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エボシオリ  作者: 緑兵 鍊
3章

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50節 新たな刺客

「痛てて……全く、酷い目にあった。」


 謎の青年との手合わせの後、アジトを出て、家の近所まで帰ってきた。

 盗賊団のアジトでしばらく世話になるため、身支度と母さんに一言伝えるためだ。

 帰路に着く頃にはもう陽が沈みかけていた。


「はぁ…気が重い。」


 嘘を言っても正直に言っても良い顔はされないのは分かっている。

 それはしょうがない。

 俺が一番嫌なのは、母さんのお気に入りであるタマを一緒に連れて行くと言わなければいけない事だ。

 確実に大揉めするだろう。


「ニャ〜。」


 タマがリュックから顔を出し、項垂れる俺の頭に前足を置く。

 慰めているのだろうか。


「……ま!そん時はそん時だ!

 とりあえずは家に帰って晩飯でも食うか〜。」


 あれこれ考えている内に家の前まで来ていた。

 リビングから漏れる明かりが、母さんの在宅を知らせていた。


 玄関の鍵を開けて中に入る。

 靴を脱ぐより前にリュックを下ろして先にタマを自由にしてやる。

 一足先にリビングへと入っていくタマを見ながら、呑気に靴を脱いでいるとタマがいきなり声を荒げる。


「長助、大変!ママが——!」


 その声を聞いた俺は、片方の靴を履いたまま土足でリビングに急いだ。

 そこには、神器解放したタマが床に横たわっている母さんに治癒能力を使っていた。


「母さん!!母さん!!」


 全身に冷や汗が吹き出し、顔の熱がゆっくりと溶け出すように下へ落ちていく。


 朝は元気だったのにどうして。

 まだ体調が戻ってなかったのか?

 ……チクショウ、何で俺は気付かなかったんだ。


「長助、どうしよう…ママ、息してない…。」


「何だと……!?」


 胸元を見つめる。

 しかし、服地はぴくりとも上下しない。

 恐る恐る頬を口元へ近づけたが、吐息は感じられなかった。

 耳を澄ませても、呼吸の音は聞こえない。


 胸に手を当てる。

 微かだが、心臓はまだ動いている。

 これならまだ助かるかもしれない。


「タマ!人工呼吸だ!口から息を送れ!」


「わ、わかった…!」


 俺は震える手でスマホを取り出し、119をプッシュする。


「はい、119番です————」


 数分後、家の前に救急隊が到着し、母さんは緊急搬送された。

 医師や看護師が慌ただしく母さんを運んでいく。


「こちらでお待ちください。」


 その言葉だけが何度も頭の中で反響していた。

 ほとんど放心状態の俺を差し置いて、あれよあれよと事態が収束していき、気付けば外は明るくなり、明日を迎えた。



 ———



 病院で夜を越すのはこれで何度目だろうか。

 病院の待合室という場所は何度来ても生きた心地がしない。


 母さんは息を吹き返し、現在入院中だ。

 容態は安定したが、意識がいつ戻るか分からないらしい。


「君が熊坂長助さん?」


 俯いていた俺の前に2つの影が現れる。

 顔を上げると、小太りの男と切って貼ったような笑顔をした女が立っていた。


「…何ですか?」


 自分でも愛想が悪いと思う程ぶっきらぼうに返答する。

 今は他人に構っている気分じゃない。


「私らね、こういう者なんですよ。

 ちょっとお話いただけたらと思いまして。」


 そう言って二人共、スーツの胸ポケットから警察手帳を取り出す。

 どうやら警察だったようだ。

 昨日の件について聞きに来たのだろう。


「昨日、君の自宅を調べさせてもらったんだけど。

 かなり暴れてたみたいで、酷く物が散乱してましたよ。」


「そうですか。」


「それと、頸部に索状痕があると連絡があってね。

 凶器は現場に転がっていた毛糸でほぼ間違いない。

 擦れた跡があった。」


「……はっ?今、なんて?」


「ちょっと署までご同行願おうか。」


 小太りの男が俺の腕を掴む。

 その力は任意同行というには余りにも力強く、強引だった。


「お、俺を疑ってるんですか!?

