魔族の里へ
その日の夜。
魔族の里はいつもと変わらず静かだった。
だが――
中心の広場だけは、少し様子が違っていた。
焚き火の周りに、数人の魔族が集まっている。
その中央に置かれているのは、一本の木の棒。
例の――人間の道具。
銀髪の魔族の女性が言う。
「順番ね」
一人の若い魔族が座り、慎重に棒を手に取る。
そして足の裏に当てる。
コロ……
コロ……
周囲の魔族たちは、その様子を食い入るように見つめていた。
「どうだ」
年長の男が問う。
しばらくして、その若い魔族がゆっくり口を開く。
「……軽い」
「さっきまで詰まってた感じが」
「少し抜ける」
ざわ、と小さく空気が揺れる。
「本当に?」
「魔力を使ってないのに?」
次の魔族が前に出る。
「次、いいか」
棒が手渡される。
また別の魔族が試す。
コロ……
コロ……
今度は別の反応。
「……温かい」
「中が動く感じがする」
年配の魔族は腕を組んだまま、静かに観察している。
銀髪の魔族が少し得意げに言った。
「ね」
「人間のやつ」
その言葉に、誰もすぐには否定しなかった。
一人の魔族がぽつりと言う。
「……ただの棒だろ」
別の魔族が答える。
「そうだ」
「だが効く」
短い沈黙。
年配の魔族がゆっくり口を開く。
「形を覚えろ」
周囲の魔族たちが顔を上げる。
「長さ、太さ、材質」
「見て、触れて、記憶しろ」
銀髪の魔族が笑う。
「作る気?」
「当然だ」
年配の魔族は棒を見つめる。
「これは魔道具ではない」
「だからこそ再現できる」
年長の男も頷く。
「そして仕組みも解明できる」
焚き火の火が静かに揺れる。
棒は今、ひとつしかない。
だがその周りには――
強い興味と、静かな熱が生まれていた。
銀髪の魔族は空を見上げた。
「……人間って」
少し笑う。
「思ってたより面白いね」
その夜。
魔族の里では
一本の棒を囲みながら
順番に体を整えるという
奇妙な光景が生まれていた。
それはまだ小さな変化。
だが確実に
人間の文化が、魔族へ届いた瞬間だった。




