【22】
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
それでは、本編をお楽しみください!
それから、俺が『最高の重り』としてリナをダンジョンへ連れ回す奇妙な日々が始まった。
最初の数日間は、それはもう酷い有様だった。
洞窟の入り口で泣き喚く彼女の首根っこを掴んで引きずり込み、魔物の影が見えるたびに悲鳴を上げて俺の背中にしがみつく。俺はその度に「いいぞ、もっと邪魔をしろ!」と歓喜しながら、彼女を庇って不自然な被弾を繰り返し、血まみれになっては彼女に泣きながら治癒されるという、狂気としか思えないサイクルを繰り返していた。
だが――人間の『慣れ』というものは、時としてトラウマすらも凌駕するらしい。
十日が経った現在。
薄暗い第一層の通路で、俺たちの前方に三頭のブラッドウルフが姿を現した。
『グルルルゥッ……!』
牙を剥き出しにして唸る獣たち。以前の彼女なら、ここで腰を抜かしてパニックに陥り、俺に極上の隙を与えてくれたはずだ。
俺は期待に胸を膨らませ、背後にいる彼女をチラリと振り返った。
さあ、泣き叫べ。俺のマントを引っ張って、回避行動を邪魔してくれ。
しかし。
「あ、ブラッドウルフですね。右から飛びかかってくると思うので、わざと噛まれないでくださいね」
リナは無表情のまま、スッと俺の背中から半歩横にズレて、全く邪魔にならない絶妙な位置に陣取った。
その手には杖が握られているが、震えは一切ない。それどころか、あらかじめ治癒魔法の詠唱を半分終わらせてスタンバイするほどの余裕すら見せている。
「お前っ……なんで離れるんだよ! もっとしがみついて、俺の動きを制限しろ!」
「しませんよ。どうせわたしを庇うフリして、自分から首を差し出すつもりでしょう? そんな浅知恵、もう見飽きました」
「チィッ……!」
舌打ちしながら、俺は仕方なく前を向き、飛びかかってきたブラッドウルフ三頭を流れるような剣捌きで瞬殺した。
もちろん、かすり傷ひとつ負っていない。無傷だ。
「ほら、やっぱり普通に戦えば一瞬じゃないですか」
「うるせえ。お前がマトモに動けるようになったせいで、全然俺の重りになってないだろうが」
「誰が重りですか」
リナは呆れたようにため息をつきながら、転がった魔石を手際よく拾い集めていく。
血の匂いにも、魔物の死骸にも、彼女はすっかり怯えなくなっていた。
彼女がトラウマを克服した理由は、至極単純だ。
『魔物への恐怖』よりも、『わざと致命傷を負おうとする狂人(俺)への呆れとツッコミ』が完全に上回ってしまったからである。
「本当に、最初の頃のわたしはどうかしてました。あんな雑魚魔物に怯えて、あなたみたいな死にたがりのおバカさんに同情して泣いていたなんて」
「俺はお前がパニックを起こして泣き叫ぶ姿が好きだったんだ。あの頃のお前を返してくれ」
「最悪な性癖をカミングアウトしないでください」
軽口を叩き合いながら、俺は血振るいをして剣を鞘に収めた。
リナがこの環境に慣れてしまったことで、彼女を足手まといにして無理やり致命傷を負うという俺の作戦は、完全に崩壊してしまった。
彼女が冷静に立ち回り、俺の邪魔をしなくなった以上、俺のオーバースペックな身体はまたしても『第一層では絶対に傷を負えない』無敵状態へと戻ってしまったのだ。
「……なぁ、リナ」
「なんですか?」
「お前がすっかり逞しくなっちまったせいで、ここはもう、退屈な散歩道になっちまった」
俺がそうこぼしながら、洞窟のさらに奥――第二層へと続く真っ暗な下り階段へと視線を向けると、リナの手がピタリと止まった。
「……もう、第一層じゃ、あなたはかすり傷も負えないんですよね」
彼女の声音から、先程までの呆れたような明るさが消えていた。
第二層。
俺がかつて、巨大な熊と蟷螂の化け物を相手に死闘を繰り広げ(最終的には無傷で勝ってしまったが)、彼女がギルドで絶望的な待ちぼうけを食らった、あの理不尽な死の領域。
彼女もわかっているのだ。
俺が死を求めている以上、第一層の安全圏にいつまでも留まることなどあり得ないということを。
「……怖くないと言えば、嘘になります」
リナはぎゅっと杖を握り直し、下り階段から吹き上がってくる冷たく生臭い風を正面から見据えた。
「でも、十日前みたいに、入り口で腰を抜かすような真似はもうしません。あなたがもっと深い場所で、本当の無茶をするつもりなら……わたしは、そこについて行くだけです」
その横顔には、かつての『最弱の魔法使い』の面影はもうなかった。
狂人につき合わされ続けたことで、彼女の心には太くてしなやかな芯が通っていた。
「……フッ、頼もしい重りだ」
「だから重りって言わないでください」
俺は歪な笑みを浮かべ、リナは少しだけ不満そうに唇を尖らせる。
俺たちは並んで、より深く、より絶望的な死が待つ第二層への階段へと、ゆっくりと足を踏み出した。
最後までお読みいただきありがとうございます。
最近戦闘シーンを書いていなかったので、ただただ「泥臭い死闘」と「痛みを伴う戦闘」が書きたくて始めました。
高尚なテーマやメッセージ性はありません。死にたがりの男と、後ろから勝手についてきて全回復させてしまう少女。このバグった二人が限界の死線でどんな最適解を弾き出すのか、作者自身もシミュレーションを回すような感覚で書いています。
チートのない血みどろの戦闘がお好きな方は、この先もお付き合いいただけますと幸いです。




