【23】
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
それでは、本編をお楽しみください!
「ガァァァァァァァァッ!!」
第二層の暗がりから、岩盤を揺らすようなタイラントベアの咆哮が響き渡る。
同時に、頭上の鍾乳石の影からアサシンマンティスが音もなく落下し、凶悪な大鎌を振りかざしてきた。
巨躯と超高速による、第二層名物の死の挟撃。
「おいリナ! 来たぞ化け物だ! 食い殺されるぞ!」
俺は背後のリナに向かって、少しばかり期待を込めて叫んだ。
さあ、怯えろ。パニックになって俺の足にすがりつき、この連携攻撃のど真ん中で俺に致命的な隙を作ってくれ。
しかし。
「あ、上から蟷螂ですね。じゃあ、わたしは熊の突進の射線から外れて、あの岩の裏に隠れます。死なない程度に頑張ってくださいね」
リナは全く表情を変えることなく淡々と状況を分析すると、俺の背後からスッと離れ、両者の攻撃が絶対に届かない岩の陰へと、驚くほど無駄のない足取りで移動してしまった。
「お前っ、少しは悲鳴くらい上げろよ!?」
「そんなことしてる暇があったら、さっさと避けてください。あ、わざと受けるなら急所は外してくださいね、治癒に魔力を使うので」
岩の陰からひょっこりと顔を出したリナが、ため息混じりに注意を促してくる。
そのあまりに冷静な態度に毒気を抜かれながら、俺は舌打ちをして突進してくる巨熊の懐へと飛び込んだ。
――ズパァァァンッ!!
あえて回避を半歩遅らせ、巨熊の爪を左脇腹に薄く受けながら、カウンターでその首を刎ねる。
続いて降ってきた蟷螂の大鎌を右肩にわざと突き立てさせ、その至近距離から胴体を両断した。
「ハッ、どうだ! 脇腹と右肩をやられたぞ! これは放っておけば出血多量で――」
「はいはい、『ヒール』」
「……」
俺が死の気配を堪能して笑みを浮かべたのも束の間。
岩陰から顔を出したリナの杖の先から放たれた眩い光が、俺の身体を一瞬で包み込んだ。
肉が裂ける痛みも、生温かい血の感触も、わずか数秒で完全に消え去り、跡には傷跡ひとつ残らない滑らかな皮膚が戻っていた。
「……あのな、リナ。俺は痛みを味わいながらジワジワと死の淵に向かいたいんだよ」
「服が血で汚れて不衛生です。それに、雑魚の攻撃でチマチマ傷を負うなんて、あなたの目的に反してるんじゃないですか?」
「ぐっ……」
正論で殴られ、俺は言葉に詰まった。
* * *
そんな調子で、俺たちは数日間、第二層の探索を続けた。
結果から言うと、この恐るべき死の領域は、俺たちにとって『リスクゼロの散歩道』と化してしまっていた。
以前の彼女なら、魔物の咆哮だけでパニックになり、俺の足を引っ張って極上のハンデになってくれた。
だが、今の彼女は完全に戦場の空気に適応していた。
俺という常軌を逸した「盾」が絶対に敵を殲滅するという安心感が、彼女から一切の恐怖を奪い去ってしまったのだ。
敵が群れで現れても、彼女は冷静に戦況を見極め、絶対に俺の剣の邪魔にならない死角へとスピーディに位置取る。
そして、俺が強引に被弾して傷を負っても、戦闘中だろうがお構いなしに的確なタイミングで強力な『ヒール』を飛ばしてくる。
連戦に次ぐ連戦。
巨熊と蟷螂の群れを相手に、わざと囲まれて血まみれになってみたりもした。
だが、ダメなのだ。
彼女の治癒魔法の詠唱速度と回復量が、俺の受けるダメージを完全に上回っている。
「……あーあ。今日もかすり傷ひとつ残らなかった」
第二層の広場で、山のように積まれたタイラントベアとアサシンマンティスの死骸の上に腰掛けながら、俺は深い深い溜め息を吐いた。
「お疲れ様です。お水、飲みますか?」
「……おう」
血の海の中で、リナが水筒を差し出してくる。その手はもう微塵も震えていないし、顔色も悪くない。完全にピクニック気分である。
俺の身体はオーバースペックすぎて、本来なら無傷で敵を全滅させてしまう。
そこにリナの『完璧な治癒魔法』という安全網まで加わってしまった。
この二つが組み合わさった結果、俺は文字通りの『不沈艦』になってしまったのだ。生傷が増えるどころか、疲労すら回復魔法で癒やされてしまう始末。
「なあ、リナ」
「なんですか?」
「お前、本当に最高のサポート役になったな」
「……えっ」
不意に褒められ、リナは目を丸くして少しだけ頬を染めた。
だが、俺は心底絶望したような、恨めしい声でそれに続けた。
「おかげで、俺の死への道が完全に閉ざされちまった。お前みたいな優秀なヒーラーが後ろにいたら、第二層の化け物が百匹束になってきても、俺は絶対に死ねない」
「……もう。本当に、あなたはそればっかりですね」
呆れたように言いながらも、リナの口元には小さな笑みが浮かんでいた。
戦場で動けなかった最弱の魔法使いは、今やこの中級ダンジョンの深層で、一番の強者のような顔をして笑っている。
「第二層じゃ、もうどう足掻いてもリスクはゼロだ。……行くしかないな」
俺は水筒を返し、ゆっくりと立ち上がった。
視線の先にあるのは、冷たく淀んだ空気を吐き出している、さらなる深淵。
まだ一度も足を踏み入れたことのない、『第三層』への入り口だ。
「……第三層。冒険者ギルドの記録でも、生還者が数えるほどしかいないっていう、本当の未知の領域ですね」
リナも俺の視線を追い、ごくりと息を呑んだ。
さすがの彼女も、未知の深層に対しては少しだけ緊張を取り戻したようだ。
「ここから先は、俺の身体でも対応しきれるかわからない。お前のヒールが間に合わずに、俺が即死する可能性も十分にある」
「させませんよ」
俺の脅し文句を、リナは即座に、きっぱりとした声で切り捨てた。
「あなたがどれだけ死にたがっても、わたしが絶対に治癒します。わたしの魔法が届く場所で、あなたを殺させたりなんてしませんから」
その目は、俺の狂気すらも正面から受け止めるような、強い光を放っていた。
「……言ったな。なら、俺はお前のその治癒魔法すら追いつかないような、圧倒的な死地を探して突っ込むだけだ」
「望むところです。おバカな死にたがり剣士さん」
俺は歪な笑みを浮かべ、リナは挑発するようにふふっと微笑んだ。
最弱にして最強の不沈艦となったふたりは、互いの目的を真っ向から衝突させながら、いよいよ未踏の死地である第三層へと足を踏み入れた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
最近戦闘シーンを書いていなかったので、ただただ「泥臭い死闘」と「痛みを伴う戦闘」が書きたくて始めました。
高尚なテーマやメッセージ性はありません。死にたがりの男と、後ろから勝手についてきて全回復させてしまう少女。このバグった二人が限界の死線でどんな最適解を弾き出すのか、作者自身もシミュレーションを回すような感覚で書いています。
チートのない血みどろの戦闘がお好きな方は、この先もお付き合いいただけますと幸いです。




