#14 「本当にごめん」
「春一! 起きてるの!?」
母さんの声と、ゴンゴンゴン、とドアノックの音が同時に不快に響く。
「春一、聞こえてるの?」
声とノック音が先程よりも大きくなる。
「入るわよ。──って、起きてるんじゃない。だったら返事して早く下りて来なさい。今日は入学式でしょ? 遅刻なんてしたら一年間の恥よ」
部屋に入って来た母が見たのは、佇む僕の姿。
窓の外、晴れやかな朝空を呆然と見つめる後ろ姿だ。
部屋を出て遠ざかる母の足音を、背中で聞き届ける。
「何で……どうして……」
清々しい空と太陽の様子とは正反対に、僕の声と心は、降り出す直前の曇天だ。
卓上の日捲りカレンダーが示す日付は──【3月31日】。
昨日確かに捲ったはずなのに。
それから一度も触っていないはずなのに。
つまり今日は──
「くそっ……何でだ!? 吉野さんが原因じゃなかったのか……ッ!?」
期待が外れたことへの怒りと絶望が、手を動かした。
払い除けた日捲りカレンダーが、乾いた音を立てて床上に落ちる。
今日は【4月1日】。
新年度の到来を告げる、始まりの日。
5回目のエイプリル・ループを経て迎えた、僕にとっては6回目となるエイプリル・フールだ。
床上のカレンダーを置き去りにして、僕は部屋を後にした。
暗く沈んだ気分のまま、とぼとぼと階段を下りてリビングへ。
食卓には朝食。
トーストと目玉焼き、それにサラダとヨーグルト。
これで6回目、同一メニューの連続記録更新だ。
例え大好物だったとしても、見るだけで食欲が失せるレベルだ。
ましてこの愕然とした気分では、食欲どころか吐き気すら覚える。
「どうした。食べないのか?」
卓に就きながら、朝食に手を伸ばす素振りが無い僕を訝しんで、向かいの祖父が首を傾げる。
「入学式だっていうのに随分と暗い顔だな」
そりゃそうだ。
今の僕が晴れやかな表情をしていると言う者が居たら、それは愚者か嘘吐きか、視覚障害者のどれかだ。
〈アメリカのニューマン大統領は──〉
リモコンを引っ掴み、ニュースを流していたテレビの電源をプツンと切る。
「人は第一印象で大体が決まる。愛想良くしないと──」
叩き付けるようにリモコンをテーブルに置き、祖父の言葉を遮って立ち上がる。
「うるさいな、毎朝毎朝同じことばかり! こっちはもう飽きてうんざりしてるんだよ! この朝食もお説教もッ!」
と、ついカッとなって怒鳴ってしまった所で、ふと我に返る。
家族は何も悪くないというのに。
純粋に僕のことを心配してくれているというのに。
「ど、どうした春一……!?」
「何? 突然怒鳴り散らして、何かあったの……?」
普段の僕からは掛け離れた様子を目の当たりにして、祖父が面食らっていた。
ループの中に組み込まれている祖父や母からすれば、今の僕の言葉や態度は不可解そのものだ。
「……ご、ごめん。ちょっと、思い通りにならないことがあって……イライラしていた。本当にごめん。エイプリル・フールの冗談だとでも思って、忘れて欲しい……」
冷えていく頭で謝罪と言い訳を絞り出し、大人しく卓に座り直す。
いくら絶望しているからと言って、何も知らない家族に八つ当たりをするなんてどうかしている。
思っている以上に精神的に参ってしまっていたことを自覚して、情けなさすら込み上げる。
「何か困っているのか? 話なら聞くぞ?」
「大丈夫。大丈夫、だから……」
相談した所で信じて貰えるはずも無く、解決のヒントを出してくれるはずも無い。
それができるのは、僕と同じ立場に居る者だけ──彼女だけだ。
「……行ってきます」
食欲の代わりに罪悪感で朝食を平らげ、支度を整えて家を発った。
学校に行って、今後の方針を練らなくてはならない。
しかし、その前に──
「ようハルイチ!」
すぐそこの曲がり角から、自転車に乗った三人組が現れた。
「……お早う」
照沢雄人、海野大吾、浜田敦。
僕と共に、仲良し四人組で評判だった幼馴染みだ。
「ん……? ハルイチ、何か顔暗くないか?」
僕の様子に気付いたのは雄人。
「何か嫌なことでもあったか?」
「まあちょっとね……」
期待が外れてループが続く絶望感と、その苛立ちを家族にぶつけてしまった罪悪感。
二つが重なった嫌な朝だ。
「星皇は、確か……今日が入学式だったっけ?」
「今日も、だけどね」
「えっ?」
「何でもない。そっちは……今日が始業式だったっけ? 羨ましいよ」
星皇学院の始業式は明日──4月2日。
今日を、4月1日を繰り返す内は僕に始業式は訪れず、目の前の三人もまた無自覚のまま始業式を繰り返す。
「──っと、急いでるんだった。悪いな」
「また今度一緒に遊ぼうな」
「ハルイチも頑張れよ」
別れの挨拶を告げて、三人はペダルを漕ぎ出す。
「……一緒に遊べる時なんて……このままじゃ永遠に来ないよ……」
駅の方角へ去る三つの背中を見送ってから、僕も自分の道を再び歩き始めた。
早く彼女に会いたい。
会わなくてはいけない。
会って今後の方針を話し合わなくては。
自然と足取りが速くなり、気付けば駆け出していた。




