3話 港区女子系インフルエンサー改め、メテオギャル
前回の死者、トミノユウイチに関する業務報告――――。
ユウイチがニ度目のダイブもせずに、光となって消え去ったという珍事について、俺は下手に上司の顔色を思い浮かべて報告内容をひねる努力を諦め、ありのままをただただ殴り書いた業務報告書を提出した。
どうせマニュアルを一切無視したと大目玉を食らうか、始末書の提出要求、最悪は減給……、つまり記憶の返却ストップだろうと覚悟していたのだが──。
電子端末を通じて返ってきたのは、誰もが一度くらいは見たことのある、あの赤い桜の花の輪郭に『たいへんよくできました』の文字が躍るデジタルスタンプ、ただ一つだけだった。
(いいの!? 本当にこんなのでいいの!?)
(被害者面したその実、なかなかのクズだった男が、セフレとの秘め事を思い出して勝手に『賢者』に至っての成仏……これが上の人間的には『たいへんよくできた』部類に入っちゃうの!?)
(……この成仏システム、彼の言う通り、根底から致命的な欠陥があるような気がしてならないっ!)
まぁ、ハンコがもらえたならそれでいい。俺はため息まじりに手元の端末をリセットし、本日指定された次の現場へと、いやいやながら重い足を進めることにした。
──さて、今日もどんな人生を見せられることやら。。。
今回の現場は東京都港区某所にある、とあるタワーマンションの屋上だった。
「ふぅ、すごい景色だな」
ヘリポートの境界線に立ち、俺は眼下に広がる夜景、宝石を撒き散らしたような高層ビル群の灯りに一瞬だけ目を奪われる。だが、その煌びやかな虚飾の街を背にして、腰を下ろしている一人の女の子に気づき、ゆっくりと近づいていった。
その女の子の髪は派手にブリーチされて痛んでおり、夜の西麻布の照明に映えそうなミルクティベージュ。その頭頂部が、心なしかちょっとだけ黒く焦げている。ヘリポートに吹きすさぶ夜風が彼女の意思に反して、髪を無造作にかき乱していた。
身にまとっているものは、どこかの成金に手当てと称して買わせたのだろう、一目でわかる海外のハイブランドのロゴが誇らしげに主張するパステルピンクのクロップドカーディガン。ボトムスは、タイトな白のミニスカート。
冷たい風に晒されている細い生足の足元には、これまた港区の代名詞とも言える、歩くたびに赤色のソールがチラつく海外ブランドの、信じられないほど高いピンヒール。
その他これでもかと言わんばかりに宝飾品を身につけ、総額いくらになるかもわからないハイブランドの『鎧』に身を包んだ彼女は、煌びやかな都会の夜景をバックにして初めて成立する、完璧に計算され尽くした、まさに『港区女子系インフルエンサー』そのものだった。
俺はポケットに手を突っ込んだまま、静かに声をかけた。
「探したよ。さぁ、行こうか」
「は? 誰だし。てかマジウケる。おじさん誰?」
少女は驚くほどあっさりと振り返り、俺の顔を正面から見据えた。
前回に引き続き、またしても初対面の死者から当然のように『おじさん』と呼称されたことに、俺の眉が無意識にピクリと反応する。
(だが待て……相手はギャルだ。こちらの予備知識量からしても甘んじて『おじさん』ということは認めざるをえない……ここは穏便にいこう)
「ははは……これでもまだ30代なんだけどなぁ…?」
俺はできるだけ引きつらない笑顔を努めて作って見せる。
「十分おじさんじゃん。ハタチ超えたら全員おじさんおばさんだし」
(ぐっ…!てめぇも後数年でおばさんじゃねぇか!どうせ自分は『美女』、『美魔女』と都合よく言い換えるだろ!?)
