【21】
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
それでは、本編をお楽しみください!
第一層を徘徊する『ブラッドウルフ』の群れ。
かつては俺を殺しかけた因縁の相手だが、今の俺からすれば、もはや欠伸が出るほど単調で退屈な動く的でしかない。
『グルルルゥッ!』
三頭のウルフが同時に襲いかかってくる。
俺は剣を構えることすらなく、身体が自動的に弾き出す『最適解』に従って、最小限の動きで二頭の首を連続で刎ね飛ばした。
無傷。そして瞬殺。残る一頭も、すれ違いざまに心臓を貫いて終わり――のはずだった。
だが、その時。
背後でマントを掴んでいたリナが、飛び散る魔物の血にパニックを起こし、思わず俺から手を離して後ずさってしまったのだ。
「ひゃっ……!」
その僅かな隙を、残った最後の一頭が見逃さなかった。
強すぎる俺への攻撃を諦め、無防備で震え上がっている『弱き者』――リナへと標的を変え、一直線に跳躍したのである。
「……あ」
リナは完全に腰を抜かし、へたり込んだまま硬直していた。
戦場でのトラウマが彼女の身体を縛り付け、防御魔法はおろか、逃げることすら許さない。
無慈悲な獣の牙が、彼女の細い喉笛に迫る。
(……チッ!!)
俺は舌打ちと共に、強引に床を蹴った。
今の俺の身体は、敵の攻撃を『回避』し、『反撃』するように完璧に最適化されている。
だが、それではダメだ。俺が回避してしまえば、後ろにいる彼女が死ぬ。
彼女を殺させるわけにはいかない。
俺は己の生存本能と、強くなりすぎた身体の反射能力を強引に押さえ込み、リナを庇うように彼女の目の前へと覆い被さった。
ガブゥッ!!!
「ぐ、ぁ……ッ!!」
鈍い痛みと共に、ブラッドウルフの鋭い牙が、俺の右肩から背中にかけての肉に深々と食い込んだ。
熱い血が噴き出し、俺の口から苦悶の声が漏れる。
俺はそのまま魔物の身体を強引に引き剥がし、至近距離から鉄剣を突き立てて絶命させた。
「ハァッ……ハァッ……」
ドサリと魔物が倒れる音。
右肩からポタポタと夥しい血を流す俺を見て、我に返ったリナが悲鳴のような声を上げた。
「あ、あああっ……! ごめんなさい、ごめんなさいっ! 『ヒール』!!」
彼女は半狂乱になりながら両手をかざし、俺の肩に治癒魔法を注ぎ込み始めた。
「わたし、やっぱり足手まといです……っ! わたしが余計な動きをしたせいで、あなたがこんな……っ!」
ボロボロと大粒の涙をこぼし、自己嫌悪に押し潰されそうになりながら謝罪を繰り返すリナ。
だが――。
治癒の光を浴びながら、俺は自分の肩の傷口を見て、歓喜に打ち震えていた。
(……怪我を、した)
ただのブラッドウルフだぞ。今の俺なら、目を瞑っていても無傷で皆殺しにできるはずの、最弱の雑魚だ。
それが今、俺の肉を深く裂き、確かな『死の気配』と激痛を俺に与えてくれた。
なぜか?
彼女を庇ったからだ。
『自分は躱せるが、後ろの彼女を守るためには躱せない』という状況が、俺の身体に染み付いた忌まわしい回避能力(最適解)を強制的に封じ込めたのだ。
「……は、ははっ……!」
俺の口から、堪えきれない笑い声が漏れた。
足手まとい? 冗談じゃない。逆だ。
俺ひとりで突っ込めば、どんな強敵も無傷で倒してしまう、この呪われた身体。
しかし彼女が背後にいるだけで、俺は『回避』という選択肢を奪われる。彼女という存在が強烈な枷となり、なんの脅威でもなくなったはずの第一層の雑魚魔物ですら、俺を死の淵へと追いやってくれる極上の死刑執行人に早変わりするのだ。
「あ、あの……?」
急に笑い出した俺を見て、リナがおずおずと涙声で尋ねてくる。
傷が完全に塞がったのを確認し、俺は振り返って彼女の細い肩をガシッと掴んだ。
「リナ。お前、自分が足手まといだって言ったな」
「ひぐっ……は、はい。やっぱりわたし、同行なんて……」
「馬鹿野郎。最高じゃないか」
「……え?」
「お前がいれば、俺はただの雑魚相手にも致命傷を負える。しかも、お前はその後すぐに俺を治癒できる。つまり、永遠に極限の死線を味わい続けることができるってことだ」
狂気に満ちた俺の理屈に、リナは目を白黒させて固まっていた。
だが、俺の心はかつてないほど晴れやかだった。
「お前は足手まといなんかじゃない。俺を殺してくれるための、最高の重りだ」
「お、重り……? それ、褒めてるんですか……?」
「明日からも絶対に俺の背中から離れるなよ。お前を連れて行く理由が、完璧にできた」
俺がニヤリと笑って言い放つと、リナはポカンと口を開けた後、呆れたような、それでいて少しだけ嬉しそうな、複雑な表情で「……本当におバカなんですね」と小さく呟いた。
こうして、俺は『自分を死地に追いやるための最高のハンデ』として、恐怖で震える最弱の魔法使いを連れて歩くことに、かつてないほど前向きになったのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
最近戦闘シーンを書いていなかったので、ただただ「泥臭い死闘」と「痛みを伴う戦闘」が書きたくて始めました。
高尚なテーマやメッセージ性はありません。死にたがりの男と、後ろから勝手についてきて全回復させてしまう少女。このバグった二人が限界の死線でどんな最適解を弾き出すのか、作者自身もシミュレーションを回すような感覚で書いています。
チートのない血みどろの戦闘がお好きな方は、この先もお付き合いいただけますと幸いです。




