【24】
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
それでは、本編をお楽しみください!
第三層へ挑む、前日の夕暮れ。
日課となった第二層での「死ねない散歩」を終えた俺たちは、換金のために冒険者ギルドへと足を運んだ。
ギィィ……と、重い木の扉を押し開ける。
その瞬間、活気に満ちていたギルド内の喧騒が、まるで水を打ったようにピタリと止まった。
以前なら、ここから下品な野次が飛んできたはずだ。
『おっ、最弱様のお帰りだ!』『今日はどこのどぶ泥をすすってきたんだ?』といった、心無い嘲笑の嵐。
しかし――今のギルドには、俺たちをなじる声はひとつも響かなかった。
それどころか、俺たちが受付へ向かって歩き出すと、通路にたむろしていた屈強な冒険者たちが、まるで恐ろしい魔物を避けるかのように、サッと自然に道をあけたのだ。
周囲から漏れ聞こえてくるのは、嘲笑ではなく、畏怖と驚愕の入り混じったヒソヒソ声だった。
「……おい、見ろよ。あの最弱剣士、今日も無傷だぞ」
「冗談だろ……。第二層の奥地から帰ってきて、鎧に掠り傷ひとつねえって、どうなってんだよ」
「たったふたりで、連日タイラントベアとアサシンマンティスを乱獲してるって噂、マジだったんだな……」
彼らがそう囁くのも無理はない。
かつては毎日ボロ雑巾のように血まみれになって帰還し、今にも死にそうだった男が、最近は全くの無傷でケロッとした顔をして帰ってくるようになったのだ。
しかも、その後ろには、かつて「役立たず」とギルドからつまみ出された魔法使いの少女が、平然とした顔で付き従っている。
俺の背中を歩くリナは、周囲の冒険者たちから向けられる無数の視線を浴びても、もう微塵も怯えてはいなかった。
「受付のお姉さん、今日の分の換金をお願いします。タイラントベアの魔石が四つと、アサシンマンティスの魔石が六つです。あと、素材も少し」
リナがカウンターにドンッ!と重い麻袋を置くと、中からゴロゴロと、普通なら上位パーティーが命がけで手に入れるような巨大で上質な魔石が転がり出た。
「ひっ……! は、はいっ! ただいま査定いたします……っ!」
受付嬢が引きつった笑顔で、震える手で魔石を受け取る。
そのやり取りを遠巻きに見ていた冒険者たちの間で、再びゴクリと息を呑む音が響いた。
「あんな極上の魔石を、毎日……」
「あの嬢ちゃんもすげえよ。戦場じゃ使い物にならない案山子だって聞いてたが……あんな涼しい顔して、あのバケモノ剣士のサポートをこなしてるなんてよ」
「もう『最弱』なんて呼べねえな……。あいつら、うちのギルドで一番の化け物ペアだぞ」
かつて俺たちを見下し、嘲笑っていた連中が、今や俺たちの実力を完全に認め、完全に恐れおののいている。
ギルド内のヒエラルキーは、この十数日で完全にひっくり返ってしまったのだ。
「……居心地が悪いな」
俺は腕を組みながら、ポツリとこぼした。
名声なんて欲しくなかった。誰かに認められたいわけでも、英雄になりたいわけでもない。俺はただ、惨めな自分を殺してくれる、極上の死刑台を探しているだけなのに。
強くなればなるほど、周囲は俺を称賛し、畏怖の目を向けてくる。それがひどく滑稽で、無性に苛立った。
「はい、今日の報酬です。受け取ってください」
換金を終えたリナが、ずっしりと重い革袋を揺らしながら戻ってきた。
彼女の顔には、かつてギルドの片隅で膝を抱えていた頃の暗い影は一切ない。自分を「足手まとい」と見捨てた連中の前を、胸を張って堂々と歩いている。
「……随分と偉そうになったな、お前」
「偉そうになんてしてませんよ。ただ、もう誰の目も気にならなくなっただけです」
リナはふわりと微笑み、ギルド内の冒険者たちをぐるりと見渡した。
「だって、ここにいる誰よりも、目の前にいる死にたがりのおバカさんのお世話をする方が、ずっと大変で、ずっとやり甲斐がありますから」
「……嫌味か」
「事実です。さあ、宿に戻ってしっかり休んでください。明日は……」
リナはそこで言葉を区切り、俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「明日は、いよいよ第三層ですからね。しっかり英気を養っておかないと、未知の領域じゃ、本当に死んじゃうかもしれませんよ?」
「……フッ。言ってくれるじゃないか」
俺の口角が自然と吊り上がった。
そうだ。周囲の評価なんてどうでもいい。俺が求めているのは、明日足を踏み入れる『第三層』の圧倒的な死の気配だけだ。
「せいぜい俺の邪魔をして、極上の死線を味わわせてくれよ、最高の重り」
「ですから、重りって呼ぶのはやめてくださいってば」
俺たちは周囲の畏怖と沈黙を背に受けながら、肩を並べて冒険者ギルドの扉を後にした。
もう、誰ひとりとして俺たちを嘲笑う者はいない。
明日、最弱と呼ばれたふたりは、誰も生還したことのない未知の深淵――第三層へと挑む。
最後までお読みいただきありがとうございます。
最近戦闘シーンを書いていなかったので、ただただ「泥臭い死闘」と「痛みを伴う戦闘」が書きたくて始めました。
高尚なテーマやメッセージ性はありません。死にたがりの男と、後ろから勝手についてきて全回復させてしまう少女。このバグった二人が限界の死線でどんな最適解を弾き出すのか、作者自身もシミュレーションを回すような感覚で書いています。
チートのない血みどろの戦闘がお好きな方は、この先もお付き合いいただけますと幸いです。




