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2話 マニュアルにない!?成仏

まさかの親友の隠し事と、あまりに早すぎる裏切りの発覚。



死してなお、魂に消せない深手を負わされたトミノユウイチは、幽霊のくせに今にも泡を吹いて倒れそうなほど白目を剥いていた。


俺はそんな彼の頼りない肩にそっと手を置き、できるだけ慈悲深い、まともな大人の案内人らしい声音で語りかけることにした。


「なぁ……タケシのあの、ノイズにまでなって俺たちの脳内を震わせた強い感情。そして、ダイブ直後の『ユウイチ……なんで死んじまうんだよ!』という悲痛な叫び。……タケシはそれほど、お前に対して強い執着と想いを今も抱いているってことなんだよ。それだけでも、お前の十九年の人生、無駄じゃなかっただろう?」


ユウイチはガバッと顔を上げ、涙目で俺を睨みつけてきた。


「あのねぇ! 自分がかました大ミスリードを棚に上げておいて、いかにも良い話風に肩を叩いて綺麗に丸く収めようという魂胆が見え見えなんですけど! 俺のこの腐ったたまごサンド起因のタイミングでの急死は、確実にタカシの心に一生消えないトラウマを植え付けちまったってことが、よーーーーくわかったよ! 今頃エリナなんて、俺の呪いを恐れてガクブルで布団にくるまってるだろうよ!」


「なるほど。ユウイチの死に様が、生きているタケシにそれほどの恐怖と影響を与えるわけか。……すごいことだよ。まさに『死せるユウイチ、生けるタケシとエリナをビビらせる』ってやつだね」


「その三國志オマージュなんなの!?」


少年の鋭いツッコミが、誰も声を上げない静まり返った葬儀場に虚しく響く。もちろん、生きている参列者には聞こえない。


「お、元ネタがわかるのか。感心感心。いやね、これ覚えやすい故事成語なんだけど、生前は全然使いどころがなかっただろ? でも、この案内人の仕事をしていると結構使えるんだよなぁ」


「いらんわ! そんな用途限定のブラックジョーク! 本当にデリカシーが無さすぎるだろ、あんた!」


「とにかく」

俺は彼の抗議を片手で軽くいなした。


「タケシは過去の不貞(ふてい)への罪悪感と、親友を失った喪失感で、今やダブルパンチを食らっているわけだ。……よし、気を取り直して次に行こうか」


「タ・カ・シな!! 誰だよタケシって!! 自分の初めての担当死者の親友の名前くらいちゃんと覚えろよ!! 適当すぎるだろ!」


「おっとすまんすまん、まぁカカシでもタケシでもどっちでもいいじゃないか」


俺は参列者リストを再びユウイチの前にスライドさせた。


「さて、気を取り直して。二人目は誰がいい?」


「初回からいきなりすごいの引いたからな……もう怖くて選べないよ……」


ユウイチは躊躇しながらも、リストに並ぶ別の名前に指を伸ばそうとした。


俺は思い出したように、ユウイチの前に人差し指を突き立てる。


「あ、そうだ。ダイブする前にお約束をもうひとつ。次のダイブからは、途中のリアクションは一切禁止ね。静かに参列者の意識と記憶だけを、一本の映画を観るように辿ること。わかった?」


「はぁ? なんでだよ! 俺の人生だぞ!」


「いや、お前がダイブ先でいちいちギャーギャー大騒ぎするとさ。ほら、文字にした時にさぁ、『今のお前の発言』なのか、それとも『参列者の記憶の中にいる生前のお前の発言』なのかが、どっちがどっちか紛らわしくなるんだよ」


