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透明な神経の向こう側  作者: poruru09
第1A部 パトグラフィ

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〈ロベスピエールの場合〉

 先の話との関連で、倫理的に昇華された残虐性と冷ややかな分裂病質とがもっとも明白に交錯している英雄型を歴史の上に求めるならば、それはおそらくマクシミリアン・ロベスピエールであろう。


挿絵(By みてみん)


 ロベスピエールに関しては、医学的に多くの事実が判明している。彼の父はまだ若いころ不治の憂鬱症にかかり、自分を苦しめている自責の念から逃れようとして旅に出たが、それも徒労に終わって、四年ののちに異郷に没した。歴史的文献の中には、ロベスピエール自身の奇妙な身体の動きもしるされている。不随意的な肩のれん縮、機械のように四角ばった動作、もったいぶった、わざとらしい、てらったような表情や身振りなどがそれであるが、それらは彼が分裂病質者であったことを証拠だてる重要な兆候である。次に、古い記述の中から、ロベスピエールの性格をよくあらわしている文章を引用することとしよう。これはその主要な点において、他の研究的な著述の類と一致しているものである。


「全パリと全フランスとによって、自由・平等の名のもとになされたあの大恐怖の第一の責任者とみなされたこの人 ― 王党派や共和党派がその名を聞いてさえ色を失って手出しもできなかったほどのこの人は、平和なデュプレー家の、穏やかな、愛すべき、情味ゆたかな友人であり仲間であった。また代議士であるとともに公安委員会の一員でもあった。彼の名こそマクシミリアン・ロベスピエールである。ロベスピエールの名に結びついている心理的な謎は全く不可解で、何人もこれを解くことができない。恐怖時代を創り出したこの人が、神をも風習をも無視するありきたりの半気ちがいの暴君ではなく、単に彼の被征服者の復讐心と盲目的憎悪とによって暴君の名を奉られたにすぎぬものであることは、すべての党派の事情に通じた人たちがひとしく認めるところである。またロベスピエールの私生活が非難するところのないものであったこと、彼の態度が上品素朴で市民的であったこと、権力をたのんで私利を計ること等がなかったこと、自己の作った政治組織の効用を確信してゆずらなかったこと、これらの点についても敵味方の意見は一致している。「この人は自分の言を一から十まで確信している」とミラボーは言ったが、それはこの冷酷で熱狂的なロベスピエールの性格をもっともよく表現した言葉だと、そのころの思慮深い人々は思っていた。ロベスピエールの弟の親友であったナポレオンもまたこの有名な恐怖の人に関してミラボーと同じようなことを言っている。「彼は熱狂者であり怪物であった。しかし彼はワイロもとらなかったし、また自分だけの考えから、あるいは自分一個の富を造るために、他人を殺したりすることのできる人でもなかった。この点においてわれわれは彼を尊敬に値する人と呼ぶことができる」と。しかしまた一方、ロベスピエールの弁護者のうちの理解ある人々さえもが否定することのできぬ半面を彼は持っていた。このフランス世論の多年の支配者は胆汁質で疑いぶかく、幾分の感傷性をもつにもかかわらず冷酷無情で、そのなかば臆病でなかば驕慢な気取り屋の性質は全く魅力を欠き、その胸にたたえられた不機嫌さは嫌悪を催させるほどのものであった。美辞麗句で飾り立てた長たらしい教壇風の演説ぶりは、ミラボーの天才的な、ダントンの荘重な、またジロント党員ヴェルニオーの美しい熱情的な雄弁などとは比肩すべくもなかった。なお彼がすべての身体的危険から尻込みするような臆病者である一方、「意志の怪物」であったこと、またその競争者の誰よりも強い性格と大胆な決断力とを持っていたことなどについても、当時の人々の証言は一致している。


