【6】
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
それでは、本編をお楽しみください!
アドレナリンの波が引いていくと同時、全身を暴力的なまでの激痛が襲い掛かってきた。
ブラッドウルフの爪に裂かれた右肩。
牙が深々と食い込んだ左腕。
岩壁に叩きつけられた背中と、鋭い破片で切れた頬。
「……ぐ、っ……あ……」
鉄剣を杖代わりにしなければ、立っていることすらままならない。
傷口からの出血も酷く、視界がぐらぐらと揺れ始めている。
これ以上奥へ進んだところで、「戦いの中での死」すら叶わないだろう。今の状態では、次の魔物と遭遇した瞬間に何の抵抗もできず、ただの肉塊として貪り食われるだけだ。
死ぬつもりで来た。
だが、ただの無抵抗な餌になりたいわけじゃない。
俺が求めているのは、あのヒリつくような極限の死闘の中にある『確実な死』だ。
「……今日は、ここまでか」
俺は血の滲む唇を噛み締め、来た道を引き返すべく重い足を引きずり始めた。
皮肉なものだ。死に場所を求めてやってきたのに、結果的に自分の足で生還しようとしているのだから。
* * *
ポーションを買う金などない俺は、最低限の止血だけを済ませ、這うような足取りで街の冒険者ギルドへと帰還した。
重い木の扉を押し開けると、喧騒に包まれていたギルド内の空気が一瞬だけ止まり――直後、下品な嘲笑の渦が巻き起こった。
「おいおい見ろよ! 最弱様がボロ雑巾みたいになって帰ってきたぞ!」
「ひゃははっ! なんだそのザマは! 入口をうろついてるゴブリンにでも泣かされたのか?」
「だから言ったんだよ。お前みたいな万年ソロの最弱野郎は、街の周りで大人しく薬草でも摘んでりゃいいってな!」
冒頭で俺をバカにしていた連中だ。
彼らの心無い嘲笑が、ギルド内に響き渡る。周囲の冒険者たちも、クスクスと腹を抱えて俺を指差していた。
最下層の最弱剣士が、分不相応にダンジョンへ潜り、無様に逃げ帰ってきた。彼らの目にはそうとしか映っていないのだろう。
いつもなら、この嘲笑が刃のように心に突き刺さっていた。
悔しさに唇を噛み切り、惨めさに俯いて、逃げるようにギルドの隅へと身を隠していたはずだ。
だが――不思議なほど、何も感じなかった。
(……遅い)
俺を指差して笑う連中の動きが。
飛んでくる野次や、酒の入ったジョッキを揺らす彼らの動作が。
俺の目には、ひどく緩慢で、鈍重なものに映っていた。
それはそうだ。
俺はつい先程まで、こいつらがパーティーを組んでようやく前衛が盾で防ぐような『ブラッドウルフ』三頭を相手に、回避も防御も捨てたオーバースペックな死闘をソロで繰り広げてきたのだ。
極限の死線で強制的に引き上げられた俺の知覚からすれば、安全圏で緩み切ったこいつらの動きなど、止まっているようにすら見える。
「ほら、最弱様がビビッて震えてるぜ。もう二度とダンジョンになんて近づくなよ!」
男の一人が、俺の肩を小突こうと手を伸ばしてくる。
避けることも、その腕を切り落とすことも、今の俺には容易かった。
だが、俺はあえて何の反応も示さず、ただ黙ってその手を受け流し、無言のままギルドの奥へと歩を進めた。
言い返す気すら起きない。
俺がソロでブラッドウルフの群れを全滅させたと言ったところで、誰一人信じないだろうし、証明する意味もない。
俺の目的は、こいつらを見返すことではないのだ。
あの極限の死闘の中で、俺の中の『弱くて惨めな自分』は確実に一度死んだ。
全身の傷が癒えれば、俺は再びあのダンジョンへ向かう。次はもっと深く、もっと速く、もっと絶望的な死地へと。
俺を殺すための無謀な突撃は、まだ始まったばかりだ。
最後までお読みいただきありがとうございます。
最近戦闘シーンを書いていなかったので、ただただ「泥臭い死闘」と「痛みを伴う戦闘」が書きたくて始めました。
高尚なテーマやメッセージ性はありません。死にたがりの男と、後ろから勝手についてきて全回復させてしまう少女。このバグった二人が限界の死線でどんな最適解を弾き出すのか、作者自身もシミュレーションを回すような感覚で書いています。
チートのない血みどろの戦闘がお好きな方は、この先もお付き合いいただけますと幸いです。




