【13】
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
それでは、本編をお楽しみください!
鼓膜を破るような轟音と共に、視界が丸ごと押し潰されるような巨熊の突進が迫る。
それと全く同時、右側の死角から、音もなく空気を裂いて蟷螂の大鎌が俺の首元へと迫っていた。
質量による完全な圧殺と、速度による不可避の斬首。
最弱の剣士が抱える安い鉄剣で防げるものなど、何一つない。
だから、俺は防御という概念を完全に捨て去った。
「――っは!」
後退すれば蟷螂の餌食になる。横に逃げれば巨熊の質量に轢き潰される。
ならば答えは一つ。俺は自ら、巨熊の凶悪な爪が振り下ろされる『真正面』へと、死地に飛び込むように鋭く踏み込んだ。
ヒュッ、と背筋を凍らせる風切り音が耳元を通り抜ける。
コンマ一秒前まで俺の首があった空間を、蟷螂の大鎌が空しく刈り取った音だ。
だが、安堵する暇など微塵もない。
前に出た俺の頭上から、岩盤すら砕く巨熊の丸太のような剛腕が、無慈悲に振り下ろされてきた。
直撃すれば肉塊に変わる。
俺は踏み込んだ勢いのまま、地面に這いつくばるように体勢を極端に低くした。
直後、背中のすぐ上を、すさまじい風圧を伴った巨腕が通過する。
ズドォォォォンッ!!
地面が爆発したかのような衝撃波が全身を殴りつけた。
「が、はっ……!」
直接触れてなどいないのに、肺の中の空気が強制的に叩き出され、口からドス黒い血の塊が吐き出される。砕け散った岩の破片が散弾のように全身に突き刺さり、肉を深く抉った。
だが、致命傷ではない。
全身の骨が軋み、視界が明滅するほどの激痛の中で、極限まで研ぎ澄まされた俺の脳はすでに『次』の死線を捉えていた。
振り下ろした腕を戻す巨熊の隙。
そして、初撃を外し、体勢を立て直そうと動く蟷螂。
(……遅い)
常人であれば、恐怖と激痛で身体が硬直する絶望の淵。
しかし、生存本能というリミッターを焼き切った俺の身体には、その絶望すらもただの『情報』として処理されていた。
どれほど速く、どれほど重い攻撃であろうと、俺を殺そうとする明確な殺意のベクトルがある限り、俺の脳は強制的にその極限の速度に順応していく。
俺は血を吐きながら、地面を蹴って跳ね起きた。
そして、振り向きざまに迫ってきた蟷螂の二撃目――左の大鎌に向かって、あろうことか自ら左腕を差し出した。
ザシュッ!!
「ぐ、ぅ……ッ!」
緑色の刃が、俺の左腕の肉を深く裂き、骨を削る。
だが、斬り落とされてはいない。刃の軌道と速度を完全に読み切り、あえて『浅く』肉を斬らせることで、蟷螂の動きをその一瞬だけ物理的に縫い止めたのだ。
敵からすれば、自ら刃に向かってくる獲物など想定外の極みだろう。
冷徹なはずの虫の複眼に、明らかな動揺が走るのが見えた。
「死ねないなら、お前らが死ね」
俺は肉を削られる激痛を無視し、蟷螂の懐へと一気に潜り込んだ。
そして、下段から跳ね上げるように、渾身の力で鉄剣を一閃する。
狙うのは、硬い外骨格の隙間――首の関節部分だ。
ギィィィッ!と、不快な金属音のような悲鳴が響く。
薄っぺらな鉄剣が、蟷螂の急所に深々と突き刺さり、緑色の体液が噴き出した。
だが、俺の剣はそこで止まらない。
剣を突き立てたまま、俺はその蟷螂の身体を盾にするように、背後へと力任せに押し込んだ。
直後――俺の背後から迫っていた巨熊の、怒りに満ちた突進が直撃した。
メシャァッ!!
という生々しい破砕音。
俺の背中を庇う形になった蟷螂の身体が、巨熊の圧倒的な質量によって無惨にひき潰される。
その暴力的な衝撃は、盾にした蟷螂の身体越しにも俺に伝わり、俺の身体はボロ雑巾のように宙を舞って岩壁に激突した。
「ゴ、ハァッ……!!」
数本の肋骨が折れる嫌な音が響く。
口からとめどなく血が溢れ、立っていることもままならない。左腕はボロボロに裂け、全身は先ほどの岩の破片で血みどろだ。
客観的に見れば、ただの瀕死の重傷者である。
だが、俺は岩壁を背にしながら、歪な笑みを浮かべて立ち上がっていた。
目の前には、仲間を巻き添えにして潰してしまい、困惑したように立ち尽くす巨熊の姿がある。
「ハハッ……どうした? こっちはまだ、死んでないぞ……」
息をするだけで血の味がする。視界は真っ赤に染まり、身体はすでに限界を超えている。
それでも、恐怖はない。
死ぬためにすべてを投げ打った俺の狂気は、圧倒的な強者であるはずの巨獣の瞳に、確かな『畏怖』を刻み込み始めていた。
「さあ……俺を殺してみろよ、化け物」
血塗れた鉄剣を杖代わりに立ち上がり、俺は再び、絶望的な質量の塊へと歩みを進めた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
最近戦闘シーンを書いていなかったので、ただただ「泥臭い死闘」と「痛みを伴う戦闘」が書きたくて始めました。
高尚なテーマやメッセージ性はありません。死にたがりの男と、後ろから勝手についてきて全回復させてしまう少女。このバグった二人が限界の死線でどんな最適解を弾き出すのか、作者自身もシミュレーションを回すような感覚で書いています。
チートのない血みどろの戦闘がお好きな方は、この先もお付き合いいただけますと幸いです。




