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【17】

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

それでは、本編をお楽しみください!


翌日。俺は再び、薄暗い『黒鳴の洞穴』の第二層に立っていた。

冷たい闇の奥から姿を現したのは、昨日と同じ異形のペア――巨躯を誇る『タイラントベア』と、深緑の死神『アサシンマンティス』だった。


「……ああっ、いいぞ。またお前らか」


俺の口元が自然と歪む。

昨日、俺の左肩を食い破り、肋骨を何本もへし折った暴力の化身たち。あの圧倒的な死の暴風の中なら、今度こそ俺は確実に『致命傷』を受け、この無価値な命を終わらせることができるはずだ。


「さあ、殺せ!!」


歓喜に満ちた叫びと共に、俺は防御の構えすら取らず、自ら二体の魔物の中央へ向かって一直線に突っ込んだ。


ヒュンッ!

昨日と同じように、死角からアサシンマンティスの大鎌が俺の首を刈り取りにくる。

俺は躱さない。そのまま首を刎ね飛ばされるために、あえて速度を上げた。

――しかし。


(……なんだ、これは)

俺の目に映ったその光景は、あまりにも残酷な『絶望』だった。

遅い。

信じられないほど、遅いのだ。


昨日、俺の左腕の肉を容易く削ぎ落としたあの超高速の凶刃が、まるで水中の泥を掻き分けるかのように、ひどく緩慢な動きに見えた。


俺の脳と身体は、昨日の瀕死の死闘を経て、すでにこの第二層の魔物たちの『速度』と『殺意のベクトル』を完全に学習し、順応しきってしまっていたのだ。


死のうと前に出ているのに、身体が勝手に『最適解』を弾き出す。

大鎌が首に届くコンマ一秒前、俺の足が勝手に半歩だけ軸をズラした。空を切る大鎌。その反動で無防備になった蟷螂の胸部へ向かって、俺の右腕は流れるように鉄剣を一閃していた。


「ギ、ェ……ッ!?」


緑色の体液を撒き散らし、真っ二つに両断されるアサシンマンティス。


「違う、俺は死にたいんだっ……!」


苛立ちと共に叫んだ直後、相方を殺されたタイラントベアが咆哮を上げ、岩盤を砕きながら突進してきた。昨日、俺を壁まで吹き飛ばし、死の淵まで追いやった圧倒的な質量の暴力。


俺は再び、その凶悪な顎(あぎと)へ向かって身を投げ出した。

今度こそ噛み砕かれろ。肉を裂け。俺を殺してくれ。

ガチンッ!!

重い音が響く。


だが、巨獣の牙は俺の肉を噛み砕いてはいなかった。

噛みつかれる直前、俺の身体がまたしても勝手に反応し、あろうことか『巨熊の下顎』を左手で強引にカチ上げ、噛み合わせを物理的にズラしてしまったのだ。


「ガ、ルァッ!?」


目を剥いて驚愕するタイラントベア。

その巨大な喉元が、俺の目の前で完全に無防備に晒されている。

そして、俺の右手に握られた鉄剣は、もはや考えるよりも早く、その柔らかい喉笛へ向かって必殺の突きを放っていた。

ズボォッ!!


「…………あーあ」


血の雨が降り注ぐ中、地響きを立てて倒れる巨獣を見下ろしながら、俺は虚ろな声で呟いた。

致命傷どころか、俺の身体にはかすり傷ひとつ増えていない。


死ぬためにすべてを捨てて突っ込んだ結果、俺は一切の無駄を省いた『完璧な回避とカウンター』を体現してしまい、たった数十秒で第二層の絶対的強者を無傷で屠ってしまったのだ。


「……ここでも、もう死ねないのかよ」


絶望だった。

極限の死線を越えるたび、俺の身体は『最弱』という殻を強制的にブチ破り、理不尽なまでの強者へと作り変えられていく。

これでは、いつまで経っても俺は死ねない。

俺は転がる二つの巨大な魔石を拾い上げ、深い深い溜め息を吐いた。


     * * *


一方、冒険者ギルドの片隅では、リナが両手で杖を握り締めながら、祈るように入り口の扉を見つめていた。


(今日も、あの怪我で帰ってくるんだ……。いや、もし帰ってこられなかったら……?)

