45節 お誘い
「加賀さん……まさか、ここがアジト?」
車を走らせ、山の奥の小道を進んだ先。
森の中に突然日本屋敷の門が現れた。
(非常に趣のある…うん……おもむきがね……うん。)
腰の高さまで伸びた雑草。
所々剥げている屋根瓦。
日焼けして薄くなった木材…。
良く言えば歴史ある建造、悪く言えば——ボロい。
「そのまさかさ。ほら、こっちだよ。」
加賀さんは俺の肩にポンっと手を置き、軽く追い越し先導する。
来たことを若干後悔しつつも後ろに続く。
雑草をかき分け進み、屋敷の門の前まで辿り着く。
3mはある両開きの大門。
かなり年季が入っているとはいえ、今でもかなり頑丈そうだ。
しかし、門の前まで来たはいいがどうやって入るのか。
大抵、門の隣に人が出入りするための小門があるのだが、中に入るための扉が見当たらない。
加賀さんの方を見ると、俺が考えている事が分かったのかニッと口角を上げた。
そして、見ててと言わんばかりに目配せをすると、大門に手を当て静かに唱える。
「開門。」
声に反応し、自動ドアのように独りでに開く大門。
もちろん、電気は通ってない。
目の前の光景に呆気に取られていると、加賀さんが満足そうな顔をして笑っていた。
「ハッハッハ!驚いただろう?
この門は盗賊団だけを通す特別製なんだ。
……それより、ほら——早くおいで。」
手招きする加賀さんの後ろ。
そこには、立派な屋敷が堂々と建っていた。
―――
「で、でけぇー……。」
大名とか武士が住んでいそうな、やたらとデカい日本屋敷。
中央にはひときわ大きな本館が構え、その四方から廊下が蜘蛛の巣みたいに伸びて、別の建物へと繋がっている。
門の外とはまるで別世界で、庭も廊下も隅々まで手入れが行き届いていた。
(親父の家系……思ったより格式高そうだぞ……。)
加賀さんに連れられて、中央の玄関から中へ入る。
迷路みたいな廊下をいくつも曲がる。左右どっちを向いても似たような景色で、方向感覚が狂う。
「……これ、どこ向かってるんですか?」
歩きながら尋ねると、加賀さんは軽い調子で答えた。
「奥座敷だよ。当主と七将だけが入れる特別な部屋だ。」
「七将? 何ですかそれ?」
「ああ、それはね――。」
そこで一度、指を折りながら数える。
「武人、隠密、尋問官、教授、台所、金庫番、職人。各分野で当主に認められた者だけが名乗れる称号が『七将』だ。いわば、当主の右腕が七人いると思ってくれればいい。」
「へぇー、つまり、選び抜かれた実力者達って事ですね……ん?」
嫌な予感が背筋を走る。
「…今から行くのって、奥座敷ですよね?」
「そうだね。」
「入れるのは、当主と七将だけ?」
「うん、さっき言ったじゃないか。」
「……俺を呼んだの実救ですか?」
加賀さんは何も言わず、首を横に振る。
「ってことは――七将の人!?」
加賀さんは、にやりと意味ありげに笑って頷いた。
……いや、その顔。
絶対わざと黙ってたやつだろ。
「はぁー!? いきなりそんな大物と面会とか、心の準備出来てないんですけど!?」
唐突すぎるプレッシャーに、胃がキュウゥと縮み、背中にじわっと嫌な汗がにじんだ。
(やってくれたな……加賀さん……!)
