【14】
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
それでは、本編をお楽しみください!
「ガァァァァァァァァァァッ!!」
洞窟全体を震わせるほどの、怒りに満ちた咆哮。
己の相方をあっさりと殺され、あまつさえ自分に向かって狂気の笑みを浮かべる矮小な人間に対し、巨熊は本能的な『畏怖』を塗り潰すほどの激昂を見せた。
ズシンッ、ズシンッ! と、岩盤を砕きながら一直線に突進してくる。
蟷螂という死角からの脅威が消えた今、俺の眼前に迫るのは、ただ純粋で圧倒的な質量の暴力だけだ。
「……来い!」
俺は折れた肋骨が肺を突き刺す激痛を無視し、自らも前傾姿勢で地を蹴った。
巨獣と虫ケラ。正面からぶつかり合えば、コンマ一秒で俺の身体は肉塊に変わる。
巨熊が、丸太のような右腕を横薙ぎに振り抜いた。
空気が圧縮され、爆発したかのような風圧が顔面を殴りつける。
しかし、俺の目はその絶望的な一撃の『起こり』を完全に見切っていた。
俺はブレーキをかけることなく、前へ突っ込む勢いのまま、膝から崩れ落ちるように極端に姿勢を低くした。
直上を、分厚い鋼すらへし折るであろう剛腕が通過していく。巻き起こった暴風が俺の髪を乱し、頭皮をチリチリと焼くような感覚が走る。
大振りの一撃を空振りした巨熊の胸元が、俺の目の前で大きくガラ空きになった。
だが、相手の皮膚は岩のように分厚い毛皮と筋肉の鎧だ。こんな安い鉄剣で斬りつけたところで、致命傷には程遠い。
(なら、中から貫くだけだ)
俺を視界から見失った巨熊が、苛立ちと共にその凶悪な顎を大きく開け、足元に潜り込んだ俺を頭から食い殺さんと首を振り下ろしてきた。
並の冒険者なら、その生臭い息と無数の牙を前に絶望し、悲鳴を上げてすくみ上がるだろう。
だが、俺にとってそれは、待ち望んだ『最適解』だった。
防御しない。躱さない。
俺は下から迫りくる巨大な牙の檻へ向かって、自ら左肩ごと身を乗り出した。
ガチンッ!!
「ぐ、ぅ……ッ!!」
巨熊の牙が、俺の左肩口から胸にかけての肉に深々と食い込んだ。
骨がミシミシと悲鳴を上げ、視界が真っ白に染まるほどの激痛が脳髄を駆け抜ける。
俺の身体を完全に捕らえたと確信した巨熊の瞳に、残酷な歓喜の色が浮かんだ。
だが、それは俺も同じだ。
「捕まえたぞ、化け物」
俺は肉を噛み砕かれる激痛の中、巨熊の開かれた口腔内の奥深く――柔らかい上顎の粘膜へ向けて、右手に握った鉄剣の切先をピタリと添えた。
そして、俺自身の腕力では突き刺さない。
俺の肉を噛み千切ろうと、巨熊自身が自らの頭部を強引に『下へ』と押し込んでくる、その圧倒的な体重と運動エネルギーを利用した。
俺は剣の柄を、自分の右膝と地面にがっちりと固定する。
直後、俺を押し潰そうとした巨熊の全体重が、そのまま俺の鉄剣の切先へと集中した。
ズシュルッ……!!!
「ガ、ギィィィィィィィィィッ!?」
生々しい肉の裂ける音と共に、けたたましい絶叫が第二層に響き渡った。
分厚い筋肉も硬い骨も関係ない。粘膜から侵入した鉄剣の刃は、巨熊自身の何トンという質量に押し込まれる形で、頭蓋骨の隙間を抜け、その脳髄を完全に串刺しにしていた。
ビクンッ、ビクンッ……と、巨躯が痙攣を起こす。
俺の肩に食い込んでいた牙の力が抜け、白目を剥いた巨熊は、そのまま糸の切れた操り人形のように俺の横へと巨大な質量を崩れ落ちさせた。
ズズンッ……!
地響きを立てて絶命する巨熊。
あとに残されたのは、滝のような血を流しながら、死骸の横で呆然と立ち尽くす俺だけだった。
「ハァッ……ハァッ……」
血に塗れた鉄剣が、カランと音を立てて手から滑り落ちる。
左肩は肉を深く抉られ、肋骨は折れ、全身は打撲と裂傷だらけだ。立っているのが不思議なほどの出血量であり、視界の端から徐々に暗転し始めている。
だが、心臓はまだ、力強く脈を打っていた。
「……また、かよ」
あれほど圧倒的な暴力の前に身を投げ出したというのに。
自ら牙に向かって首を差し出したというのに。
皮肉にも、極限状態の脳と身体が弾き出した『死ぬための捨て身のカウンター』は、一切の無駄なく敵の急所を貫き、結果として俺を生き残らせてしまった。
「なんで……俺は、死ねないんだよ……」
もはやマグレでもラッキーでもない。
狂気じみた死線の反復が、最弱だったはずの俺の身体に、強大な魔物を単独で屠るだけの『絶対的な実力』を完全に定着させてしまったのだ。
俺は血の池の中に力なく膝をつきながら、深い絶望と虚無感と共に、暗い洞窟の天井を仰ぎ見た。
最後までお読みいただきありがとうございます。
最近戦闘シーンを書いていなかったので、ただただ「泥臭い死闘」と「痛みを伴う戦闘」が書きたくて始めました。
高尚なテーマやメッセージ性はありません。死にたがりの男と、後ろから勝手についてきて全回復させてしまう少女。このバグった二人が限界の死線でどんな最適解を弾き出すのか、作者自身もシミュレーションを回すような感覚で書いています。
チートのない血みどろの戦闘がお好きな方は、この先もお付き合いいただけますと幸いです。