ユウイチは本気で怪訝そうな顔をして、眉間にシワを寄せた。


「何? さっきから言っている意味が全然わからないんだけど! 何それメタ発言か!?」


「つまりはそういう(メタ的な)ことだから!私語禁止ね!死後だけに……な!」


俺はニヤリと白い歯を見せながらサムズアップをしてみせる。


ユウイチの顔が、怒りと呆れで今日一番激しく歪んだ。


「だぁかぁらぁ~~……! 何ドヤ顔で寒いオヤジギャクかましているんだよ!?このおじさん!!」


「お兄さんな」

俺は即座に冷たく訂正する。



ユウイチはぶつぶつ文句を言いながらも、リストの一番上にあった、最も見慣れた名前に指を触れた。


「……お、母親選択か?」


俺が尋ねると、ユウイチはふん、と鼻を鳴らして胸を張った。


「文句あるのかよ?タカシの件で俺のライフポイントはもうゼロなんだよ。母ちゃんなら、絶対に俺の知らないところで変な裏切りなんてしてないはずだ。一番安心できる記憶を見て、心を癒やしたいんだよ。アンパイ選択の何が悪い」


「まぁ、悪くはないがね」

俺は手元の端末の設定を操作しながら、ふと思い出した上司の顔を脳裏に浮かべた。


「だがな、これは俺の教育係の上司から聞いた実話なんだけど……。とある死者の母親にダイブしたらな、その母親の記憶が、完全な放送事故となったとか、ならなかったとか……」


ユウイチが指を止めて、不審そうにこちらを振り返る。


「え? どういう光景?」


「死者誕生のきっかけとなる夜の営みの記憶だ……」


「嫌ぁぁぁぁぁっ! 全人類の子どもがぜっっっっったい見たくないやつ!」


ユウイチは頭を抱えて激しく首を振った。


「さっきも体感したと思うけど、このダイブシステムってば感覚付きだからね? 当事者の体温とか高揚感までバッチリ共有されちゃう。母親選択とは、安全牌に見せかけた凶悪な『北単騎地獄待ち』なんだよ」


「やめとく! 絶対にやめとく!! ていうか、恐怖を煽るためにいきなりガチな麻雀用語を使うなよ!」


「お前がアンパイなんて言い出すからだよ。言葉の連想ゲームさ」


「息子の葬式で、母親の中の一番の思い出が息子との思い出では無く、息子誕生のきっかけとなった夜の営みだったと知ったら、絶対に再起不能だろ……?」


「あぁ、システムが生まれて以来の最大最悪なトラブル案件として語り継がれているよ」


「はぁ~~……」

ユウイチは深く、深く、魂の底からため息をついた。

「ていうかさ、今更だけど、この成仏システム自体が色々致命的な欠陥があるような気がするぞ……」


俺は手元の端末の無機質なバックライトを見つめ、静かに呟いた。


「……俺もそう思う」




俺たちの間に、何とも言えないお通夜のような沈黙が流れた。いや、実際にお通夜を終えたばかりなのだが、生きている遺族たちのシリアスさとは全く別の、シュールで冷ややかな沈黙だった。ユウイチの顔は心なしか、幽霊の平均値よりも青ざめているようにも見える。


「じゃあ、母親はやめとくか。……で、どうする? 本当に他の参列者が帰っちゃうぞ」


ユウイチはゴクリと唾を呑み、慎重に、慎重にリストをスクロールし始めた。タカシの裏切りに傷つき、世にも恐ろしい母親の放送事故話に怯え、完全に疑心暗鬼になっていた。


「あ……」


その時、ユウイチの指がピタリと止まった。

彼の視線は、リストではなく、実際の葬儀場の中央へと向けられていた。

ちょうど今、祭壇の前でお焼香をあげ、遺影に向かって静かに手を合わせている一人の若い女性の後ろ姿を見つめている。


「ユーコちゃん……きてくれたんだ」


ぽつりと漏らした少年の声には、先ほどまでの刺々しさはなく、どこか懐かしむような響きがあった。


「ん?彼女か?」


「いや、違う。だけど……そうだな、『ソウルメイト』とも呼んでも良い間柄だよ。中学からの腐れ縁でさ、ずっと友達だった。エリナにフラれて俺がボロボロになっていた時も、夜中に呼び出したら文句言いながら車出してくれてさ、色々慰めてくれていたんだ」