そういえば、この人昔から人をからかうのが好きだった。
俺が子供の頃もこんな感じで絶妙なタイミングで爆弾を投げてきてたっけ。
夜千代の祖父ってだけあって人が悪い。
そんな俺を見て、加賀さんは高らかに笑い声を上げる。
「ハハハ……!連中、そんな大層なもんじゃないよ。単に君に会いたくなっただけじゃないかな?」
「いやいや…実救はともかく、盗賊団のお偉いさんなんて、そんな気軽に会える存在じゃないでしょ…!」
「そうでもないよ……まぁ、後は自分で確認してみるといい。」
話しながら進んでいると、いつの間にか突き当たりまで来ていた。
突き当たりの壁には花札のような赤と緑を基調とした絵が描かれていた。
「あーやっと着いたー。ここだよ。」
近付くにつれ、それは壁ではなく、赤い花が咲いた樹木が描かれた襖だと分かる。
道中見てきた無地の襖とは格の違いを感じた。
加賀さんはどうぞと、襖の横で手を添えて俺が開けるのを待っている。
もうここまで来てしまった以上、仕方がない。
呼吸を整え、ゆっくりと開く。
中は意外と普通の和室で、家具はなくそれなりに広い。
中央には4人。
疎らに座る彼らの視線が一斉にこちらへ向けられた。
その中の一人。
一番手前にいる金髪の女が立ち上がり、オレの胸に飛び込む。
「ちょーく〜ん!!退院おめでと〜!!」
「リリカ…!?何でここに――!?」
アレが当たっているとか彼女にとってはもはや関係ない。こんな場でも相変わらず明るく距離感がバグっている。
「だってアタシ、七将だもーん!」
「はぁー!!?」
「梨々香ちゃんは七将の一人『尋問官』だよ。」
後ろで笑っていた加賀さんが補足する。
尋問官といえば、彼女が自己紹介で言っていたはずだ。
まさか七将の称号だったとは…加賀さんの説明の時点で気付くべきだった。
「いや~!治って良かったよ〜!!」
「あの、色々限界だから、マジで離して……。」
恥ずかしさ1割、嬉しさ1割、苦しさ8割。
常時解放型の神器を宿すリリカのハグは、俺の背骨をへし折るには充分な力だ。
今の俺は神器を持っていないので、これに耐えうる耐久力も無い。
これ以上は身が保たん。
本気で引き剥がそうと腕を伸ばした時、彼女の身体が小刻みに震えていることに気付く。
「本当に、良かった……!」
明るい声色の中で不自然に上ずり、ほんの少し震えていた。
どうやら、俺が思っている以上にリリカは俺の怪我に責任を感じていたらしい。
引き剥がすはずだった腕は静止し、軽い逡巡のあと、ぶらりと垂れ下がる。
「そんなに気にすんなって、あのバケモノ隊長相手に皆無事だったんだ。…それだけで充分だろ?」
「……うん。
ゴメン…もう少しこのままでいさせて。」
「え。」
……仕方ない。
こうなったら気の済むまで胸を貸そう。
「ヒュー、お熱いね〜お二人さん。」
部屋の奥から野次を飛ばす声。
声の方向を見るとあぐらをかいた無精髭のおじさんがいた。
「この子が例の?加賀の旦那。」
「ああ、そうだよ、ケイ。」
ケイと呼ばれた風来坊の格好をした男。
奥座敷にいるという事はこの人も七将なのだろう。
「長助くん、彼は風見鶏。
七将のうち、『武人』の肩書きを持つ、我らが最高戦力だ。
今回の会合を提案した張本人でもある。」
加賀さんからの紹介に風来坊は愉快そうに笑う。
「イヤぁ〜そんなに持ち上げないで下さい〜。あっしは所詮、お下がりで貰った称号でさぁ。
…けど、今の盗賊団であっしに勝てる奴はいないがねぇ。」
この人、謙遜はするものの自分の強さにはかなり自信があるようだ。
しかし、自慢気に話すというよりは寂しそうに憂いているように見えた。
「ど、どうも。熊坂長助です。
よろしくお願いします。」
俺が頭を下げると、ケイさんは笑顔で挨拶を返す。肩書きの割には親しみやすい性格をしている。
「5分。」
唐突に、部屋の左側から低い声が響いた。
虎柄の羽織を肩にかけ、殿様が使うような肘掛けにふんぞり返った男が、不機嫌そうに懐中時計をパチンと閉じる。
「貴様が戸の前で立ち話をした時間だ。
俺の道を塞ぎ、貴重な時間を奪った。
…どう穴埋めしてくれるつもりだ?」
「え、いや、落とし前って……」
俺が言い終わる前に、虎の羽織男は立ち上がり、こちらに手を伸ばしてくる。
「そこまで。」
その手は途中で加賀さんに掴まれ、止まる。
「横瀬。精算なら俺が代わりに済まそう。」
両者が睨み合い、やがて横瀬と呼ばれた虎の羽織男が強引に手を振り払った。
「……すまないね、長助くん。
彼は、横瀬金夫。
七将の『金庫番』だ。
主に資金調達と管理を担う、とても重要な役目なんだが……少し横暴な所があってね。」
「少し?」
(全ての言動、横暴でしかなかったぞ。)
どう見てもカタギでは無さそうな見た目をしたこの男が盗賊団のお財布らしい。
こんな奴に任せて大丈夫なのだろうか?
(というか、盗賊団もカタギじゃなかったな。
……なら問題無い、のか?)
「Time is Money(時は金なり)。俺はこれで失礼させてもらう。」
横瀬がそう吐き捨てると、俺達を抜かして奥座敷を後にした。
「オレも顔見れたからもういい。」
ここまで、沈黙を貫いていた最後の一人。
左右に2本の突起がある黒いフルフェイスヘルメットの男が立ち上がる。
そして、俺の前に立って顔を向ける。
身長は低く、俺の胸くらいなので俺が見下ろす形になる。
「……。」
「な…何か?」
(室内でヘルメット?なんで角生えてんの?)
