〈持続する内的衝動の必要性〉
どんな人でも、その若き日には、全体的な精神的態度において、新鮮さと興奮性とを多く保っており、のちには全く月並となりはてるような人々さえも、その青春時代には、わずかながら独創的な考えを始めとして、音楽的、詩的、雄弁的な才能や才気などを示すのである。しかしこれらすべての輝きは、25歳ごろから、徐々に、あるいは急激に、消え去ってしまう。そののちに来るものは、機械的な職務の処理と、睡眠と、食事とであって、個性と呼ぶべきものはほんのわずかしか残らない。これはもちろん呪うべき文書の塵の罪のみではない。なぜならば、塵は内部から干上がってきた土地にのみ立ち上がるものであるからだ。溌剌とした緊張のみなぎるところ、いわゆる乾燥した職業といえどもなお生命にあふれたものとなるのである。
青春期は人間の精神的創造性に対して火を点ずる毒素のような作用をする。人はこれをホルモンの作用であるとし、性的成熟にともなう血液中の化学的変化が、大脳をワインのように燃え上がらせるはたらきをするという。個人の素質の中に人格的価値を形づくるものがほんのわずかでもあるとすれば、それはすべてこのとき表面に引き出され、そこで暫時のあいだ輝きわたるのである。
このようなホルモンの作用、すなわち生体内の化学機構、ことに一定の内分泌腺の刺激素の作用は、あえて青春期のみに限らず、人生の他のいかなる精神的時期、諸段階においても見られるものであって、その力は大きい。それはすぐれた精神的素質の発現を、生涯の後半に至るまで、完全に抑制し妨害することも、その後に至り突如として強烈な勢いで華々しく開花させることも、また生涯の終わりに至ってふたたび萎縮させることもできる。天才とて、他とかけはなれて絶対的に偉大な存在ではないから、彼の精神もまたこの血液化学機構と内分泌腺との法則に緊密に結びついている。そのもっとも著しい例は、詩人コンラート・フェルディナンド・マイアーである。彼の頭の恰好と甲状腺とは特異な発育障害を示しているが、彼の身体の発育もまた著しく遅れていた。それはるい瘦症の一型で、おそらくすでに知られている脳下垂体、あるいは脳下垂体間脳系の調節障害に近いものであろう。40歳ごろまでの彼は骸骨のように痩せ細っていたが、この歳になって初めて髭が生え始め、容姿も遅ればせながら肥って整って来た。彼が最初の詩集を出したのはちょうどこの時代である。
以上、われわれがつまびらかに吟味したこの関係は、天才における創造期を理解するための出発点である。われわれはすでにゲーテの「天才は一般の人々がただ一度しか持たぬ青春を幾たびも繰り返して経験する」という言葉を聞いた。この言葉の根底に横たわる生物学的な真理をくわしく分類検討するならば、まず第一群として、ゲーテの母親とか名将ブリュッヒャーのような、体質的に陽気な軽躁的気質の人々を区別することができる。その尽くるを知らぬ溌剌さの前には年齢もものの数ではない。のみならず、中にはブリュッヒャーのように、老年になって初めて真の生活を始めた人さえある。ただにこの一群のみならず、すべて非凡な才能をもつ人々の生命曲線は、多くの場合、常人のそれとは異なった型を示す。すなわちこれらの人々の青春期はしばしば特に激しいため、青春期の精神的活動が促進されずにかえって妨害されることがあるのである。かような場合には、その本来の青春期の嵐の去ったのち、常人ではもはやその個性の発育が停止してしまうころになって初めてもっとも価値のある人格の発育が始まる。彼らは絶えざる創作欲動に駆られつつ、もっとも成熟した、もっとも個性に富んだ作品を制作しつづけて歳のかたむくを知らない。かくて老年におよんで人生の最高潮に達するのである。多くの人は、このことがすべての人に通用するもののように信じているが、それは誤りである。これらの天才は壮年期に入ってもまだ若い日の溌剌さと、精気と、緊張とを失わず、それどころか、心情の昇華によってそれらはなおいっそう強くさえなる。老年期に入って起こりかける萎靡さえも、彼らの人格の緊密な構造をいっそう目立たせるのみである。以上のような天才的生命曲線の型、すなわち青春期の過度の激しさのために障害されていた創造力が、青春期ののちに発達しはじめ、壮年期を通じて長くつづくというような型は、シラーの生涯の前半に特に著しく認められ、またビスマルクの生涯を通じても見ることができる。
このシラー、ビスマルク型の精神発展の状態は、天才的生命曲線の基本型の一つであるということができる。しかし天才の創造性は素質のみに関係するものでなく、種々様々な生物学的な影響をも受けるものであるから、そこに生ずるものも多種多様で、また全く矛盾した形をとることもあるのである。正常な精神過程にもっとも似通っているのは規則正しい循環性波動曲線であって、これをわれわれはゲーテに見た。これの非常にめずらしい型は、ローベルト・マイアーにおける循環性でかつ偏執性の型である。ローベルト・マイアーは中年期に至って突然天才にめざめ、ただ一つの思想を生み出し、そののち終生にわたってふたたび平凡以下になりさがってしまった人である。
原則としては、いかなる年齢期においても、精神的生活力の新しい飛躍は起こりうる。それは、生活力の突然なあるいは衰退や消失が起こりえるのと同様である。すでに固定したと見える壮年期もまた例外ではない。しかしこの場合、体質上の原因となるものは、上述の青春期の危機におけるものとはまったく異なったものであることがわかる。例としてここに、たくましい肥満軽躁的な気質を有していた独創的医学者ビルロートをあげよう。思想のこんこんと湧き出る、激しい熱情家であったこの人物は偉大な生の飛躍力の持ち主であり、つねに惜しげもなく人に物を与え、裕福で、高名で、享楽的で、人から愛され、また幸運にもありとあらゆる立派な天賦の才にたっぷりと恵まれていたが、中年期に至って早くも消耗し尽くしてしまった。ただに自身の心臓病のためばかりではなく、その四人兄弟のすべてと六人の子どものうちの三人までを失ったために、すっかり生きる喜びをなくして、身体的にも精神的にも無気力となり終わってしまったのである。




