【18】
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
それでは、本編をお楽しみください!
さらに翌日。俺は昨日と同じ『黒鳴の洞穴』第二層に足を踏み入れ、躊躇うことなくさらに深い奥地へと歩を進めていた。
昨日、タイラントベアとアサシンマンティスのコンビを無傷で屠ってしまった事実が、俺の心を重く沈ませていた。
あの二体を相手にしても致命傷を負えないのなら、もはや単体や二体程度の遭遇では意味がない。もっと数がいる。四方八方から逃げ場のない暴力が降り注ぐ、完全なる死の空間が必要だった。
冷たい闇の底を歩き続けること数時間。
開けた大広間のような洞窟に出た瞬間、俺を囲むように四つの巨大な殺意が立ち上がった。
地響きを鳴らす二頭の『タイラントベア』。
天井と壁に張り付き、凶刃を研ぐ二匹の『アサシンマンティス』。
計四体。
本来なら、この階層の主クラスとして君臨していてもおかしくない布陣だ。巨獣の圧倒的な質量による蹂躙と、死角からの超高速斬撃が同時に襲いかかってくる、正真正銘の処刑場。
「……ああっ、最高だ。これならいける」
歓喜の震えが全身を駆け抜けた。
二体でダメなら四体だ。どれだけ俺の身体がオーバースペックに順応してしまおうと、前後左右、上下からの完全な同時攻撃から無傷で逃れられる道理がない。
俺は剣をだらりと下げたまま、歓喜の笑みを浮かべてその死の狂宴の中心へと歩み出た。
『ガァァァァァァッ!!』
『ギィィィィィィッ!!』
四体の魔物が、一斉に俺という矮小な獲物へ向かって殺到する。
正面と背後から迫る、タイラントベアの岩山のような突進。
左右の死角から音もなく首を刈り取りにくる、アサシンマンティスの大鎌。
四つの致命的な攻撃ベクトルが、俺の立つ一点で完璧に交差する。
これだ。これが欲しかった。俺は一切の抵抗を放棄し、四方から迫る死の刃に向かって両手を広げた。
――だが。
(……なんで、止まって見えるんだよ)
またしても、俺の絶望は全く別の形で裏切られることになった。
極限状態を幾度も経験し、限界を突破し続けてしまった俺の脳髄は、四体同時の超高速戦闘すらも『処理可能な情報』として認識してしまっていたのだ。
右からの大鎌、左からの大鎌、前後からの巨熊の突進。
俺を殺すための四つの攻撃の軌道が、コンマ一秒のズレもなく完璧に重なり合う、その『中心点』。
皮肉なことに、俺が死ぬために選んだその場所は、魔物たち自身の攻撃が互いに干渉し合う特異点だった。
「……くそっ」
俺は死にたいのに。このまま身体を両断され、すり潰されたいのに。
生存本能を焼き切ったことで完全に最適化されてしまった俺の身体は、意識とは無関係に、四つの攻撃が衝突する直前の『僅かな隙間』へと、水のように滑り込んでいた。
ガァンッ!!
俺の頭上で、左右から迫っていたアサシンマンティスの大鎌同士が激しく衝突し、火花を散らした。
俺を両断するはずだった刃は、俺がほんの数センチ身を沈めたことによって互いの武器を弾き合い、二匹の蟷螂の体勢を大きく崩させた。
そこへ、前後からタイラントベアの突進が迫る。
蟷螂たちが邪魔になり、巨熊たちの突進の速度がほんの一瞬、無意識に緩んだ。
俺の身体は、その綻びを見逃さなかった。
右手に握った鉄剣が、まるで意思を持っているかのように跳ね上がる。
体勢を崩した右の蟷螂の首を刎ね飛ばし、その勢いのまま手首を返し、左の蟷螂の薄い胸殻を貫き通す。
「死ねよ、俺を殺せって言ってんだろ……っ!」
半ば泣き叫ぶような声と共に、俺は蟷螂の死骸を蹴り台にして宙へ跳んだ。
前後から激突しようとしていた二頭のタイラントベアの、その巨大な頭上の空間へ。
巨獣たちは急に視界から消えた獲物を追い、見上げるように首を上げた。
その無防備な二つの喉笛へ向かって、落下しながら俺の剣が閃く。
ズシュルッ、ザァンッ!
一撃目は右の巨熊の喉を深々と抉り、引き抜く反動を利用した二撃目が、左の巨熊の頸動脈を正確に切断していた。
ズズゥゥンッ……!!
地響きと共に、四つの巨大な肉塊が次々と地に伏し、二度と動かなくなる。
静寂が戻った大広間。
広がる血の池の中心に、俺は一人で立ち尽くしていた。
「……ハァッ、ハァッ……ははっ……」
鉄剣からポタポタと魔物の血が滴り落ちる。
俺の身体には、またしても掠り傷ひとつついていなかった。
四体同時の包囲攻撃。絶対的な死の空間に身を投げ出した結果、俺の身体は敵の攻撃を利用して同士討ちを誘い、すべての隙を突いて完璧なカウンターを決めてしまったのだ。
「もう……四体でも、ダメなのか……」
もはや、第二層の魔物では群れを成そうが俺を殺せない。
これ以上この階層で足掻いても、身体が『無傷で勝つ方法』を反復練習するだけだ。
俺の足は、迷うことなくさらに深い闇へと続く、第三層への階段へと向かっていた。
* * *
彼が第三層へと足を踏み入れたその頃。
黒鳴の洞穴の入り口には、身の丈に合わない大きな杖を握り締めたリナの姿があった。
「……はぁっ、はぁっ……」
暗く冷たい洞窟の風が吹き抜けるだけで、足がすくみ、心臓が早鐘のように鳴り響く。
魔物の咆哮が聞こえただけで、逃げ出したくなるほどの恐怖が全身を縛り付ける。
戦場に出れば魔法が使えなくなる、最弱の魔法使い。
そんな自分がダンジョンに入れば、あっという間に魔物の餌食になることは誰よりも理解している。
けれど。
昨日、無傷で帰還し「もっと下へ行く」と絶望したように呟いた彼の顔が、脳裏に焼き付いて離れなかった。
(あの人は、きっと今日、もっと無茶をする……っ)
ギルドで待っているだけでは、もう二度とあの薄暗いテーブルで彼に治癒魔法をかけることはできないかもしれない。
彼が求めているのは死だ。彼の実力がどれほど人間離れしていようと、彼自身が死を望んで深淵へと進み続ける限り、いつか必ずその願いは最悪の形で叶ってしまう。
「……行かなきゃ。あたしが、助けるんだ……!」
ガチガチと鳴る歯を食いしばり、リナは一歩、暗闇の中へと足を踏み出した。
彼と並んで戦うことなんてできない。
彼を守る盾になることもできない。
でも、彼が致命傷を負って倒れたその瞬間、誰よりも早く駆け寄って治癒魔法をかけることならできる。
そのために、恐怖で動かなくなる心と身体を、強引に引き摺ってでも前に進むのだ。
最弱の剣士が残した微かな血の匂いと足跡を頼りに、最弱の少女は一人、死の領域へと歩み始めた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
最近戦闘シーンを書いていなかったので、ただただ「泥臭い死闘」と「痛みを伴う戦闘」が書きたくて始めました。
高尚なテーマやメッセージ性はありません。死にたがりの男と、後ろから勝手についてきて全回復させてしまう少女。このバグった二人が限界の死線でどんな最適解を弾き出すのか、作者自身もシミュレーションを回すような感覚で書いています。
チートのない血みどろの戦闘がお好きな方は、この先もお付き合いいただけますと幸いです。