 違う!俺はやってない!」


「それは後で聞かせてもらいますんで。

 とりあえず行きましょう。」


 俺は男の手を振り払う。

 すると、反対側の手を女が掴む。


「ごめんなさいね〜。すぐ終わるから安心して?」


「暴れないでください。

 こっちもあんま手荒な事したくないんですよ。」


 再び、男に腕を掴まれる。

 完全に拘束状態だ。


 その時、女の手に白い物体が飛び掛かる。


「キャーー!!」


「タマ!」


 タマが女の手首に噛み付いていた。


「な、何で猫が病院に——ぐぁっ!?」


 小太りの男が突然、廊下に吹き飛ばされる。

 俺の前に黒い影が現れ、徐々にその影が鮮明になっていく。


「月ヶ瀬!」


「長助!この人達、神器を持ってる!」


「はあ!?」


 男はのそりと立ち上がり、無愛想な顔で舌打ちをする。


「仲間がいたのか…。

 おい!プランBだ!」


 女に聞こえるように大声で叫ぶ。

 女はタマを引き剥がして男の側に立つ。


(プランB?まだ何か企んでいるのか…?)


「お前ら本当に警察か?」


 俺の質問に男は嘲笑する。


「あんな国家の犬どもと一緒にするな。

 私達は神聖なる主に仕える"使徒"。選ばれし存在なのだ。」


「使徒?選ばれし存在…?何言ってんだ?」


「想像力の乏しい貴方たちには到底理解出来ないでしょうね。」


 何かの教団という事が判ればそれでいい。

 つまりは第三勢力だ。

 まさか幻神隊の他に神器を持つ団体がいるとは…。


 男達が一歩後ろに下がる。


「逃げるのか?」


「逃げる?違う、私達が戦うまでもないだけだ。」


 男と女が目配せをする。

 何かやる気だ。


「させるか!」


 俺は神器解放し、ジェット噴射で奴らに急接近する。


「なっ…!?速――」


 その勢いを利用して男を蹴り飛ばし、女の鳩尾に拳を叩き込み、その場に崩れ落ちさせる。


 勝負は一瞬だった。


 今まで戦ってきた奴らと比べたらコイツらは全然大したことない。


「ハッ、ハッ…こ、こんなに強いなんて……!

 神器を使えるようになったのは最近って聞いてたのに……!」


「そういえば、俺の名前知ってたよな?

 お前ら、何が目的なんだ?」


「あ、貴方を、連れて行く……それが、私達の使命なのよ……!

