1話 タカシの中の16の夜
首根っこを掴んで引きずりながら、俺は少年の葬式が行われる葬儀場の前までやってきた。
「いたたたた! おじさん! 痛いって! 死後のルールはなんとなくわかったよ! だから離してよ」
少年の『おじさん』呼びは癇に障る。俺はデリカシーゼロだが、デリカシーゼロに対して寛大なわけではない。
「おじさんはやめろ。『案内人さん』か『お兄さん』のどちらかだ。それ次言ったら、『カスハラ』って言うやつなんだぞ?」
少年は納得できないといった顔でふてくされていた。
「そんなことよりも、どうだ? 自分の葬式を見た感想は?」
「なんというか、未だに実感がわかないよ……」
「まぁ入口に突っ立ってても始まらねぇ、中に入るぞ」
「うわっ! ラインで母ちゃんに送った写真が遺影にされてる!? なんでこの写真なんだよ!!」
「はい、『死者あるある:遺影の写真選択に納得しない』ってやつね。みんなそうだから」
俺は手元の資料に目を落とす。
「なになに……トミノユウイチ、十九歳男。死因は……ぶほっ!!」
「人の死因を見て吹き出すなんてひどすぎるじゃないですか!?」
「ゴホゴホッ! すまんすまん、えーと。うっかり消費期限切れのたまごサンドを食べて、全身にじん麻疹ができて、病院で注射された薬剤でさらにアナフィラキシーショックとなり、病院の待合室で誰にも気が付かれずにそのまま眠るように心停止、か……。あらあら、治療する薬剤そのものにアレルギー反応が出たのかぁ。お気の毒に」
「『お気の毒に』じゃねえよ! なんだよこの『ドミノスイッチ』みたいな死に方は! こんなの納得できるわけねぇよ! もっとこう、どうせ死ぬならトラックから幼女を庇って轢かれるとか、そういう華々しい死に方がよかったよ!!」
「いやいや、事故死はな……結構エグいから……。さて、ドミノユウイチくん。これからお前は参列者の意識にダイブして、自分の人生を客観的に覗き見ることで、成仏することになる。ここまでは良いかな?」
「ちっがーーーう! ドミノユウイチじゃない!! ト・ミ・ノ・ユウイチ!! 全然うまくないよ! それ以外はわかったけど……」
「チュートリアル的には、自分の母親もしくは父親なんかにダイブすることをオススメするよ。ベタで差し障り無く、成仏へと導いてくれる……はずだよ。……知らんけど」
「最後の一言、無責任過ぎませんか……?」
「まぁ、そんな素直にベタな選択を大人しくするなら、真っ先に成仏しているはずなのよ。だが、こうして居座っている……ユウイチくんはちょっと違った視点も見てみたいとも思っているわけだろ?」
「う、うん……」
「ゆっくり選んでもいいが、ちゃんと葬儀の間に誰にダイブするか目星をつけろよ? 参列者が帰っちゃうと、本当に選ぶ人が限定されちゃうからな」
(まぁ、葬儀中に決められなくても芳名録を見ればいいだけの話だが、わざわざそいつの場所まで行く必要になる。それは非常に面倒な話だ……)
「……さて、記念すべき一人目は誰がいい?」
「一人目? ってことは何人でも見れるの?」
「うっ……一応そうだがな。手早く頼むぞ? 他にも死者はたくさんいるんだからな」
「ええと、誰にしよっかな……」
自分の葬式という最悪のシチュエーションのはずなのに、ユウイチは楽曲のプレイリストを選ぶような、妙にワクワクした様子だった。
「あいつ……タカシだ。高校の時、毎日一緒にバカやってた親友だ。俺の高二の夏休み、アイツが見ていた俺を見てみたい」
ユウイチが指し示した先には、パイプ椅子に座り、今にも泣きそうな顔で床を見つめている男がいた。
「……タカシくんね。了解。『高二の夏休み』かぁ……青春真っ盛りだと良いねぇ。それじゃ高校二年の夏休みの記憶から再生するよ。──しっかり掴まってな。ダイブ、スタート」
【ユウイチ……なんで死んじまうんだよ……!!】
「───あぁっ!? なんだ……これ? タカシの意識!? タカシ……俺の死をあんなにつらそうに受け止めてくれていたなんて……」
「そうだよ。ダイブする際、参列者の今の意識を共有できる……全てではないけどね。さぁ、さっさとタカシ君の高校二年の夏休みに行くよ」
テレビのチャンネルを変えるように、視界が葬儀場から、タカシの高校二年の夏休みのとある一コマへと瞬時に切り替わった。
「ん……? ここは?」
「ここ! B突堤だ! オヤジのバイクを黙って借りて、タカシと夜中に港まで来た時の記憶だ!」
「あぁ、高二ってことは一応十六歳だな……免許持ってたの?」
「モチロン! 盗んだバイクで走り出してもないからな! 確かこの時、俺はタカシに相談事をしていたはずだ」
『なぁ、タカシ、俺さ……エリナに告白しようかなって思っているんだ。俺、昔からあいつのこと……』
タカシの視点から見るユウイチは、今にも顔が破裂せんとばかりに真っ赤にして、隠してきた想いを親友であるタカシに相談していた。
そんな過去の自分を、ユウイチは恥ずかしがりながら見ている。
「かぁーーーーっ!! 俺ってば! こんな風に言ってたの!? やっべぇ! 恥ずかしいなぁ!」
【なんでだよ……よりにもよって……ザ・ザザザッ!】
「うぅっ、なんだ!?」
「ダイブした相手の感情だ。苦悩なんかはノイズとして伝わってくるんだよ」
(嫌な予感がする───)
───そう、俺が思いかけた次の瞬間だった。
【すまん……! ユウイチ! 俺……実はエリナとデキちまってるんだわ……!】
「えっ……………」
タカシの心の中の声を聞いたユウイチは、「こんなの嘘だよね?」と言わんばかりの目で俺を見つめてくる。
「……じ、事実のようだね……ざ、残念だったね」
「うわーーーーーん!!! そんなのないよ!! だってこの時タカシは『がんばれよ……俺は力になれないが応援してる』って言ってくれていたんだよ!? それで……エリナに告白してフラレた後に気落ちしていた俺の傍にタカシはずっといてくれたんだよ!?」
「ざ、罪悪感……なんじゃないかな?」
「もういい! 死んでやるぅぅぅぅ!」
「もう死んどるわい!」
『死者あるある:ダイブのミスリードで死者が現実を受け止めきれず、死にたいと嘆き悲しむ』だった。この展開には流石の俺も同情の念を禁じ得ない。
「あ……ごめん、ダイブのミスリードになるから、案内人は死者に、参列者の見たい記憶の時期をチョイスさせないのが普通なんだった」
「チェェェェェンジ!! この案内人さん、今すぐチェンジしてくださぁぁぁぁい!!」