不安で心臓が破裂しそうだった。

昨日、タイラントベアとアサシンマンティスの魔石を持ち帰った彼は、ギルド中の噂の的になっていた。


「あいつは何かヤバい薬でもキメてるんじゃないか」「高レベルの魔導具を拾ったに違いない」。


好き勝手な憶測が飛び交っているが、リナだけは知っている。

彼がどれほどボロボロになり、自らの命を削って戦っているかを。


「治癒の準備はできてる。魔力も万全。……絶対に、あたしが助けるんだから」


自分に言い聞かせるように呟いた、その時。

ギルドの重い扉が、ギィッと音を立てて開いた。

周囲の冒険者たちが一斉に息を呑み、沈黙が落ちる。

入り口に立っていたのは、返り血を浴びて赤黒く染まった彼だった。


「……っ!!」


リナは勢いよく立ち上がり、椅子を蹴倒す勢いで彼のもとへ駆け寄った。

昨日以上の怪我かもしれない。すぐにヒールをかけないと。


「大丈夫ですか!? すぐに横に……『ヒー、ル』……え?」


杖を放り出し、両手をかざそうとしたリナは、間近で彼の身体を見て固まった。

服はドロドロに血で汚れている。

だが、その血はすべて『魔物の血』だった。


左肩も、胸も、足も。服が破れている箇所から見える彼の肌には、小さなかすり傷はおろか、打撲の痕すらなかったのだ。


「……悪いな。今日は、お前の出番はないみたいだ」


どこか不機嫌そうに、ひどく落ち込んだような声で、彼はポツリと呟いた。

そして、昨日ギルドを震撼させたのと同じ、タイラントベアとアサシンマンティスの巨大な魔石を二つ、コトリとテーブルの上に置いた。


「え……? あ、傷、は……?」

「一発も貰えなかった。アイツら、昨日より随分と動きが鈍かったからな」

「動きが、鈍い……?」


リナは呆然とした。

そんなはずはない。魔物がいきなり弱くなることなどあり得ないのだ。

だとしたら、答えは一つしかない。


(この人……たった一日で、あの化け物たちを『無傷で』倒せるまで、強くなっちゃったの……?)

異常だった。彼の成長速度は、人間の枠を完全に超えている。

死を求めて狂ったように足掻く姿が、皮肉にも彼を誰も到達できない次元の強者へと引き上げているのだ。


「……これじゃあ、ダメだ。次は、もっと下へ行かないと」


彼がボソリと漏らしたその言葉に、リナの背筋が凍りついた。

もっと下。

それはつまり、彼が今度こそ本当に『戻ってこられない深層』まで行ってしまうことを意味していた。

無傷で帰ってきた彼を見て、安堵するどころか、リナの胸の中でかつてないほどの焦燥感が爆発した。


(待ってるだけじゃ、ダメだ……!)

彼が強くなればなるほど、彼はより深い死地を求めて遠くへ行ってしまう。

ギルドで待っているだけでは、いつか必ず、彼の手が届かない場所で死んでしまう。

恐怖で震えるリナの手が、ギュッと強く握り締められた。


彼が次の死地へ向かうなら。

――あたしも、そこへ行かなければ。

戦場に立てない最弱の魔法使いの少女の目に、初めて、恐怖を上回る明確な『決意』の炎が宿った瞬間だった。


最後までお読みいただきありがとうございます。


最近戦闘シーンを書いていなかったので、ただただ「泥臭い死闘」と「痛みを伴う戦闘」が書きたくて始めました。


高尚なテーマやメッセージ性はありません。死にたがりの男と、後ろから勝手についてきて全回復させてしまう少女。このバグった二人が限界の死線でどんな最適解を弾き出すのか、作者自身もシミュレーションを回すような感覚で書いています。


チートのない血みどろの戦闘がお好きな方は、この先もお付き合いいただけますと幸いです。

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