ほんのわずかな違和感
その日の夕方。
調律所の中は、少しだけ静かだった。
人の流れが一段落し、
木の床に落ちる足音もゆっくりになる。
ユウトは一息つくように肩を回した。
「ふぅ……」
そのとき。
リュウが横でぽつりと言う。
「……さっきの二人」
ユウトが顔を上げる。
「うん?」
リュウは短く続ける。
「普通じゃない」
ユウトは少し考える。
「やっぱり?」
ミリアがこちらに顔を出す。
「え、気づいてたんですか?」
ユウトは苦笑する。
「なんとなくね」
そして少し言葉を選ぶ。
「体の使い方が違うんだよ」
ミリアが首を傾げる。
「どう違うんですか?」
ユウトはゆっくり答える。
「無駄がないっていうか」
「力の抜き方が上手いっていうか」
少し間。
「あと……」
言葉が止まる。
リュウが言う。
「なんだ」
ユウトは小さく首を振る。
「いや、気のせいかも」
リュウはそれ以上聞かない。
だが視線は変わらない。
「……警戒はしておく」
ユウトは頷く。
「うん、それでいいと思う」
ミリアは少しだけ不安そうに言う。
「危ない人じゃないですよね?」
ユウトは少し考えてから答える。
「たぶん大丈夫」
そして続ける。
「むしろ――」
少し笑う。
「ちゃんと理解しようとしてる感じがする」
その頃。
城下町の外れ。
人の気配が少し減った場所で、
銀髪の魔族の女性と年長の男が立ち止まっていた。
女性が言う。
「……気づいてたね」
男が頷く。
「ああ」
短い沈黙。
女性は少し楽しそうに笑う。
「いいね」
そして続ける。
「普通の人間じゃない」
男は静かに言う。
「こちらも同じだ」
女性は空を見上げる。
「完全にはバレてないけど」
「違和感は持たれてる」
男が言う。
「これ以上は不用意に近づくべきではない」
女性は少しだけ考える。
「……でも」
間を置く。
「離れるのも違う気がする」
男は視線を向ける。
「どういう意味だ」
女性はゆっくり答える。
「これは“敵”じゃない」
そして一歩、前に出る。
「“知るべき相手”」
男はしばらく黙る。
やがて小さく頷く。
「同意する」
その夜。
調律所。
ユウトは一人、座っていた。
灯りは控えめ。
静かな時間。
ふと、手を見つめる。
(……なんだろうな)
今日の感覚を思い出す。
(あの二人)
(体の反応が普通じゃなかった)
目を閉じる。
(でも――)
ゆっくり息を吐く。
(悪い感じじゃない)
そして小さく呟く。
「......異世界ってなんか、面白いな」
別の場所。
宿の一室。
銀髪の魔族の女性は、窓の外を見ていた。
男が後ろから言う。
「どうする」
女性は少しだけ笑う。
「決まってる」
振り返る。
「もう一歩だけ踏み込む」
男は静かに聞く。
「接触か」
女性は頷く。
「うん」
そして少しだけ目を細める。
「今度は――」
「ちゃんと話す」
まだ距離はある。
だが確実に。
人間と魔族は、
“観察”の段階を越えようとしていた。




