Another 2 〜side 佐々木〜 ギャルの度胸
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視界を遮っていたあの忌々しい白銀の帳が、まるで舞台の幕が上がるかのように、唐突に左右へと割れた。
「……霧が、晴れた?」
私は銃を構えたまま、周囲を鋭く警戒する。
そこには、さっきまでの地獄のような視界不良が嘘のような、穏やかな木漏れ日の差す広場が広がっていた。周囲を密度の高い、だがどこか生命力に溢れた瑞々しい森に囲まれた、ぽっかりと空いた空白地帯。
その中心には、長い年月を経て滑らかに削られたような、巨大な切り株が鎮座していた。そしてその上で、一匹のゴブリンが、まるで昼下がりの縁側で茶でも啜っている老人のように、のんびりと日向ぼっこをしていたのだ。
脳裏には野蒜ちゃんから提出された、あの支離滅裂だけど無視できない重みを持った報告書の内容が浮かんでいた。
確か、野蒜ちゃんが以前「道」に迷い込んだ際、思念で対話したゴブリンの「霊体」がいたという記録。
(聞いてたのは、半透明で透き通った幽霊みたいな存在だったはず。でも、こいつは……どう見ても、質感を伴った「実体」があるよね。毛並みも、肌の質感も、そこにあるのが当たり前みたいに生々しい。同じ個体なの? それとも、設定の違う別物?)
見た目に惑わされてはいけない。この異常事態が加速する森だ。ゴブリンの形をした、全く別の、もっと邪悪で得体の知れないナニカである可能性も十分に考えられる。
ふと隣に目をやると、科学班の黒瀬が、手元の精密計器と切り株の上のゴブリンを、壊れたおもちゃのように何度も見返していた。その瞳には、純粋な知的好奇心という名の、制御不能な危うい火が灯り始めている。
(あー、これ放っておいたらマジでマズいやつ。桜の「知りたい欲求」が、私の「生存本能」を上回ろうとしてる……!)
もう、迷っている暇なんてない。
とりあえず、話を通すしかないっしょ! ギャルはいつだって、根拠のない度胸が命なんだから。
私は腹を括り、一歩前に出ようとした。
その時だった。
『人の子よ』
『私の言葉が、届いているだろうか?』
鼓膜を震わせる「音」ではない。切り株の上のゴブリンは、口一つ動かさず、表情も変えない。
だが、確かな「声」が、私の脳内に直接、鮮明に響き渡った。
それは、野蒜ちゃんから教わった、あの不思議な魔術の感覚とも違っていた。
あるいは、あの巨大な白蛇が学校に現れた時の、周囲の空気を丸ごと書き換えてしまうような、暴力的なまでに巨大な魔力の波とも違っていた。
例えるなら、一本の極細の糸電話。
ピンポイントで、繊細に震える魔力の糸が、私の意識の深層に直接繋がっているような、静かで、それでいて抗いがたい振動。
「……っ」
その不思議な感覚に、一瞬だけ意識を持っていかれそうになった。
だが、その刹那。隣から殺気にも似た、凄まじい密度の「知の渇望」が膨れ上がるのを肌で感じた。
(やば! 桜が爆発する……!)
本能が、最大級の警報を鳴らした。
黒瀬――桜の好奇心が、自衛官としての理性を完全に焼き切って、データ採取のためにあのゴブリンへ文字通り飛びかかろうとしているのを、私は確信した。
「大人しくしてなさいっ!」
瞬間、私は黒瀬の細い体を、柔道の技を応用して地面にねじ伏せ、完全に抑え込んだ。
「ちょっと! 離して佐々木二尉! あの発振源を直接……、細胞組織の一片でもあれば解析が……!」と喚き散らす黒瀬の口を、空いた手で強引に塞ぎ、間一髪でその暴走をストップさせる。
「聞こえています」
私は、腕の中で暴れるマッドサイエンティストを、若干「腕ひしぎ十字固め」のような形になりつつも、ガッチリと固定したまま、冷静な声を絞り出した。内心では「もうマジで勘弁して! 私のキャラ、これ以上崩壊させないで!」と涙目で叫びながら。
『戦士の心を持つ人の子と、多くの疑問を持つ求道者よ』
『……少し、話し相手になってはくれまいか?』
切り株の上の存在は、泥臭く暴れる黒瀬と、それを必死に抑え込む私という奇妙な二人組を、どこか慈しむような、あるいは懐かしい友人でも見るかのような、静かで深い眼差しで見つめていた。
その姿は、野蒜ちゃんが言っていた「寂しげな幽霊」とは違う。けれど、根底にある穏やかな寂寥感は、確かに彼女の報告書にあったあのゴブリンと、どこか繋がっているような気がしたのだ。
「ギブギブッ!」と腕をタップする黒瀬。
(ああもう、これ、ガチで歴史的な対面になっちゃってるんですけど……!)
私は腕の中の黒瀬をさらに締め上げながら、ゴブリンの思念を全身で受け止めていた。
黒瀬は締められたニワトリのような声を上げている。
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