魔族、初めての人間の町
数日後――
薬草山脈の麓、王国の城下町。
朝の光に包まれた通りは、活気に満ちていた。
市場には人が集まり、
野菜や薬草、道具が並ぶ。
「いらっしゃい!」
「今日はいい薬草が入ってるよ!」
人々の声が飛び交う。
その中に――
二つの影があった。
銀髪の魔族の女性と、年長の魔族の男。
二人は外套を深く被り、
人間の姿に紛れて歩いていた。
「……人、多いね」
女性が小さく呟く。
男が周囲を警戒しながら言う。
「気配を抑えろ」
「分かってる」
二人はゆっくりと通りを進む。
すると女性が足を止めた。
「……見て」
通りの端。
一人の男が座り込み、
足の裏に何かを当てている。
コロ……コロ……
女性の目が少し見開かれる。
「……あれ」
男も視線を向ける。
「棒だな」
その男の隣では、別の人間も同じことをしていた。
「これやるとさ、全然違うんだよ」
「昨日より楽だわ」
女性は小さく笑った。
「もう町にも広まってる」
男は頷く。
「軍だけではないな」
二人はさらに歩く。
すると今度は別の光景が目に入る。
店の前で、木工職人が何かを削っている。
丸い木。
細長い棒。
「これ、頼まれてたやつだろ?」
「ああ、“帰還の棒”だってよ」
「変な名前だな」
女性が小さく呟く。
「……帰還」
男が言う。
「意味がある名だな」
そのまま通りを抜ける。
人の流れの先に、少し人だかりができていた。
「なんだろ」
女性が近づく。
そこには看板が立っていた。
「調律所」
人々が並んでいる。
「最近ここ人気なんだよ」
「体が楽になるって」
「薬湯もいいらしい」
女性と男は顔を見合わせた。
「……ここだな」
二人は列の外から様子を見る。
中から人が出てくる。
「すごい楽になった」
「体が軽い」
「また来よう」
女性が小さく言う。
「中、見たい」
男は少し考えた。
「今は様子を見る」
そのときだった。
扉が開く。
中から一人の男が出てきた。
少し穏やかな表情。
周囲の人に軽く手を振る。
「ありがとうございました」
人々が頭を下げる。
「ユウトさん、またお願いします!」
その名前に、銀髪の魔族が反応する。
「……ユウト?」
男もその名前を聞き取る。
「あの人間か」
女性はじっとその男を見つめた。
「……普通」
「普通だな」
だが次の瞬間。
別の客が出てくる。
「さっき教えてもらったやつやったら、すぐ楽になったよ!」
「よかったです」
そのやり取りを見て、女性の目が少し変わる。
「……あの人」
「ただの人間じゃないね」
男も静かに頷く。
「身体の扱いを理解している」
しばらく二人はその様子を見ていた。
人が来て、体を整えて帰っていく。
争いもなく。
ただ、少し楽になって。
女性がぽつりと呟く。
「……変な場所」
男が言う。
「いや」
「理にかなっている」
少し間を置く。
「戦わずに、整える場所か」
女性は笑った。
「うん」
そして視線を戻す。
調律所。
そしてその中にいる人間。
「……会ってみたい」
男はゆっくり頷いた。
「いずれな」
その日。
人間の町の中で。
誰にも気づかれずに。
魔族は初めて
“癒しの文化”の中心に触れた。
そしてその興味は、
静かに確信へと変わり始めていた。




