53話 少女は花咲かす
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通路を抜けた先、二人の視界を埋め尽くしたのは、以前に野蒜が訪れた時とは似て非なる、圧倒的な静謐を湛えた大広間だった。
中心にそびえ立つ一本の巨木。以前、野蒜が迷い込んだ際には、命の輝きを謳歌するかのような瑞々しい緑の葉を茂らせていたはずのその樹は、今や「世界の理」そのものを一身に背負ったかのような、厳かな古木の姿へと変貌を遂げていた。
樹皮は曇りのない白磁のように滑らかで、広げた枝先には、水晶を精緻に削り出したかのような半透明の葉が密に茂っている。風など一切吹いていないはずのその室内で、葉同士が触れ合うたびに「チリン、チリン」と、繊細な銀鈴を転がしたような涼やかな音が響き渡る。
「……すごっ。なに、これ」
ミシェルは、手にしたGプロを構えるのも忘れ、その美しさに息を呑んだ。彼女の鋭い観察眼を持ってしても、目の前の光景は既存の語彙では定義しきれない。
一方で、野蒜は戸惑いを隠せずにいた。
「ミシェルちゃん、前はもっと普通の……っていうか、緑がいっぱいの元気な木だったんだよ。でも今は……すごく綺麗だけど、なんだか『魔力』が全然感じられないの。静かすぎて、ちょっと怖いかも」
その言葉を待っていたかのように、巨木の根本でとぐろを巻いていた白蛇のハクが、鎌首をもたげた。
『よし。きたな』
ハクの赤い瞳が二人を射抜く。
『野蒜よ。前回、そなたがこの場所で何をしたか、覚えておるか?』
「えっと……」
野蒜は自衛隊のリュックを背負い直しながら、記憶を辿った。
「あの時は、木の芽に自分と同じ色の魔力を流し込んだんです。そしたら、芽がものすごい勢いで急成長して、上の洞窟まで運んでくれました。あ、あと魔力の色を、木の色に合わせて変わるように願ったら、本当に変わったことも覚えてます」
『左様。それが魔力の「同調」よ』
ハクは静かに言葉を紡ぎ出す。
『そなたらが、あそこの坂道で泥にまみれておる者たち(佐々木や黒瀬)と決定的に違う点は、そこにある。……ミシェル殿、そなたも心して聴くがよい。世に言う「魔術」とは、模倣と研究の果てにある技術だ。どの成分がどの役割を果たし、いかなるプロセスを経て事象を引き起こすか。それを解明し、再現する。いわば、魔力を利用した「科学」なのだよ』
「魔術は……科学」
ミシェルが呟く。その言葉は、科学者を目指す彼女にとって、これ以上なく腑に落ちる定義だった。黒瀬がやっていた積層構造の結界も、確かに高度な物理学に近い。
『しかし』
ハクの声に熱がこもる。
『魔力に自らの意志や願いを直接伝え、事象を「干渉」させ「変質」させ、無から有を「創造」する。……それが、そなたら二人が持つ本質だ。我らはそれを魔術とは呼ばぬ。「魔法」と呼ぶのだ』
「魔法……」
ミシェルはしばし沈黙し、情報の整合性を取るために思考を加速させた。彼女の脳内では、ハクの言葉が瞬時に論理モデルへと変換されていく。
「つまり……魔術が、すでに誰かが作ったプログラムを実行する技術だとしたら。魔法は、そのプログラムのソースコード自体を、一から、あるいは書き換えながら創り出す技術……ということですか?」
『それに近い。魔術は事象を発生させるために緻密に組み立て、構築せねばならぬ。だが魔法は、事象の発生をただ「願う」だけでよい。すると、魔力そのものがそなたの意志を汲み取り、自律的に構築を行ってくれるのだ』
(……ちょっと、何言ってるかわからないなぁ)
野蒜は隣で、漫画の主人公のような「?」を頭に浮かべていた。とりあえずわかった風に頷いてはいるが、概念が抽象的すぎて脳が滑っている。