俺が内心で必死に理性を働かせ、デリカシーの決壊を食い止めることに努めている間、目の前のギャルは俺への興味を失ったように、スマホの画面を悍ましく長いデコネイルの爪でカチカチと激しくタップし始めた。
幽霊になっても尚、液晶画面の数字が手放せないらしい。
「ねぇ、Wi-Fiのパスワード教えてよおじさん。さっきから配信のリスナーを待たせてるんだから」
「残念ながらWi-Fiのパスワードを入れても電波は繋がらないんだ。君はもう死んだんだよ」
そう言いながら俺はバサバサと風になびく1枚の紙に書かれた内容を読み上げる。
「オオサワミユ 19歳 女 死因は……自撮り生配信中に宇宙より飛来した隕石が顔面に直撃して即死……かぁ。限りなく0%に近い確率だぞ、これ。宝くじで1等連チャンする方がよっぽど簡単だ。恐ろしいもの引き当てたな」
「は? いんせき?てか顔面に直撃って何それマジでイミフなんだけど! ウチの国宝級のフェイスに何ぶつけてくれてんの宇宙!? メイク崩れるどころの騒ぎじゃないし!」
「いや、それどころか、すごい貴重なお宝映像を現世に遺したぞ」
俺のその一言に、少女の瞳が肉食獣のように妖しく輝いた。
「……え、ちょっと待って。お宝映像ってことは、ウチのその瞬間の動画、マジで世界一バズってるってこと!? 宝くじ一等連チャンよりすごいとか、ウチ天才じゃん! 今何万再生!? コメント欄どんな感じ!? 『ミユちゃんマジ神』とかになってる!?!?」
ミユは、自分がすでにこの世の住人ではないという死の悲しみよりも、天文学的な確率の生配信動画がネットの海でバズったかどうかという歪んだ事実に目を輝かせた。彼女は俺の持っているクシャクシャの資料を力ずくで奪い取ろうと、ピンヒールを鳴らして身を乗り出してくる。
「これを見ろ。……グロ動画として世界中で絶賛拡散中だよ」
俺は、手元のタブレットに映し出された現世のタイムラインの映像を、彼女の目の前に突きつけてやった。
「は……? ぐ、グロ……」
ミユの言葉が、途中で凍りついた。
「ハッシュタグがパワーワードのオンパレードだぞ。ほら、見ろ。#グロ・閲覧注意、#悲報、#天罰、#因果応報、#前世で何をした?……等々。誰もあんたの美貌なんて見てない。ただの衝撃映像のおもちゃだ」
「え、て、天罰って何だし!!ウチが何したって言うわけ!?」
画面に並ぶ、悪意と嘲笑に満ちた最悪の文字列を見て、ミユの顔からみるみる血の気が引いていく。高級ブランドのチークの赤みが、幽霊の青白い肌へと溶けていくようだった。
「嘘……なんで? ウチ、ただ可愛い動画撮って、みんなに認められてバズりたかっただけなのに……! ネットのおもちゃになってるってこと!? みんなウチの顔がグチャってなったやつを笑って見てるの!? 嫌だ、最悪……! 何それ、そんなハッシュタグ、全ギャルが涙するやつだし!」
ミユは頭を抱え、ブリーチされた髪をかきむしりながら、現実を拒絶するように激しく首を振る。
「まぁ、この生配信動画の反応を見た後であれば、誰もが成仏できないところだが。君はそれを見る以前からもこの世に強い未練を残して、ここで彷徨っているわけだ。……もう一度言うが、君はもう死んでいるんだ。俺は君のようなさまよう幽霊を成仏させるための『案内人』なんだよ」
「は? ……死んでる? ウチが? そんなの……」
ミユは震える手で、自分の胸元に触れて確かめるように強く押し当てた。だが、そこからは生きていた頃の規則正しい心音は、一度も聞こえてこない。
ミユは今にも泣き出しそうな顔を浮かべた。しかし、それでもなお、都会で築き上げてきたプライドを捨てきれない強情な目で、俺をキッと睨みつけていた。
「幽霊とか、成仏とか、マジで意味わかんないし」
「そうそう、初めは誰もが受け入れられないんだよ。……ところで君、この煌びやかな港区の、一体どの辺りに住んでいるの?」
俺は次のステップである『葬儀場』へのルートを割り出すため、手元の端末を操作しながら何気なく尋ねた。
「千葉県松戸市……」
ミユは先ほどまでの威勢をすっかり失い、消え入りそうな声でボソリと呟いた。
「は? 港区系女子インフルエンサーが港区どころか都内じゃなくてまさかのマッドシティ!?」
思わず素で驚愕の声を上げた俺に、ミユは決まり悪そうに、小さくコクリと頷く。
「しかも実家は鳥取県……」
「…………」
俺は言葉を失った。
鳥取から上京し、松戸の家賃の安いアパートからハイブランドの『鎧』を身にまとって、毎日のように常磐線で港区へと通い詰めていた19歳の少女。その見栄っ張りの裏にある、凄まじいまでのハングリー精神の全貌が、手元の資料のデータとして一気に繋がっていく。
念のため、俺は葬儀がどこで執り行われるのか確認し、安堵の溜息を漏らす。
「あぁ……ご家族がこちらにいらっしゃってるぞ」
(よかった……鳥取県までこのギャルと一緒に長距離出張とか嫌すぎるし……)
若干、彼女のギャルっぽい喋り方のノリが脳内に感染したような気がして不快な身震いをしつつも、俺はミユの細い手を引き、彼女の本当の『人生の答え合わせ』が待つ葬儀場へと向かった。
前回の反省を心に秘めながら、俺の案内人としての仕事が、これから始まる――――。




