第3話「なのだぁ☆ それはちょっと困るのだぁ☆」
――校庭。
昼の光が、やわらかく地面を照らしている。
教室を飛び出したあと。
未珠と並んで、その“騒ぎ”の場所へ向かっていた。
---
「だ、大丈夫でしょうか……あわわ」
未珠の声は、小さく震えている。
けれど。
その足は、止まっていなかった。
---
(……この子)
怖いはずなのに。
それでも、誰かのために動ける。
---
「……様子だけ見よう」
俺は、そう言って少しだけ歩くペースを緩めた。
---
近づくにつれて、声がはっきり聞こえてくる。
---
「ちょ、ちょっと待ってくださいなのだぁ☆」
---
(……あれ?)
---
聞き覚えのある声。
---
視線の先にいたのは――
伊井野芽衣咲だった。
---
「これは“運命の実験”なのだぁ☆」
---
その前には、困った様子の男子生徒。
---
「いや、その……俺もう行かないと……」
---
「大丈夫なのだぁ☆一瞬で終わるのだぁ☆」
---
(……やっぱりこうなるか)
---
未珠が、そっと俺の袖を引く。
「あ、あの……」
---
「うん」
---
「困ってますよね……」
---
やっぱり、同じことを思っていた。
---
(優しいな、本当に)
---
声をかけようかと思った、その時。
---
「ちょいな」
---
後ろから、落ち着いた声が響いた。
---
振り向くと――
水吹和泉がゆっくりと歩いてくる。
---
「……また何かしてるみたいね」
---
「おお!和泉なのだぁ☆」
芽衣咲が嬉しそうに振り向く。
---
「今、未来を切り開く重要な実験なのだぁ☆」
---
「……そう」
和泉は軽く息をつく。
---
「でも、相手の様子くらい見なさい」
---
「むぅ……」
芽衣咲が少しだけ頬を膨らませる。
---
「これは意味のある行動なのだぁ☆」
---
「意味があるかどうかじゃないわ」
---
一歩、近づく。
---
「困ってる人がいる時点で、少しやり方を考えるべきでしょう?」
---
「……」
---
芽衣咲の動きが止まる。
---
「……困ってるのだぁ☆?」
---
男子生徒の方を見る。
---
「え、まあ……ちょっと……」
---
「……」
---
少しの沈黙。
---
そして。
---
「……す、すまないのだぁ☆」
---
ぺこりと頭を下げた。
---
「いや、大丈夫だよ」
男子生徒は安心した様子で、その場を離れていく。
---
その背中を見送りながら。
---
「……やりすぎたのだぁ☆」
---
芽衣咲が、ぽつりと呟く。
---
「そうね」
和泉が静かに答える。
---
「でも」
---
少しだけ間を置いて。
---
「やりたいこと自体は、悪くないと思うわ」
---
「……!」
---
芽衣咲の目が、少しだけ明るくなる。
---
「ただ、もう少し優しくやればいいのよ」
---
「……なるほどなのだぁ☆」
---
こくりと頷く芽衣咲。
---
「では次は“もっと優しい実験”にするのだぁ☆」
---
「ふふ……そうね」
和泉が、ほんの少しだけ笑った。
---
その様子を見て。
---
「……えへへ」
---
未珠が、ほっとしたように笑う。
---
「よかったです……あわわ」
---
「何が?」
和泉が視線を向ける。
---
「ちゃんと……伝わったみたいで……」
---
未珠の言葉に。
---
和泉は一瞬だけ視線を逸らす。
---
「……ちょいな」
---
小さく呟く。
---
芽衣咲は満足そうに腕を組む。
---
「やはりこの世界は優しさでできているのだぁ☆」
---
(スケールでかいな)
---
でも。
---
(……悪くない)
---
未珠は安心したように息を吐き。
和泉は少し呆れながらも、ちゃんと周りを見ていて。
芽衣咲は相変わらず楽しそうだ。
---
さっきまでの不安は、もうなかった。
---
そこにあるのは。
ほんのりとした、あたたかい空気。
---
「戻ろうか」
---
「は、はいっ……!」
---
未珠が、少し嬉しそうに頷く。
---
二人で教室へ戻る。
---
ほんの少しだけ。
距離が近くなった気がした。
---
騒がしいけれど。
どこかやさしい日常。
---
それが、このクラスの空気だった。
---
(続く)