ハクは野蒜の様子を見て、溜息を吐くように言葉を簡略化した。
『……よいか。紋様を描いて、手順通りにやるのが「魔術」。心の中で強く願って、事象を引き起こすのが「魔法」だ』
「あ、それなら分かります! 念じれば通じる、みたいな感じですね!」
野蒜がようやく明るい声を出す。
そんな彼女たちに、ハクは試練を言い渡した。
『では、課題を与える。……この古木を、元の生き生きとした状態に戻してみせよ。これが今のこの姿であるのは、理に縛られ、静止しておるからだ。これに「生」の動力を与えてみよ』
さらに、ハクは二人の「アプローチの違い」についても言及した。
『野蒜よ。お主は「言葉と思考」によって、真理への干渉を行っておる。……成海殿、お主は「思い描く(ビジョン)」ことで、魔力への干渉を行っておるな』
「私、ビジョン(視覚)……?」
ミシェルが自らの指先を見つめる。
その言葉を聞いて、野蒜は「あ!」と手を打った。
「そういえばミシェルちゃん、昔から絵がすっごく上手だったよね! ほら、この前も私がお願いして、プニーネン風のゆるキャラ描いてもらったじゃない。あれ、めちゃくちゃ再現度高くてびっくりしたもん。ミシェルちゃんって、頭の中で形を作るのが得意なんだよ、きっと!」
野蒜の無邪気な指摘に、ミシェルは少しだけ照れたように視線を逸らした。
ミシェルの特技。それは、見たものや考えたものを、完璧なディテールで脳内に再構築できる「映像記憶」に近い能力だった。
「思い描く力、か……。なら、私の得意分野かもしれないわね」
ミシェルはウェアの袖を捲り、白磁の古木へと一歩踏み出した。
「野蒜、行くわよ。あんたは『言葉』で。私は『絵』で。この、気難しそうな木に魔法をかけてやるわ」
「うん! 任せて、ミシェルちゃん!」
自衛隊の貸与品に囲まれた野蒜と、洗練された装備を纏うミシェル。
対照的な二人の少女が、静まり返った広間の中心で、新たな力の扉を叩こうとしていた。
ミシェルは目を閉じ、脳内にキャンバスを広げた。
彼女が描くのは、先ほど野蒜が語った「かつての樹」の姿だ。瑞々しい緑、湿り気を帯びた樹皮、太陽の光を吸い込んで弾けるような生命の輝き。彼女の並外れた想像力は、見たこともないはずのその光景を、野蒜の言葉の端々から鮮明に、高解像度の映像として補完していく。
一方で野蒜は、古木の前に立ち、語りかけるように集中した。
彼女にとって魔力とは、コミュニケーションの延長線上にある。
(起きて。……いつまでも、理屈っぽく固まってないで。あの日みたいに、一緒に深呼吸しよう?)
野蒜の口から、無意識に呪文のような、あるいはただの独り言のような言葉が漏れる。
黄金の魔力が、彼女の「言葉」に乗って空間を震わせる。
ミシェルの白銀の魔力は、彼女が脳内で完璧に描き出した「緑の木の完成予想図」を、この次元に強引に投影しようとするプロジェクターのような鋭さを帯びていた。
チリン、チリン――。
古木の葉が、先ほどよりも激しく、かつ不協和音を奏でるように鳴り始めた。
異なる二つの「魔法」が、静止した理を揺さぶり始める。
「……っ、意外と、頑固ね、この木!」
ミシェルの額に、汗の粒が滲む。
ビジョンを維持するのは、脳をフル稼働させる重労働だ。
「頑張れ、木さん! 春が来たよ! お休みは終わり!」
野蒜の叫びが響く。
その瞬間、広間を眩い閃光が包み込んだ。
黄金と白銀の魔力が渦を巻き、白磁の古木を包み込む。
パキィィィィィィン!!
水晶の葉が割れるような音が響き、広間に「春の嵐」のような突風が吹き荒れた。
二人が目を開けた。
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