 フフ……フフフ……!!」


 女は苦悶の表情を浮かべながらも狂気的に笑い続ける。


 ダメだ、イかれてる。

 捕まえてリリカに尋問してもらおうか……そんな事を考えていると――。


「長助!そこから離れて!」


 月ヶ瀬の警告で俺は女の方を見る。

 うずくまった奴の足元に魔方陣のようなものが妖しげに赤黒く輝いていた。


 俺は急いでその場を離れる。

 直後、その魔方陣から巨大なライオンの様な四足獣が現れた。


「な、なんだコイツ……!?」


 体はライオンなのだが、背中に鳥のような翼が生えた、現実には存在しない生物。


 魔獣。

 そう呼ぶに相応しい生物は女を背に乗せ、倒れた男の方へ向かい、襟首を咥えて走り去る。


「待て!」


 追いかけようとした時、後ろから赤黒い光が溢れていることに気付く。

 振り返ると、魔方陣からライオンの魔獣と双頭の黒い狼が三頭現れた。


 やられた。

 まだ魔方陣の召喚は続いていたのだ。


 ここで食い止めなければ、周りの人にも被害が及んでしまう。

 俺は踵を返し、魔獣の元へ向かった。



 ―――



「グォォォォーー!!」


 俺の身長とほぼ同じ長さの前脚が振り回される。

 その破壊力はコンクリートの壁が簡単に粉々になるほどだ。

 動きも図体の割に俊敏で、俺の攻撃を難なく躱す。


「グォォォォーー!!」


「っと、危ね!!」


 少しでも油断すると一撃でやられそうだ。

 早く片付けるつもりが思った以上に手こずってしまっている。

 あの二人は奥の壁を破壊し、外へと逃げていった。

 追うのはもう諦めたほうが良さそうだ。


 俺の前に立ちふさがるライオンの魔獣。

 コイツがかなり強い。

 少量の炎では燃えない剛毛、衝撃を吸収する分厚い皮膚。

 輝龍きりゅう並みのタフさを備えているが、それ以上に厄介なのは、驚異的な再生力。

 せっかく炎で与えた火傷もすぐに再生してしまった。


 狼の方は、月ヶ瀬が二頭、タマが一頭相手している。


 月ヶ瀬は持ち前の眼で攻撃を躱し、隙を見て暗器で反撃している。

 しかしその攻撃も、奴らの驚異的な再生で無かった事にされている。


 タマは軽い身のこなしで攻撃を避けられてはいるものの、神器が攻撃向きではないため有効打が無い。


 倒す方法が分からない。

 このままでは、こちらが一方的に消耗させられ、やられてしまう。


「長助、コイツら魔方陣から力を貰って再生してる!アレを破壊すれば倒せるかも!」


「そういうことか!ナイス!月ヶ瀬!」


 俺はライオンの魔獣の足元にある魔方陣を破壊しようと踏みつける。

 だが――。


「壊れねぇ…!」


 上から魔獣の前脚が振り下ろされる。

 後ろに下がり、何とか回避に成功するが、地面が揺れるほどの衝撃が俺達を襲う。


「ニ"ャ"ッ!!」


「タマ!!」


 タマが衝撃にバランスを崩し、双頭の爪が胴を抉る。

 致命傷には至っていないが、動きが落ちている。


「ハァ、ハァ……!」


 月ヶ瀬もそろそろ疲労が溜まってきている。


 もう二人は限界が近い。

 早くなんとかしなくては。


 しかし、肝心の魔方陣はあのライオンの一撃を受けても全く壊れていない。

 周りの床だけがガタガタになって崩れているだけだ。


 壊れない魔方陣はどうやって壊す?

 俺の最大火力と言えば『炎葬』だが…あれは消費が激しく一発しか撃てない。出来れば魔獣殲滅用に取っておきたい。

 それに、ここは病院だ。室内じゃ撃てない。外に誘き出さないといけない。

 かといって魔方陣が残したまま倒しても復活する恐れがある。


 1. 魔方陣を破壊して

 2. 外に誘き出し、

 3. 『炎葬』をブチ込む。


 言うのは簡単だが、その状況を作り出すのに一体どれだけ時間が掛かるか。

 今の俺達にそんな時間と元気は残されていない。


 いっそ使徒の二人みたいに逃げるか?

 月ヶ瀬とタマを連れてこの場から離脱するくらいなら出来る。


(それは駄目だ………いや、待てよ。)


 奴らが開けた外へ通じる穴。

 あそこに魔獣どもを集めれば……。


『焔転』


 タマの方へ炎を伸ばし、後ろから狼の魔獣をライオンの魔獣がいる方へ殴り飛ばす。

 次は月ヶ瀬の方へ炎を伸ばし、同様に狼の魔獣をぶっ飛ばして敵を一箇所に集める。


「そう、この位置だ。」


 魔獣と、魔方陣と、外への穴。

 俺の位置から三つ全てが一直線に並ぶ。


 なにも、一つ一つ順序立ててやる必要はない。

 まとめて全部――。


「灼き尽くしゃいいだけだろ!」


『炎葬』


 巨大な炎が渦を巻き、一筋の光線となって空へ飛んでいく。

 中にいた魔獣は跡形もなく消滅し、魔方陣は床ごと溶ける。

 炎葬が通った廊下は壁も天井も真っ黒に焦げてしまったが、それはそれ。

 周辺にはもう人はいなかったし、あのまま魔獣を放置するよりは遥かにマシだった。


 何はともあれ、これで脅威は去ったはずだ。


 俺は一息ついて、月ヶ瀬達の元へ向かう。


「お前ら大丈夫か?」


「僕はもう大丈夫だよ。痛いのとんでった。」


「ぼ、ぼくも大丈夫……。

 タマちゃん、も、もういい?」


 そこには、顔を赤くして目を逸らす月ヶ瀬と神器解放して人ミコとなったタマ。

 タマは自分の腹に負った傷を治している所だった。


「……?もういいよ?」


 恐る恐るタマの方を振り向く月ヶ瀬だが、タマは聞かれた意味を理解していないので、当然裸のまま。

 視界の端にその姿が視えたのか、慌てふためきながら凄い勢いで首を回す。

 俺は一緒に暮らしていく内に慣れたが、月ヶ瀬にはまだ刺激が強かったらしい。


「それにしても、何でここにいるんだ月ヶ瀬。

 おかげで助かったけど。」


「えっと…長助の家に行ったらさっきの二人が長助のこと探してたんだ。

 嫌な予感がして後を尾けてたらここに来たっていう感じかな。」


「なるほど。」


 奴ら家まで押しかけてたのか。

 俺を狙ってきたという事はまた盗賊団関係か?


 その時、外からサイレンの音が近付いて来るのが聞こえた。

 あれだけ派手に火柱が上がったんだ、そりゃ消防も来るよな。


「とりあえず、面倒な事になる前にここから離れようぜ。」


 俺達は昏睡状態の母さんを抱え、混乱に乗じてこっそり病院を抜け出した。

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