 さてしからば、この何ら人間的魅力を持たず、何ら独特な弁舌をも持たなかった男が、議会やクラブで、あるいは公衆の面前で、雄弁によって成功を収め、しかもそれが五年のあいだ絶え間なく高まってゆき、その間すべての競争者を退け得たのは何によるものであったろうか。またこの偏屈で取りすました胆汁質の心配性の男が、そのごく親しい周囲の人々からはやさしさと親切の典型のように思われていたこと、そしてこのしんきくさい、地味な、本喰い虫のような男が、種々の年齢と教養の婦人たちのあいだに偶像的な尊敬と情愛の念を起こさせたのはなぜだったのか。婦人たちの気に入るような身体的な特性を、ロベスピエールは一つも持っていなかった。30歳をようやく越したばかりのころ、すでに彼は干からびた老年の男やもめのような感じを人々に与えた。彼の体格は中背痩形で均整のとれたものではあったが、その歩くときの様子は、頭をうしろに引き、手足を機械的に動かし、ちょうどあやつり人形のように角ばっていて堅苦しかった。その威厳にはわざとらしさがあり、その相貌には人を惹きつける何ものもなかった。一瞥して、彼の顔からは病身と心の不満とがうかがわれたが、くわしく観察するときには、それは一種特有の異常性格の表現であることが知られた。その狭い額と、その下からのぞく眼鏡で覆われたいつもは燃えるような緑がかった両目は、真率と深慮とをあらわし、またやや上向きの鼻は力と並々ならぬ自我感情とを思わせた。瘦せこけた顔は、肝臓病患者に見られるような黄褐色を呈し、ひときわ目立ってしっかりと結ばれた唇は、この神経の弱い男がちょっとでも興奮するとき痙攣的にふるえた。するとその運動は全身に波及し、ことに肩までがいっしょになってふるえるので、その態度の上の付け焼刃的な品位は崩されてしまうのであった。この気むずかしい顔は、笑おうとすれば引きつって渋面となり、陽気どころか、恐怖の感じを人々に与えた。ロベスピエールの身体器官は、強健ではあったが無骨でしなやかさを欠き、そのために彼は多くの困難を味わわねばならなかった。彼は演説家としての経歴の終わりごろになってようやくこの困難に打ち勝つことができた。また彼は自分自身について語るときことに感動しやすくて、しばしば涙を流した。このことを偽りだとする解釈する人もあるが、それは正しくない。なぜならば、主として自己と自己の観念圏の中にのみ没頭している冷ややかな人間のつねとして、彼もまた強い感傷的な素質を持っていたからである。そして彼が持ち続けてきたこの観念圏こそは、その性格特性の矛盾にもかかわらず、彼を狂瀾怒濤の18世紀の真の世紀の子としたものなのである。


挿絵(By みてみん)


 このロベスピエールが偶像的に崇拝し愛好した文人はルソーであった。ルソーの『社会契約論』は、彼にとっては社会政策上の聖書であった。この書の中に書かれて未だ満たされない要求を、あらゆる手段をつくして遂行し、強制によって人心を、徳性と、素朴と、私心のない同胞愛とへ転向させようということを、彼は生涯の夢としていた。『新エロイーズ』は、彼にとっては女性の最高理想を意味し、『エミール』は彼の私的生活の最高法則であった。また、ルソーが市民道徳と自然の真理とについての自説を述べるときに示したあの熱情を、ロベスピエールはすべての詩の精髄であると感じた。

「ロベスピエールが宿としていたデュプレー家の家族のうち、父と末娘との二人は、この高名な客人の死後なお何十年か生きて、晩年に至るまで、きわめて熱烈な尊敬と感謝の念をもってこの人を追憶した。この二人の語るところによれば、あの怖ろしい暴虐者も、その私生活は他の人たちとくらべものにならぬほどひかえ目で、世話のかからぬ、扱いやすい人物であり、この家の大人や子どもや召使たちの人気者であった。これらのことは、ロベスピエールが極端にはにかみ屋で、病的なほど感受性がつよく、当時の暴虐無人な、過激な、革命家気どりを極度にきらっていた点などともに、注意すべきことである。……」