「ほーん……」

俺は腕を組み、冷ややかな視線をそのユーコという少女の後ろ姿へと向けた。

「んで、なんでそんな、話が合って優しくて『ソウルメイト』とまで呼べるようなユーコちゃんではなく、エリナなんていう裏で親友とチュッチュするような女に走ったんだ?」



ユウイチは気まずそうに視線を泳がせ、小さな声で白状した。




「……顔が、あんまり好みじゃなかった……」




「ちょ、おま……」

俺は思わず、案内人としての立場を忘れて素で引いた。



「それに、ユーコちゃんには当時、別の高校の彼氏がいたんだよ。でもさ……あの時、エリナにフラれた俺が完全に自暴自棄になってて、二人で夜の海岸までドライブしてたら……なんか、その、雰囲気でさ……そのまま……ははは」


ユウイチは頭の後ろを掻きながら、照れくさそうに笑った。




俺は端末をバチコンと叩きつけ、今日一番の冷徹な眼差しを死者に注ぎ込んだ。


「おい! ソウルメイトじゃなくて、それってただのセフレじゃねぇか!! お前はお前で、被害者面しながらもなかなか最低なクズ男だし、ユーコちゃんもユーコちゃんで同じ穴のムジナじゃねえかよ! 彼氏いるのに何やってんだ!」



「いや、ほら……だって男女にはいろいろあるだろ……」


――――その時だった。


ユウイチの足元が、微かに淡い、蛍のような光を放ち始めていることに俺は気づいた。

光の粒子は徐々に上へと這い上がり、少年の輪郭をさらさらと消し去っていく。


「おい……!? ちょっと待て、まだ二人目のダイブをしていないぞ!?」


俺の焦り声に、ユウイチは自分の透け始めた両手を見つめ、それから優しく微笑んだ。


「はは……は。なんだかさ、案内人さんとこうやってバカ話をしてたらさ……。俺、たった十九年しか生きられなかったけど、タカシの裏切りも、ユーコちゃんとのことも、全部ひっくるめて……なんか、やりたいことそれなりにやれて、面白い人生だったのかなぁ~、とか思っちまったらさ……」


「いや、待て! 俺の目には、お前が自分にとって都合の良いセフレとの甘酸っぱい思い出を振り返り、勝手に満足しただけのようにしか見えないんだが!?」



「どうやら、成仏するみたいだ――――」


ユウイチの身体は、すでに胸元まで半透明の光へと変わっていた。だが、その顔に浮かぶのは、この世の未練を全て洗い流されたような、本当に充足した、綺麗な本物の笑顔だった。


「案内人さん、感謝するよ。あんたと最後にこんなバカ話ができたおかげだ。心がすげえ、軽くなった」



「ちょっと待ってくれよ! これだと俺、マニュアル通りに仕事(ダイブによる気づき)をしたことにならないんだよ! 上の人間に業務報告できないだろ!」



「そんなの知るかよ……。じゃあな、案内人さん。縁があれば、来世でまた会お─────」


トミノユウイチは最後まで言葉を残し終えることなく、きらきらとした光の粒子となって、夜風が吹き込む葬儀場の天井へと完全に消え去っていった。


「……えっ!? 成仏しちゃったよ!? いいの!? 本当にこんな適当なバカ話だけで成仏しちゃっていいの!?」




──────俺は、『案内人』。

現世に彷徨う死者を成仏させるために、死者とは違う視点で自身の死と生を見せてやることで成仏させるのが、本来の俺の仕事だ。



……マニュアル通りにいかない初仕事の報告書をどう書くか頭を抱えながら、俺は次の現場へと、嫌々ながら歩き出すしかなかった。



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