【25】
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
それでは、本編をお楽しみください!
第三層へ続く階段を下りきった瞬間、俺とリナは同時に息を呑んだ。
「……なんだ、ここは」
「空気が、今までと全然違います……っ」
第二層までに充満していた、獣の生臭い体臭や、むせ返るような血の匂いが一切ない。
異常なほどの『静寂』と、肌を刺すような『冷気』。
まるで巨大な墓所に迷い込んだかのように、シンと静まり返った暗闇の空間が広がっていた。
俺の全身の産毛が総毛立つ。
危険だ。これまでの獣や虫ケラとは次元が違う。生存本能が焼き切れているはずの俺の脳髄が、ビビリと警鐘を鳴らした。
カシャッ……、ズリッ……。
暗闇の奥から、規則的な音が響いてくる。
硬い金属が擦れる音と、何か重いものを地面に引きずる音。
やがて、松明の微かな光が届く範囲に姿を現した『それ』を見て、俺は思わず歓喜の笑みを深くした。
「……獣の次は、幽霊騎士様のお出ましってわけか」
そこに立っていたのは、ボロボロに朽ち果てた漆黒の重甲冑を纏った『人型』の異形だった。
兜の奥には実体がなく、青白い燐光だけが二つの眼のように揺らめいている。右の腕には、俺の身の丈ほどもある巨大で無骨な大剣が握られ、その切先が冷たい岩の床を擦っていた。
『死霊騎士』。
いや、ただのアンデッドではない。放たれるプレッシャーが異常だ。
「リナ。絶対に俺の背中から出るなよ。……アレは、ヤバい」
「は、はい……っ」
大剣を引きずる死霊騎士は、俺たちの姿を視認しても、第一層や第二層の獣たちのように雄叫びを上げて突進してくることはなかった。
ただ静かに、俺との距離を測るように、一歩、また一歩と無駄のない足取りで間合いを詰めてくる。
(……隙がない)
俺は舌打ちした。
獣の突進なら、その暴力的なエネルギーを利用してカウンターを叩き込める。
だが、目の前の騎士の歩みには、一切の『力み』も『殺意の揺らぎ』もない。ただ純粋に、最適なタイミングで俺の首を刎ねるためだけの、極限まで洗練された武術の歩法。
「なら……こっちから行くぞ!!」
俺は待ちきれず、自ら地面を蹴って死霊騎士の懐へと飛び込んだ。
狙うのは、兜と胴当ての隙間――首の関節部分。
俺の極限まで最適化された身体が弾き出した、最短最速の必殺の一撃。安い鉄剣が、空気を裂いて騎士の首筋へ吸い込まれる。
――ガギィィィィンッ!!!
「なっ……!?」
火花が散った。
俺の剣は、死霊騎士の首に届く数ミリ手前で『ピタリと』止められていた。
振り回すのに数秒はかかるはずのあの巨大な大剣が、いつの間にか俺の剣の軌道上に差し込まれ、完璧な角度で防御の盾となっていたのだ。
力任せの防御ではない。俺の剣の威力を完全に殺す、理にかなった剣術。
(コイツ……俺の最速のカウンターに、反射で対応しやがった……!)
驚愕する俺の眼前で、兜の奥の青白い燐光がスッと細められたように見えた。
直後。
防いだ大剣がそのまま滑るように軌道を変え、下段から俺の胴体を両断せんと、音を置き去りにした超高速の斬撃となって跳ね上がってきた。
「チィッ!!」
俺は強引に身体を捻り、背後のリナを庇いながら後方へと跳躍する。
しかし、完全に躱しきることはできなかった。
ザシュッ!!
「ぐ、ぅあっ……!」
胸当てごと、俺の胸から腹にかけての肉が浅く斬り裂かれた。
血が吹き出し、俺は数歩後退して体勢を崩す。
「ヒールッ!!」
即座に背後からリナの治癒魔法が飛び、裂けた肉が瞬時に塞がっていく。
だが、俺の心臓は狂ったように早鐘を打っていた。
「……ああっ、ははっ……! 最高だ……!」
第一層、第二層の魔物たちは、どれだけ力が強くても、速くても、結局は「獣」の域を出なかった。だから俺のオーバースペックな反射能力が完全に上回ってしまった。
だが、こいつは違う。
生前、どれほどの修羅場を潜り抜けてきた剣士の成れの果てか。
コイツの身体には、俺と同じ……いや、俺以上に洗練された『死合いの最適解』が刻み込まれている。
力と速さではなく、『技術』と『知略』で俺を殺しにきているのだ。
「……さあ、殺し合おうぜ。俺とどっちが、本物の化け物か」
完全に治癒された身体を低く沈め、俺は血に濡れた剣を再び正眼に構えた。
死霊騎士もまた、巨大な大剣を軽々と持ち上げ、一切の隙がない構えでこちらへと切先を向ける。
第三層。
そこは、同じように死線を越え続けた『極限の剣士同士』が殺し合う、狂気の決闘場だった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
最近戦闘シーンを書いていなかったので、ただただ「泥臭い死闘」と「痛みを伴う戦闘」が書きたくて始めました。
高尚なテーマやメッセージ性はありません。死にたがりの男と、後ろから勝手についてきて全回復させてしまう少女。このバグった二人が限界の死線でどんな最適解を弾き出すのか、作者自身もシミュレーションを回すような感覚で書いています。
チートのない血みどろの戦闘がお好きな方は、この先もお付き合いいただけますと幸いです。