加賀さんに顔を向ける。
俺と目が合うと、意図を汲み取ったのか俺が何も言わずとも紹介を始める。
「彼は、奇家きっての天才技師、『職人』の名を持つ、奇めん――」
「違う、奇黒龍斎だ。二度と間違えるな、キヨマサ。」
「あぁ〜そうだったね。
すまない、忘れていたよ。」
「こ、黒龍斎……?」
加賀さんの反応的に絶対本名ではなさそうだが、名前の意味が気になる。
あのヘルメットの突起は黒龍の角を表しているのだろうか?
「お前……キモいな」
「……えっ?」
フルフェイスの男がいきなり暴言を呟く。
初対面で。しかも自分は室内でツノ付きヘルメットという異様な格好をしているのにだ。
「どう生きてたらそこまでキモくなれるんだ?」
(そこまで言うか!?)
「……オレやる事あるから帰る。じゃあな。」
言いたい放題吐き捨てると、黒龍斎(自称)は足早に去っていった。
「キモい…。」
「…ごめんね、あの子、人との接し方を良く分かってないんだ。どうかよろしくしてやってくれ。」
「……はぁ。」
こんな自分勝手な奴らで大丈夫なのか、七将。
仮にも盗賊団の頂点なんだ、少しくらい協調性を持って欲しいものだが。
二人がいなくなり、奥座敷に残されたケイさんは困り顔を浮かべる。
「やれやれ…とりあえず立ち話もなんだし、中入りなよ。
旦那もいかがです?あっしは歓迎しますよ?」
ケイさんからの誘いに加賀さんは首を振る。
「いや。もう俺は引退した身だからね、遠慮しとくよ。」
「そうですかい。残念だなぁ。」
二人は軽口を交わして笑い合う。
先ほどのクセ者たち含め、加賀さんは七将に信頼を置かれているように見える。
(加賀さんってもしかして結構凄い人?)
「ケイ。俺は保管庫にいるから、話が済んだら長助くんをそこまで案内しておくれ。」
「分かりました。そう長くは取りません。すぐ行かせますよ。」
「任せたよ。さて――それじゃ、行こうか梨々香ちゃん。」
加賀さんは俺に張り付いていたリリカに声を掛ける。
だが、未だ離れる様子は無い。
「あの…リリカは今ちょっと……。」
落ち込んでいる事をそれとなく濁して伝える。
加賀さんは溜息を吐いてただ一言。
「仕事。」
と発する。
それを聞いた瞬間、さっきまで震えていた身体がピタリと止まり、急にハグの力が強くなる。
「ここ一週間分、仕事が溜まってるそうじゃないか。」
「……。」
「今朝から姿が見えないって君の部下達が嘆いてたよ。」
「……。」
「あの…リリカ?」
さっきから一言も発さないのですが……。
「サボりたいからって長助くんを洗脳して盾にするのは良くないと思うなぁ俺は。」
「……っ!違う!洗脳まではしてないもん!
……あ。」
うっかり口を滑らせ慌てて口元を手で覆うリリカ。
「ほら、行くよ。」
その後、駄々をこねながら連行されていくリリカを白い目で見送った。
「……中、入ろうか。」
「……そうですね。」
―――
「そんなにガチガチにならなくていいよー。」
「は、はぁ。」
俺の緊張が伝わったのか、ケイさんが気遣う。
気さくだが、やはり初対面。
何話せばいいか分からないし気まずい。
早く終わってくれ。
「君の活躍はよく聞いてるよ。幻神隊の観炎葬を倒したんだって?
アイツ、かなり強かったでしょ?」
「観炎葬――ああ、善治ですね。
確かに強かったですけど……神器を奪えば大した事なかったです。」
「そっか、君の神器は神器を奪うんだったねぇ。いやはや、とんでもない能力だよ。
能力にかまけている奴ほど喰われちまう。」
ツバキの能力は確かに強力だ。
相手がどれだけ強くとも、神器を奪えば強さが逆転する。
だけど――。
「だけど、奪う事すら許さない相手には弱い。」
「…!」
ケイさんが俺の思っていた事と全く同じ事を喋る。
「……そうです。圧倒的に速い相手、遠距離の相手には歯が立ちません。」
ここまで生き残れたのは月ヶ瀬の神器や、善治の神器があったからだ。それが無ければ俺はとっくに死んでる。
後は相手の神器自体が拒む事もあるが、あれは特殊なケースだろう。
「ナルホドねぇ……弱点は距離と反応速度。
うん、イイねぇ。」
ケイさんはしみじみと頷く。
何が良いのだろうか。
「君。いや長助くん。」
「はい。」
「あっしの弟子にならない?」
「………………はい?」