 ロベスピエールは自己の没落を数か月以前から予知していた。そしてある政党に加入しさえすればおそらく助かることを知りながら、それをあえてしなかった。不利な出来事は身辺に切迫しつつあり、機敏なかけひきを行ったり、人心と周囲の状況をすばやく感得せねばならぬというときに、彼は全く無力だったのだ。友人たちがはっきりした決断をなすようにうながしても彼はそれを拒んだ。心にもなく打ちくつろいで、貴重な時間を空語をもって浪費したり、劇的な放免を望んだりした。『社会契約論』をふりかざし、学校教師のような融通のきかぬ清廉さをもって彼は周囲の理想国家に反対する多くの敵を殺したのであるが、今や自分自身が同じ運命におびやかされたときその形式を貴ぶ性質から、最後の土壇場で彼を救うべきパリ市民への召喚状に署名する決心がつきかねたのだ。彼は自分自身に問うていた。合法的な国民議会に対するかかる反逆へ人民を召喚するのはそもそも誰の名においてなさるべきであろうかと。そしてその解決がつかないままに、彼は署名もせず、その結果として、自らの頭を断たれたのである。


 杓子定規もある程度を越えると大きな精神力になり、世事にうとい人も重大な地位に置かれると最大の世界史的力を示す。革命下のパリという沸騰した混乱の中では、フランスきっての器量人で人情の機微に通じていたミラボーさえも、かろうじて自己の地位を保つことができたにすぎなかったのに、ロベスピエールはいっそう難渋な時代また破滅に瀕した時代を通じ、このミラボーを永年にわたって制御していたのである。書斎の人ロベスピエール、数十個の断頭台がありさえすればロココ時代のフランス国民を抽象的な道徳的国民国家の国民に転変させることができると信じていたイデオロギーの人ロベスピエール、その生涯を通じて人間の何たるかを知らなかったほどのロベスピエール ― 。ある伝記作者は彼を目して「主義の化身」と呼んだ。彼にあってはその心的素地である攻撃的衝動性が抽象的な道徳観念に転化され、彼はこの型の中から一歩も出なかった。それ以外には、生命的なものも人間的なものも、彼には見られなかった。世間は浮気ばなしで満ちていたにもかかわらず、彼に関する限り、敵のあらゆる憎悪か、しからずんば上品な礼儀しか示さず、男子たちの間には党員と讃美者のみをもつのみで、一人の友人をも持たなかった男、その感情生活には概念のみあって、人間がなかったために、人間性を見ることを欲しなかった公明無比な男。美と快適とを空語と観じ、浮世の人を魅惑する何ものにもよっても自ら誘われることがなく、無限の権力を擁しながらこれを利用して金銭をも栄誉をも得ようとはしなかった男。ロベスピエールはかかる男であったから、彼の敵対者たちが憎しみにみちつつその私生活の欠点をあばき出そうといかに努力しても無駄だったのだ。ロベスピエールは人間ではなく、徳性をそなえた幽霊であった。自らはそれと感じない夢遊病者的怪物であった、歴史の上では、醒めている正気の人間は目まいがして歩けないが、夢遊病者のみは歩行しえるというような時期が往々にしてある。ロベスピエールは、ルソーの描いた牧歌的な素朴な人間性と、徳性と、品位とを夢想し、そのまぼろしを夢みつつ、いきり立った恐るべき群衆が下敷きになることなどにはさらに気づかずに、人波を押し分けてまっしぐらに車を駆ったのである。

 君主的人間とは果たしていかなるものであるか。臆病で弱々しく多感な偏屈者ロベスピエール、そのような性質を持っていたからこそ多数の人々を断頭台に送りこむ冷徹な決断ができた君主的人間の一人であったのだ。


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