【16】
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
それでは、本編をお楽しみください!
あたしが震える声で尋ねた、その直後だった。
ガシャンッ! と、少し離れた席から木製のジョッキが床に落ちる大きな音が響いた。
「お、おい……嘘だろ……それ……」
ベテランと思われる体格の良い冒険者が、立ち上がったまま顔をひきつらせて、あたしたちのテーブル――正確には、そこに置かれた二つの巨大な魔石を指差して震えていた。
その声に釣られ、ギルド中の視線がテーブルの上の魔石へと集まる。
「間違いない……第二層に巣食う巨獣、『タイラントベア』と『アサシンマンティス』の魔石だ……!」
「はぁ!? ふざけんな! あそこは上位のパーティーが念入りに準備をして、重装備の前衛を何人も並べてようやく踏み入る領域だぞ! なんで万年ソロの最弱が持ってんだよ!」
「誰かが狩った後の死骸から、魔石だけ拾ったのか……? いや、掠め取ったのか!?」
「馬鹿野郎、頭を使え!」
別のベテラン冒険者が、怒鳴るようにその声を一蹴した。
「あんなバケモノを狩れるような高ランクパーティーの目を盗んで、この最弱の男がどうやって魔石を掠め取るんだよ! そもそも、あの二体を相手にして『他人に横取りされるような隙を見せる』マヌケなパーティーなんざ、この世に存在しねえ! だとしたら……」
そこまで言って、そのベテラン冒険者は信じられないものを見るような目で、血の匂いを漂わせる彼を見た。
「……こいつが、たった一人で……あの二体を狩ってきたってのか……?」
その推論に、ギルド中が水を打ったように静まり返った。
誰もが『そんな馬鹿な』と思っている。だが、他に論理的な説明がつかないのだ。
そして何より、たった今あたしが塞いだばかりの彼の凄惨な傷跡が、彼が間違いなく『死闘の中心にいた』という圧倒的な事実を物語っていた。
嘲笑の的だった最弱のソロ剣士。
しかし今、一部の冒険者たちが彼に向ける視線には、明らかな『畏怖』と『困惑』が入り混じっていた。到底理解できない異質な化け物を見るような目。
だが、当の彼はそんな周囲の騒ぎなど全く気にも留めていなかった。
完全に塞がった左肩を軽く回して調子を確かめると、立ち上がり、あたしの方を向いた。
「……また、世話になったな。釣りは要らん」
それだけ言い残し、彼は足早にギルドから出て行ってしまう。
彼がギルドの扉を抜けた後も、室内には異様な沈黙だけが取り残されていた。
あたしはテーブルの上に残された、途方もない価値を持つ二つの魔石を見つめていた。
そして、さっきまで彼の命を繋ぎ止めるために必死で魔力を練り上げていた、自分の震える両手へと思わず視線を落とす。
(……あたしは、いつまでここで待っているつもりなんだろう)
彼は、強くなりたいわけじゃない。生き残りたいわけでもない。
ただ、自分を殺してくれるような圧倒的な死地を求めて、どんどん深い暗闇へと足を踏み入れている。
今日は運良くあたしの元まで帰ってこれた。けれど、次は? もっと深い階層で、今日以上の致命傷を負って、ギルドに帰ってくる途中で力尽きてしまったら?
『俺にヒールかけるなんて、変わってるな』
そう言ってくれた彼の顔が脳裏をよぎる。
あたしは戦場に出ると、恐怖で魔法が使えなくなる足手まといだ。
けれど、この安全で明るいギルドの片隅で、ただ彼が傷だらけになって帰ってくるのを「待っている」だけで、本当にいいのだろうか。
彼が本当に死んでしまう前に、間に合う場所で彼を治癒するためには――あたし自身が、彼と同じように、あの恐ろしいダンジョンの暗闇に足を踏み入れるしかない。
(……怖い。魔物も、戦いも、死ぬことも怖い)
膝が震える。想像するだけで息が詰まる。
それでも。彼がたった一人で背負っているあの冷たい死の気配を思うと、あたしの胸の奥で、臆病な心に少しずつ熱い火が灯り始めているのを感じていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
最近戦闘シーンを書いていなかったので、ただただ「泥臭い死闘」と「痛みを伴う戦闘」が書きたくて始めました。
高尚なテーマやメッセージ性はありません。死にたがりの男と、後ろから勝手についてきて全回復させてしまう少女。このバグった二人が限界の死線でどんな最適解を弾き出すのか、作者自身もシミュレーションを回すような感覚で書いています。
チートのない血みどろの戦闘がお好きな方は、この先もお付き合いいただけますと幸いです。




