54話 少女は花咲かす2
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静寂が、音を立てて砕け散った。
野蒜とミシェルが同時に目を開いた瞬間、視界を埋め尽くしていた白磁の古木が、激しく、そして生命力に満ちた脈動を始めた。そしてそんな古木に花が咲く。
先ほどまでの水晶細工のような、どこか無機質で冷徹な静謐さは霧散している。まるで、数百年という長い眠りから強引に叩き起こされたかのように、樹皮の奥底を「魔力」という名の血液が奔流となって駆け巡り始めたのだ。
「……すごっ。見て、ミシェルちゃん! 色が変わってく!」
野蒜の叫びの通り、根元から吸い上げられた黄金と白銀の混ざり合う光が、血管のように樹の内部を通り、枝の先、葉の一枚一枚へと急速に浸透していく。半透明だった葉は、光を吸い込むたびに瑞々しい緑を湛え、栄養を全身に行き渡らせるように「生」の重みを増していった。
二人はただ、その圧倒的な生命の爆発を「ほへー」と口を開けて眺めるしかなかった。自衛隊の最新機材や、高級な登山装備。そんな近代文明の利器さえも、この「魔法」による創造の前では、ただのプラスチックと金属の塊に見えてしまう。
『ウム。これだけ出来れば、一まずは問題あるまい』
根本でとぐろを巻く白蛇のハクが、満足げに頷いた。
「ねえ、ミシェルちゃん。今の、どうやったの?」
野蒜が隣で呆然としている親友に問いかける。
「どうやった、と言われても困るけれど……」
ミシェルは、ノンベルのウェアの袖で額の汗を拭った。
「私はただ、この樹が『こうありたい』と思い描いている完成形が、頭の中にビジョンとして浮かんだのよ。それを、さっきプニーネンを描いた時みたいに、一番綺麗な形で固定しただけ」
「やっぱり! ミシェルちゃんは形を提示したんだね。私はね、この樹が『こうなりたい、もっと生きたい!』って願う声が聞こえた気がしたの。だから、それを頑張れーって、後ろから押してあげた感じかな」
ハクの言葉通り、二人のアプローチは正反対だった。
野蒜は対象の意志に寄り添い、その願いを「言葉」という概念で補強し、真理を書き換える。
ミシェルは対象の在るべき姿を、絵を描くように「ビジョン」で定義し、世界にその形を強制する。
願いを応援する者と、願いを形にする者。
その二つの力が噛み合った結果、事象は劇的な速度で「発生」したのだ。
だが、事態は「成功したね、良かったね」で終わるほど甘くはなかった。
「……ねえ。これ、ちょっと育ちすぎてない?」
ミシェルの冷静な声に、野蒜が我に返った。
見れば、一本木の幹は二人の魔法を浴びすぎて、いつの間にか元の倍以上の太さにまで膨れ上がっていた。それどころか、枝先は猛烈な勢いで広間を埋め尽くし、天井の岩盤にめり込み、壁を削りながらなおも領土を広げようとしている。
「あ、あわわわ! ストップ! ストップだってば! このままだと私たち、木に押しつぶされて圧死しちゃう!」
野蒜は慌てて、昔見た宇宙人のコンタクトシーンのように両手を広げ、頭から「見た目電波」が出ているかのようなポーズで念じた。
「止まれー! お休み! もう十分だよー!」
黄金の魔力がパルスとなって放たれる。その必死な制止に応えるように、ミシェルもまた「静止した完成図」を上書きするように脳内で描いた。
バリバリという轟音が止み、広間いっぱいに広がった枝葉がようやくその動きを止めた。
「ふう……。マジで死ぬかと思ったぜい……」
自衛隊の頑丈なリュックを下ろし、額の汗を拭う野蒜。その横でミシェルも、ヴィクトリアノックスの時計を確認しながら、ようやく深く息を吐いた。
『うむ、最後まできを抜かぬようにな。魔法は一度火がつけば、制御せねばすべてを焼き尽くす。……さて、これで魔法の使い方についてはほぼ教えたが、どうする? まだ修行を続けるか?』
ハクの問いに、二人は顔を見合わせ、首を傾げた。
野蒜が、少し不安そうに問い返す。
「……魔法の使い方以外にも、何かあるんですか? 結構お腹いっぱいなんですけど」
『そうじゃの。魔法とは、この広大な多層世界においても極めて貴重な「権能」だ。この世界……お主たちの住む地では、魔力に目覚め始めたばかりで使えそうな者は少ないが、探せば他にもおる。しかし、他の隣接する世界……お主たちが「異世界」と呼ぶような場所には、魔力が枯渇し、魔法という概念そのものが死に絶えた世界もあるのだ』
ハクの赤い瞳が、今までになく鋭い色を帯びた。
『そのような世界の者たちにとって、魔法を使えるお主たちは、喉から手が出るほど欲しい「源泉」であり、格好の獲物だ。……先日の襲撃を忘れたわけではあるまい?』
野蒜の背筋に、冷たいものが走った。あの、日常が剥ぎ取られ、得体の知れない土偶に追い詰められた日の記憶。
『先日は、そなたの無垢な願いにより、我が介入して助けてやれた。だが、我は本来、世界の「境」に生きる守護者。この歪んだ境界が安定化するまで、あと一年……。それだけ経てば、我は役目を終え、本来居るべき場所へと帰らねばならぬ』
「え……。シロさん、いなくなっちゃうの?」
『寂しがる必要はない。それは世界の自浄作用よ。……だが、我が去った後、誰がお主たちを守る? お主たちの「願い」を食い物にしようとする外敵から、誰がその身を盾にするのだ?』
ミシェルが、ぐっと自分の拳を握りしめた。
魔法少女。そんな浮かれた響きとは裏腹に、自分たちが足を踏み入れた場所の「重さ」を、彼女は理解し始めていた。
『お主たちは、戦い方を学ばねばならぬ。己の願いを守るための、術をな』
ハクの言葉は、静まり返った広間に重く響いた。
一本木の葉がチリンと鳴る。
日常を守るための、非日常の戦い。
少女たちは、本当の意味での「覚悟」を問われようとしていた。
「……ミシェルちゃん。私、もっとちゃんと知りたいな」
野蒜が、いつになく真剣な目で親友を見つめた。
「……ええ。野蒜が襲われても、こんどは私が守ってあげるわ」
ミシェルはいつもの不敵な笑みを浮かべ、ヴィクトリアノックスの秒針の音を聴きながら、次なる「非日常」へと視線を向けた。
ミシェルはただ見ているだけだった自分ではにはならないと心に誓った。
ハクはそんな二人を見つめ、満足げに尾を振った。
修行はまだ、終わらない。
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