというのに、僕とは対照的に驚くほど落ち着いている。
「どうすればいいんだろう? これから……」
僕らの行動範囲から離れた場所に、このループを望む人物が居るのだとしても、どうやってそれを見つけろというのか。
無限に繰り返される今日の中、学校をサボッてたった二人であちこち駆け回り、異なる行動を取っている者を割り出すなど、どう考えても不可能──成功確率はゼロだ。
「染井君は、まだ諦めてはいないのですか? このループを終わらせることを」
「そりゃそうだよ。同じことの繰り返しなんて何の面白味も無い。それに……約束したからね」
「約束?」
「えっと……何があっても吉野さんを見捨てず味方で居る、進めなくなった時は背中を押す、友達として一緒に楽しい高校生活を送れるよう努力する、って。それを嘘にはできないよ」
「……っ」
時が戻れば、それまでの出来事は全て虚構になる。
捲ったカレンダーも、舞い落ちた花弁も、世界の全てが3月31日と4月1日の狭間の、ゼロの時点までリセットされる。
それが、僕らが囚われているエイプリル・フールの円環──『4月0日』。
しかし、戻らないもの──虚構にならないものもある。
吉野さんと交わした言葉は、結んだ約束は、確かな「事実」として残る。
僕らの中に、今もはっきりと。
「──なんて言ってはみたものの、ループを終わらせる当てが見つからない以上、嘘としてこのまま永遠に続いてしまいそうだけど……」
と、苦笑いを浮かべると、彼女は少しだけ唇を緩め、
「それについては……また後で考えましょう。今は取り敢えず入学式に」
「わっ……」
吉野さんは僕の手を取り、ぐいっと学校の敷地内へと引き寄せた。
前回握手と指切りを交わした時も思ったが、女子の手は驚くほど華奢で、そして柔らかい。
まるで桜の花弁のように。




